第十話
それからどうなったかって? 有言実行、スコアを大量に抱えた僕を連れて芸能事務所に向かったセデュは、その日に契約を取り付けた。ゴーストライターじゃなく、僕の名前で、楽曲が発表できる場を、彼は作ってくれた。
奥さんとの間は、円満に解決したらしい。まあ大方、あの夜の僕らのキチガイじみた様子に愛想をつかされたってところだろう。ふふふ、いい気味だ。
セデュは独立して、個人事務所を立ち上げた。元・奥さんの口添えもあったとかなかったとか、詳しくは知らないけど、彼が干されるようなことは起こらなそうだ。
自力で稼げるようになった僕は、防音の部屋に引っ越した。以前よりちょっとだけ広い、エレベーターもないアパートだけど、パリの一等地に建つ僕の城だ。
時々セデュが遊びに来る。撮影の合間とか、長いお休みが取れたときとか、そういうときに、いつも真っ赤なバラの花束をもって、懲りずに僕を口説きに来る。
「仕事が決まったらしいな、おめでとう」
「ありがとう。まあ、ちっちゃいコマーシャルソングだけどね。仕事は仕事だ、まじめにやるよ」
花瓶がないので空のグラスに水を張り、包装を解いてバラの茎を突き刺す。バランスが悪いけど、まあ倒れないからよしとしよう。
いつもきっちりと汚れ一つないジャケットとシャツを纏ったセデュは、今日はいつになく上機嫌だ。まあいつもの仏頂面から、多少緩んだ空気が出ているってだけだけど。
「これも、お前に。祝いの品だ」
そそくさとジャケットの内ポケットから取り出したのは、掌サイズのケースだった。まさか指輪じゃないだろうな、と身構えた僕の前で彼はケースを開く。
中に入っていたのはエメラルドの嵌った小ぶりのピアスだった。
僕はほっと胸をなでおろす。
「ああびっくりした。よかったーマジで」
「何だ。何がどうした」
「いやいやこっちの話。ところでコレ本物?」
「もちろん」
「やー売ったらいくらくらいになるかなァ。うそうそ、冗談だって。そんな悲しそうな顔するなよ」
わかりやすく沈んだ表情のセデュを慰めるように、手に取ったピアスを耳に当ててやる。ゴールドの台座と碧の石がきらきら光って、とてもキレイだ。
「思った通りだ。よく似合う」
一転、うっとりした顔で見つめてくる彼の、甘ったるい空気が耐えがたい。相変わらず、生真面目な顔してデロデロに僕を甘やかすセデュだ。
「ありがとう、もらっておくよ。じゃあ最初に突っ込むのは、君にお願いしようかな?」
上目遣いでささやくと、セデュは真っ赤になって傾いて、壁に頭をぶつけていた。
ピアスの穴を開けるって意味だけど、と付け加えるのは、面白いからやめておこう。
「何飲む? 酒と酒と、あと酒があるけど」
「…水でいい。酔って打ち合わせをすっぽかすような真似は、していないだろうな」
「大丈夫だって、僕もう24だよ? それくらいは弁エテマスヨー」
「やはり見張りが必要そうだな」
「こわいよー、目が本気だよー。君も忙しいんだろう? もう僕は君の愛人じゃあないんだからさ、1人でも大丈夫だよ。お小遣いはいつでも大歓迎だけどね」
そうだ、僕たちの愛人契約はひとまず終了した。僕もちゃんと稼げるようになったことだし、いつまでもセデュにおんぶにだっこじゃあ、彼が干されたときにヤバそうだし。芸能界ってもののコワサをよーく知っている僕は、ケンジツかつシンチョウに、決断したのである。
「一緒に暮らすのは、まだ難しいか」
女の子をのきなみ溶かしてきたような色っぽい声で囁かれても、僕は折れない。
「それはまあ、そのうちね。また僕がスランプになったら、君のあまーいキスがほしいな」
「スランプにならなければダメか」
絶望したみたいに言う彼が可笑しくて、僕は笑う。君と生きていくならちょっとはマトモにならないとって、僕は密かに決めたんだ。いつまでつづくかわからない、この、愛とかいうやつのために。
「おいでよ。朝までいられるんだろう? 忘れられないようなキスをしてみせろよ、色男」
僕だけのものになった君は、泣き笑いのような顔で、僕を抱き寄せた。
それで、離れていた8年分のキスを、僕にくれるのだ。




