第15話 使った人の顔は、だいたい見えない
整理表が、どう使われたか。
それを、作った側が知ることは、ほとんどない。
誰が見たのか。
誰が使ったのか。
誰が救われたのか。
だいたいは、分からないまま終わる。
その日のギルドは、静かだった。
依頼の貼り替えも、受付のやり取りも、普段と変わらない。ただ一つ違うのは、掲示板の前で立ち止まる人間が、確実に増えていることだ。
じっと見る者。
一度視線を落とし、もう一度戻る者。
仲間と小声で話す者。
誰も、紙に触れない。
それが、逆にいい。
《最適化》が、淡々と記録する。
——使用確認:不可。
——参照確認:多数。
——心理負荷:低下傾向。
目に入るだけでいい。
考えるきっかけになれば、それで十分だ。
昼過ぎ。
カウンターの奥で、小さな騒ぎが起きた。
「……依頼内容と、違う」
声を潜めているが、切迫している。
見ると、三人組の冒険者が受付で書類を指している。依頼主が書いた内容と、現地報告が食い違っているらしい。
以前なら、ここで揉めていた。
だが今日は違った。
「一度、持ち帰ります」
そう言ったのは、若い冒険者だった。
「……え?」
依頼主が戸惑う。
「現地状況が違う以上、判断材料が足りません」
その言い回しに、俺はわずかに目を細めた。
判断材料。
整理表の文言だ。
「……明日、再確認してから受けます」
依頼主は不満そうだったが、怒鳴りはしなかった。受付の職員も、無理に引き止めない。
数分後、三人はギルドを出ていった。
リリアが、小さく息を吐く。
「……揉めませんでしたね」
「ええ」
それ以上、何も言わなかった。
言葉にした瞬間、誰かの功績になる。
それは、避けたい。
◇
夕方。
ギルド裏の通路で、エドガーとすれ違った。
彼は、一瞬だけ足を止めた。
「……今日、地方から報告が来た」
「はい」
「判断保留で撤退した班がある」
それだけで、十分だった。
「結果は?」
「依頼主は不満だったが……」
少し間を置く。
「翌日、別の班が向かい、地形変化を確認した。危険度は、想定より高かった」
つまり。
最初の班は、正しかった。
「処分は?」
「なし」
短い答えだった。
《最適化》が、静かに更新される。
——成功例:無名。
——評価帰属:現場判断。
——波及可能性:低〜中。
理想的だ。
エドガーは、俺を見た。
「……君の名前は、出ていない」
「それで、いいです」
「だが」
彼は、視線を逸らす。
「現場は、少しずつ変わっている」
それは、認めざるを得ない。
「守られた人間がいる」
その言葉に、俺は何も返さなかった。
守られた人の顔は、だいたい見えない。
見えないからこそ、続けられる。
◇
夜。
宿の部屋で、灯りを落とし、椅子に腰掛ける。
今日は、疲れが遅れてきた。
胸の奥に、じわりとした重さが残っている。
《最適化》が、珍しく補足を入れる。
——感情疲労:蓄積。
——回復手段:休息・距離。
距離、か。
それは、いずれ取らなければならない。
だが、今ではない。
まだ、崩れてはいない。
まだ、誰かが切られてはいない。
完璧じゃないが、最悪でもない。
その中間にいられるうちは、踏みとどまれる。
窓の外を見ると、灯りが点々と続いている。
この街には、今日も何百もの判断があったはずだ。
その中のいくつかが、ほんの少しだけ慎重になった。
それだけで、十分だ。
《最適化》が、最後にまとめる。
——介入効果:限定的。
——副作用:低。
——継続可否:可。
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
使った人の顔は、見えない。
だが、切られなかった背中なら、きっとどこかにある。
そう信じることにして、俺は灯りを消した。
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