表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で効率厨やったら、なぜかギルドが静かになった件   作者: 木芋 平


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/15

第11話 分かっている人ほど、止めに来る

 非公式相談役、という立場は、想像以上に宙ぶらりんだった。


 朝、ギルドに顔を出しても、誰かが指示を出してくるわけではない。かといって、完全な部外者でもない。職員からは「聞いていい人」、冒険者からは「話が通じる人」、上層からは「都合のいい人」——その中間に、俺は立っている。


 立たされている、と言った方が正確かもしれない。


 その日、リリアに呼ばれたのは、カウンターではなく書類室だった。


「……こちらです」


 普段は職員以外立ち入らない部屋。壁一面に棚が並び、帳簿と書類がぎっしり詰まっている。紙の匂いが濃い。


 中にいたのは、見知らぬ男だった。


 年は四十代半ば。派手さはない。だが、服装はきっちりしていて、袖口も靴もよく手入れされている。現場の人間というより、長く裏方をやってきた雰囲気だ。


「……彼が、アルトさんです」


 リリアがそう紹介すると、男は静かにこちらを見た。


「エドガー・ルーン」


 名乗り方が簡潔だった。


「ギルド管理部門の責任者だ」


 責任者、という単語が引っかかる。


「アルトです」


 それ以上、付け加えない。


 エドガーは、俺をじっと観察するように数秒黙り、それから言った。


「噂は、色々聞いている」


 やっぱりか。


「門の誘導、応急処置、講習……そして今は、非公式相談役」


「最後は、少し誤解があります」


「承知している」


 即答だった。


「君は、決定権を持っていない。名前も、表に出ていない」


 ……把握が早い。


「だから、今日ここに呼んだ」


 エドガーは、棚から一冊の帳簿を引き抜いた。


 古い。角が擦れて、何度も開かれた跡がある。


「これは、五年前の事故記録だ」


 ページを開き、机の上に置かれる。


 文字を追う前に、《最適化》が概要を掴む。


 ——業務改善試行。


 ——現場導入。


 ——事故発生。


 ——責任所在不明。


 ——担当者、左遷。


 ……ああ。


 嫌なタイプの既視感だ。


「当時、私は現場にいた」


 エドガーは、淡々と続ける。


「改善案は正しかった。効率も上がった。だが、一度の例外で事故が起きた」


 ページの端を、指で叩く。


「結果、誰が責任を取ったと思う?」


 答えは分かっている。


「……提案した人、ですね」


「違う」


 エドガーは、首を横に振った。


「提案した人間は、もう異動していた。責任を取らされたのは——」


 一瞬、間が空く。


「“現場で実行した人間”だ」


 静かな言葉だった。


 だが、重い。


「規定外のことをやった、という一点でな」


 《最適化》が、警告を強める。


 ——類似事例。


 ——再現性、高。


「君のやり方は、正しい」


 エドガーは、はっきり言った。


「理屈も通っている。現場も助かる。私も、分かっている」


 それでも。


「だからこそ、止めに来た」


 リリアが、息を飲む。


「アルトさんが、何かを“変えた”という形が残れば、いずれ誰かが責任を取らされる」


「……それが、俺でも?」


「最初は、違う」


 エドガーは、視線を外した。


「最初は、もっと弱い立場の人間だ」


 胸の奥が、鈍く痛んだ。


 俺は、しばらく黙ってから口を開いた。


「では、どうすればいいですか」


「何もしない」


 即答だった。


「少なくとも、“名前が紐づく形”では」


 分かっている。


 分かっていた。


 だから、非公式にした。名前を出さなかった。決定権も持たなかった。


「……それでも」


 俺は、静かに言う。


「現場は、もう動いています」


 エドガーは、目を細めた。


「だから、ここで止めないと、後戻りできなくなる」


 正論だ。


 だが、正論だけで人は守れない。


「エドガーさん」


 初めて、相手の名前を呼んだ。


「あなたは、今も“正しいやり方”を知っているのに、やらない側に立っている」


 責めるつもりはなかった。ただ、事実を確認しただけだ。


「それは、怖いからですか」


 一瞬。


 本当に一瞬だけ、エドガーの表情が揺れた。


「……怖い」


 認めた。


「もう一度、同じことが起きるのが」


 その答えに、嘘はなかった。


 部屋に、沈黙が落ちる。


 俺は、深く息を吸った。


「なら、こうしましょう」


 《最適化》が、静かに解を組み立てる。


「俺は、提案しません」


 二人が、こちらを見る。


「質問されたら、答えます。でも、“こうしろ”とは言わない」


「……今と、何が違う?」


「言葉です」


 俺は、はっきり言った。


「“改善案”ではなく、“考え方”だけを話します」


 エドガーは、少し考え込んだ。


「それなら……責任は」


「考えた人間にあります」


 重いが、逃げない。


「少なくとも、“俺がやらせた”とは言えない」


 しばらくして、エドガーは小さく息を吐いた。


「……君は、本当に厄介だ」


「よく言われます」


 それは、褒め言葉だと思うことにしている。


「分かった」


 彼は、頷いた。


「その線なら、私は止めない」


 完全な味方ではない。


 だが、敵でもない。


 この位置関係が、一番危うくて、一番健全だ。


 部屋を出るとき、エドガーは一言だけ言った。


「覚えておけ」


 振り返る。


「分かっている人間ほど、最後に君を止めに来る」


 その言葉を、俺は胸に刻んだ。


 廊下に出ると、リリアが小さく息を吐いた。


「……大丈夫、そうですか」


「分かりません」


 正直に答える。


「でも、今日止められなかったなら、もう少しだけ進めます」


 彼女は、少し困ったように笑った。


「アルトさんらしいですね」


 らしい、という言葉が、少しだけ救いだった。


 《最適化》が、今回の状況をまとめる。


 ——新要因:内部ブレーキ。


 ——進行速度:低下。


 ——破綻リスク:一時的減少。


 悪くない。


 だが同時に、こうも表示されていた。


 ——感情負荷:増加。


 俺は、天井を見上げた。


 正しいことを、正しいまま通すのは、やっぱり難しい。


 それでも。


 止められる理由が“理解”であるうちは、まだ対話ができる。


 そう思いながら、俺は静かに歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ