第12話 責任は、音もなく落ちてくる
問題が起きるときというのは、だいたい静かだ。
怒鳴り声もなければ、悲鳴もない。誰かが走ってくることもない。ただ、空気が一段重くなって、あとから「あれが始まりだった」と言われるだけだ。
その日、ギルドに入った瞬間、嫌な感触があった。
忙しい。だが、慌ただしくない。皆、動いているのに、目線が合わない。書類を持つ手が、ほんの少しだけ強張っている。
《最適化》が、短く警告を出す。
——不整合。
——責任処理中。
俺は、壁際に寄り、状況を眺めた。非公式相談役にできる最善は、まず“邪魔をしない”ことだ。
ほどなくして、リリアがこちらに気づいた。いつものように声をかけてこない。代わりに、視線だけで「後で」と合図する。
……後で、が一番厄介だ。
少しして、二階から人が降りてきた。
副長のハーゼンだ。表情は変わらないが、歩調が速い。その後ろに、若い冒険者が一人ついている。
顔色が悪い。
まだ二十代前半だろう。装備は整っているが、使い込まれてはいない。新人か、中堅に差しかかる頃だ。
胸の奥が、少しだけ冷える。
《最適化》が、断片を拾う。
——地方依頼。
——応急対応。
——判断ミス。
やがて、応接室の扉が閉まった。
音は、小さかった。
それが、余計に嫌だった。
◇
呼ばれたのは、三十分後だった。
応接室には、ハーゼンと、もう一人。エドガーがいた。彼がいる時点で、事態は“整理”の段階に入っている。
そして、椅子に座っている若い冒険者。
俯いている。
「アルト」
ハーゼンが、短く呼んだ。
「状況の共有だ。意見は求めない」
それは、配慮であり、予防線でもある。
「地方の討伐依頼で、判断ミスがあった」
ハーゼンは、淡々と話す。
「負傷者が出た。命に別状はない」
それだけで済んだなら、ここに俺はいない。
「現場で、応急対応が行われた」
視線が、若い冒険者に向く。
「……魔法は、使いませんでした」
彼の声は、震えていた。
「仲間の魔力が少なくて……待てば、間に合うと思ったんです」
《最適化》が、即座に補足する。
——判断根拠:不足。
——状況評価:甘い。
——教訓:不完全理解。
ハーゼンが、書類を一枚机に置いた。
「結果、出血が増えた。搬送が遅れた」
沈黙。
エドガーが、静かに口を開いた。
「君は、誰に教わった?」
若い冒険者は、唇を噛みしめた。
「……誰にも」
嘘ではない。だが、真実でもない。
「噂を、聞きました」
その言葉が、胸に落ちた。
「ギルドで……応急処置が役に立つって」
部屋の空気が、さらに重くなる。
ハーゼンが、俺を見た。
「君の名前は、出ていない」
分かっている。
「だが、“考え方”は、回っている」
それも、分かっていた。
俺は、黙っていた。ここで言葉を挟めば、焦点がずれる。
「結論を言う」
ハーゼンは、書類を閉じた。
「今回の責任は、現場判断をした冒険者本人にある」
若い冒険者の肩が、わずかに震えた。
「処分は、依頼ランクの一時停止。再教育を受けること」
重すぎる処分ではない。だが、軽くもない。
エドガーが、視線を落としたまま言う。
「制度上は、妥当だ」
制度上は。
その言葉が、刺さる。
俺は、拳を握った。
《最適化》が、冷静に告げる。
——介入不可。
——発言時、責任紐づき。
——沈黙、最善。
分かっている。
だが、分かっていても、気分は悪い。
「以上だ」
ハーゼンが立ち上がる。
「アルト。今回は、意見を求めない」
それは、優しさだった。
若い冒険者が、立ち上がり、深く頭を下げた。
「……すみませんでした」
誰に向けた言葉か、分からない。
部屋を出るとき、エドガーが一瞬だけこちらを見た。
何も言わない。
だが、その目は、こう言っていた。
——これが、現実だ。
◇
廊下に出ると、リリアが待っていた。
「……聞きましたか」
「はい」
それ以上、言葉が続かない。
「彼……悪い人じゃないんです」
「知っています」
声が、少しだけ低くなる。
「真面目で。勉強熱心で」
それが、一番厄介だ。
「……アルトさんのせいじゃ、ありません」
分かっている。
だが。
「原因では、あります」
俺は、そう答えた。
リリアは、何も言えなかった。
ギルドを出ると、空は曇っていた。今にも雨が降りそうな色だ。
《最適化》が、今日の総括を出す。
——成功事例:継続。
——失敗事例:顕在化。
——責任分配:個人。
——精神負荷:高。
音もなく、責任は落ちてくる。
誰かの頭上に。
それが、自分でないだけで、安心していいわけがない。
俺は、歩きながら考えた。
このまま、考え方だけを流し続ければ、同じことは起きる。
止めるには、二つしかない。
何も言わないか。
もっと、慎重に言うか。
どちらも、楽じゃない。
雨が、ぽつりと落ちた。
俺は、足を止めずに歩き続ける。
立ち止まった瞬間、責任はもっと重くなる。
それを、よく知っていたからだ。
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