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第九話



「八雲、試合前に言っておく。俺はお前に勝つ、そしてお前を外には絶対に出させない」


「雷暗、俺も負けない。負けられないんだ、君を説得して部族を出てみせる」


「世迷い事を」


 族長は二人の若者を見回し、両手を高らかに掲げた。


「只今より、儀式を始める。両者構え」


 僕は長剣を抜くと、両手でしっかり構えた。

 雷暗も長剣を抜いたが、彼は僕のように両手で構えることなく、腰を低くし、長剣を持つ右腕を上げ、地面と平行になるように構えた。

 剣の流派は違えど、実力は互角の筈。僕は深く息を吸い吐き出した。耳に人々の声は遠い、代わりに葉波が擦れて音を鳴らす。






「では、始め!」


 族長の開始の合図と同時に、僕は地面を思いきり踏み込みかけた。雷暗はこちらを見据えるだけでピクリとも動かない。

 隙のない姿だが、無理矢理にでもねじ込めば体勢は崩れるはず。

 間合いが狭まり、僕は長剣を一気に振り下げるーー瞬間、雷暗が動いた。

 一歩前へ出るように深く踏み込み、腕を捻るように回して長剣を突き出された。僕は剣の軌道を変えて雷暗の長剣と鉄の音を奏でる。


「ーーっ!」


 目で追うのが精一杯の動きに内心、動揺を隠せずにいると、雷暗は好機と見て責め立てた。


「ほら! ほら! ほらっ! お坊ちゃん剣術でやり返してみろよ! お決まりの型通りにしか動けない癖に、外の世界に行くとか言うんじゃねえ!」


 雷暗の剣術は、部族で習わないものだ。小振りで、鳥よりも、ネズミよりも素早く、まるで蜂のように機敏で悪意のある鋭さだ。

 剣の腹で雷暗の長剣を払い時間を稼ごうとするも、雷暗の突きの動きは止まらない。

 一歩、また一歩と下がり、僕は次第に戦い場の端まで追いやられていく。

 この戦いに、場外という文字はない。つまり、下がりすぎると観客に被害が及ぶ恐れがある。一般的には、ある程度下がらせたら、追撃の力を弱め、再び戦いの場の中央で仕切り直すのだがーー。


「なんで、切り返さない!」


 僕のか細い声を、剣戟の隙間から聞き取った雷暗は口端を上げる。


「言っただろう。俺はお前を外には出さないって、お前は族長になった俺の補佐を一生するんだよ!」


 雷暗の突きが、ついに僕の頬を掠め血を流す。死よりも、恐怖よりも、呼応する何かが僕の心臓を強く打った。


(……なんだ、これ?)


 耳まで聞こえる心の音。目の前にいる雷暗が不敵な笑みを浮かべたまま固まっている。否、この場にいる全ての人の動きが止まっているようだ。

 灰色の空間に、たった一つだけ色の付いた存在が僕以外にもう一人ーーー。


「道埜?」


 小高の上で縛られている道埜の姿が、やけに鮮明に見えた。

 負けるわけにはいかない。勝たなければ、道埜たちと一緒に旅をしなければいけない。雷暗は強い。以前の僕なら怪我のハンデがあった分、負けていたかもしれない。


(本当に?)


 昨日、部族の村へ行くまでの間は歩くだけで精一杯だったのに、村に入り族長と話した後は普通に歩けるようになっていた。

 父と母と話す間も、痛みで顔が引きつることもなく普通に会話ガできた。

 そして今、怪我一つない健康体の雷暗相手に、まともに打ち合い動けている。自分自身が、何かが変わってしまったのだと再認識する。

 人でありながら人ではない。血を流し、痛みを感じるのに、長くは続かず数日後には普通に生活できるようになってしまった。


(もう、戻れないじゃないですか)


 時埜は「神の使いにならなくてもいいよ」といったが、それは無理だ。自分は人ではなくなってしまった。おそらく寿命も人と同じではない。それはつまり「戻れない」ということだ。

 頬から流れた血を指先で触れて血の色を確認する。

 赤だ。

 人間の流す血の色だ。だが、僕はーーー。




 逡巡している瞬間、時の流れが戻り、雷暗の剣先が僕の長剣の柄部分に当たり、弾こうとする。僕は長剣を振り上げて、雷暗の長剣を避けると、胴体部分がガラ空きとなった雷暗に向かって思い切り蹴りを入れて吹き飛ばす。


「ーーっぐ」


 小さく呻く雷暗に向かって、僕は長剣を捨てて体当たりを喰らわせた。


「はああああっ!」


「なっ!?」


 体勢が崩れかけていた雷暗も長剣を手放し、その場で背中から倒れた。僕は雷暗が手放した長剣に手を伸ばし掴むと、彼の腹に腰を掛けて馬乗りとなり長剣を彼の首近くの地面に突き立てた。


「僕も、負けるわけにはいかないんだ。旅立ちを、許して欲しい」


 僕の頬に冷たい水が流れ滑り、雷暗の頬に落ちた。僕は涙を流していない。空からぽつりぽつりと雨が降り出したのだ。

 タイミングが良い。まるで僕が涙を流したようではないか。口を噤む僕に、雷暗は長く息を吐き、ふいっとそっぽを向くように横を向いた。


「俺は敗者だ。勝者のお前が許しを請う必要はない」


「雷暗……」


 僕が次の言葉を発しようとした瞬間、審判の声が周辺へ響き渡る。


「勝者、八雲!」


 歓声が上がった。


「良い試合だった」


「感動したよ」


「八雲、旅立っちゃうの?」


「雷暗も格好良かった!」


「新しい族長の誕生だな」


 観客達から様々な感想が飛び交った。

 僕は雷暗から降りて、彼に手を差し伸べた。雷暗は僕の手を取り立ち上がると、眉間に皺を刻み、口をへの字にしている。

 彼のそんなところは小さい頃から何も変わっていない。自分の思い通りにならなかったり、不愉快に思うことがあると、すぐにへそを曲げてしまうところ。全て懐かしく愛おしい日々。

 離れたくない。彼らと一生を過ごし母なる大地に骨を埋めたい衝動に駆られた。

 だが、それはもうできないことに僕は気付いている。


「行くのか?」


「うん」


「勝ち逃げは許さない。いつか、必ず帰ってこい。その時は必ず勝つからな」


 握っていた手の力を強められたので、僕は笑顔で握り返した。


「その時も僕が勝つよ。雷暗、君が族長になることを、僕は心から誇りに思うよ」


 僕たちは見つめ合った。

 きっと今生の別れ、けど雷暗は否定するため、「また」を口にする。お互いの無事を信じて。

 雨が降っていて良かった。

 僕が、雷暗が涙を流しているところを他の誰にも気付かれることはなかった。






小話:初期設定では、八雲は雷暗を傷付けて勝利し、そのまま旅立っていましたが、永遠の別れでそれはないだろうと思い書き直しました。こちらの方が八雲らしいので気に入ってます!

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