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異世界で効率厨やったら、なぜかギルドが静かになった件   作者: 木芋 平


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第1話 社畜、異世界で「普通」を取り戻す

※この作品は、剣と魔法で無双しません。

※代わりに「普通に考える」だけで周囲が勝手に修羅場を回避していきます。


主人公は善人でも英雄でもありません。

ただ、ブラック企業で鍛えられすぎた元会社員です。


静かに、じわじわ効くタイプの異世界無双をお楽しみください。

 終電の窓に映った自分の顔が、他人みたいに青白かった。


 スマホの通知は赤い数字で埋まり、会議資料の修正版がまた飛んでくる。二十三時四十七分。「至急」とだけ書かれたチャットの横で、心臓がひくついた。至急って、明日の朝九時の会議に間に合えばいいはずだろ。なのに、なぜ今なんだ。なぜ毎回なんだ。


 ――無駄だ。


 喉の奥からそんな言葉が湧いて、でも口には出せない。出したら「やる気がない」と言われる。やる気がないんじゃない。やり方が悪いんだ。悪いのに、直せない。


 業務改善担当。肩書きだけは立派で、実際やってることは火消しの雑用と、誰も読まない改善提案書の量産だ。改善って言うくせに、改善すると怒られる。「前例がない」「波風立てるな」「今は忙しい」。忙しいから改善するんだろ。


 小さく息を吸った。肺が苦しい。息が浅い。最近ずっとだ。


 改札を抜け、ビル風の通る歩道で、視界の端がじわりと白く滲んだ。


 あ、これ、やばい。


 経験則が告げる。徹夜明けの新人が倒れた時と同じ兆候。酸素が足りない。血が回ってない。自分の身体が、自分の指示に従わない。


 それでも足は勝手に会社へ向く。癖だ。帰って寝ればいいのに。


 ――無駄だ。


 次の瞬間、視界が裏返った。


 地面が遠ざかり、空が近づき、そして「音」だけが残った。カン、という誰かのヒールの音。遠くで笑う声。自動販売機のモーター音。全部が水の中みたいに鈍い。


 最後に思ったのは、会議資料のフォントが統一されていなかったことだった。


 あぁ、最期まで、無駄を気にしてる。


 情けなくて笑いたかったのに、笑う筋肉すら動かなかった。


    ◇


 気がつくと、そこは真っ白だった。


 白、というより「何もない」。床も天井も壁もないのに、落ちる感じがない。重力が「待機中」みたいな中途半端さで、俺の身体はただそこに置かれていた。


「おつかれさま」


 背後から、ゆるい声がした。


 振り向くと、そこにいたのは……神、なのだろうか。Tシャツにジャージ、足元は健康サンダル。髪は寝癖のまま、手には紙コップ。神ってもっと、荘厳とか、眩いとか、そういう——。


「びっくりした? まぁ、そうだよね。いきなり真っ白だもんね」


 神(仮)が、紙コップをすすった。中身、たぶんコーヒーだ。匂いがする。


「えっと……ここは」


「受付。死後の。君、心停止。過労。うん、ブラック」


 言い方が雑だ。だが事実なので否定できない。


「……俺、死んだんですか」


「死んだ。うん。頑張ったねー」


 軽い。だが、その軽さが妙に救いだった。少なくとも、会社の上司より優しい。


 神(仮)は、ポケットから何かを取り出した。小さなクリスタルみたいな石。光っている。


「で、よくあるやつ。転生、する?」


「するかしないか選べるんですか」


「一応ね。けど、今の人生に戻るルートはおすすめしないよ。ほら、戻っても未読が百八十件とかさ」


 その数字が妙にリアルで、俺は反射的に胃が痛くなった。


「転生します」


「即答。いいね。決断が速い人は好きだよ」


 神(仮)は嬉しそうに指を鳴らす。パチン、という音が、白い空間に吸い込まれた。


「行き先は異世界。剣と魔法あり。モンスターあり。ギルドあり。テンプレだね」


「……俺、そこで何をすれば」


「好きに生きればいいよ。君、好きに生きたこと、ないでしょ」


 胸の奥が、じくりとした。


 好きに生きる。簡単なはずの言葉が、俺の中で一番難しい。


「ただね、異世界は異世界で非効率なんだよねぇ」


 神(仮)が、心底めんどくさそうに眉を下げた。


「非効率……?」


「そう。儀式が長いとか、手続きが多いとか、根性論とか。君、ああいうの嫌いでしょ」


 嫌いだ。大嫌いだ。だがそれを、嫌いと言っていい環境が欲しかった。


「じゃあ、君には『特典』。便利スキルを付ける。名前は……《最適化》」


「最適化」


 単語を口にした瞬間、頭の中に薄い膜が広がる感覚がした。視界がクリアになるというか、雑音が消えるというか。今まで常に脳内を占領していた「やることリスト」が、静かに整列していく。


「効果は単純。君が見て、考えた瞬間、最も効率の良い手が分かる。身体も勝手にそっちへ動く。無駄を省く。最短で成果に到達する。君の脳みそが一番欲しかったやつだよ」


 喉が鳴った。


 それは、俺がずっと、喉から手が出るほど欲しかったものだった。正しい手順。合理的な判断。無駄の排除。努力の方向性。全部。


「……代償は」


「代償? うーん。まぁ……君が『普通』だと思うことが、向こうじゃ普通じゃないかもね」


 神(仮)は肩をすくめる。


「それ、代償ですか」


「代償というより、注意事項。君、たぶんさ、普通にしただけで持ち上げられる。めんどくさいことに巻き込まれる可能性ある。けど、君なら断れるでしょ。適当に」


 断れるだろうか。俺は断れない性格だった。だが、もう死んだのだ。二度目の人生でまで、断れないままは嫌だ。


「あと、君に一個だけお願い」


「お願い?」


「ちゃんと休んで。寝て。飯食って。笑って。世界がどうとかより、まず君が壊れないように」


 その言葉が、胸の一番柔らかいところに落ちた。


 会社は、俺が壊れることを前提に回っていた。だから壊れた。だがこの神(仮)は、俺が壊れないことを前提に話している。


「……はい」


 小さく返事をしたら、喉が熱くなった。泣くのは、久しぶりだった。


「よし。じゃあ、いってらっしゃい」


 神(仮)が手を振る。紙コップの中身が、ちゃぷんと揺れた。


「最後に、ひとつだけ聞いていいですか」


「なに?」


「……異世界の『改善提案書』は、ありますか」


「あるよ」


 神(仮)は即答した。


「しかも、誰も読まないやつ」


「最悪じゃないですか」


「でも君なら、読ませる仕組み作るでしょ」


 笑っている。なんでこの神、そんなに適当なんだ。


「……やめます。改善提案書は。二度と書かない」


「いいね。宣言は大事」


 神(仮)が、親指を立てた。


 次の瞬間、白が割れた。


 落ちる。いや、落ちるというより、世界が俺の身体に向かって流れ込んでくる。風の匂い。土の湿り気。遠くの鳥の声。痛いほど鮮明な空気。


 胸の奥に、ひとつの言葉が浮かぶ。


《最適化》


 それは呪文じゃない。俺の誓いだ。


 無駄に殺される人生は、終わった。


 そして、俺は目を開けた。


 木漏れ日が眩しい森の中。知らない空。知らない身体……いや、身体は俺だ。手を握ると、ちゃんと動く。肺に空気が入って、苦しくない。


 少し離れた場所に、石造りの道が見えた。道の先には、城壁らしきもの。門。人影。馬車。商人。


 町だ。


 生きてる。


 生きてる、のに——


 視界の端で、奇妙な光景が起きていた。


 門の前に、行列ができている。長い。やたら長い。しかも、受付の小屋が一つしかない。兵士が紙を一枚ずつ確認して、スタンプを押して……押し間違えてやり直して……。


 全体が、恐ろしく遅い。


 俺の頭が反射的に計算を始める。


 処理速度、平均一人二分。行列、少なく見積もって八十人。待ち時間、百六十分。しかも途中で休憩が入る可能性——。


 ——無駄だ。


 そう思った瞬間、脳内に「最善手」がスッと出た。


 列を二つに分けろ。確認と押印を分業しろ。紙を事前に配れ。スタンプの位置を固定しろ。兵士の利き手側に台を置け。そもそもスタンプではなく、通行札の色分け——。


 息を吸った。


 ……やばい。俺、何しに来たんだっけ。


 休むんじゃなかったのか。笑うんじゃなかったのか。


 でも、目の前の無駄は、俺の神経を逆なでする。身体が勝手に、門へ向かって歩き出した。


「ちょ、ちょっと待て! 並べ!」


 兵士が怒鳴る。


 俺は立ち止まって、深呼吸した。


 大丈夫。ここでは、断れる。押し付けられない。俺は、俺の人生を——。


 ……そう思ったのに、口が勝手に動いた。


「すみません。二列にした方が早いです」


 兵士が固まった。


 周囲の人々が、俺を見た。


 あぁ、まただ。余計なことを言う癖が、抜けてない。


 だが次の瞬間、頭の中の《最適化》が囁く。


 ——最短で、この世界で生き延びる方法。


 ——まず、目立て。


 ……え?


 俺は、静かに絶望した。


ここまでご覧いただきありがとうございます。


当面の間は、1日に3話を投稿予定です。


ブックマークをして、続きを楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。

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