第八話
まだ道埜ターンです
翌日。普段は子供達のための運動場として提供されている広場が補整され、戦い場の土台ができあがっていた。昨日の族長の宣言から直ぐに準備されたのだろう。彼らの手際の良さには感嘆の言葉が漏れる。
天気は生憎の曇りだが、雨は降りそうにないのは幸いだ。
八雲と雷暗は同じような長剣を手にしていた。おそらく部族統一の武器なのだろう。彼らは各々、家族や友人と試合前に談笑をしていた。特に八雲は最後に募る話があるのだろう。
道埜はそんな彼らを、眉間に深いしわを寄せながら、戦いの場から少し離れた高台にて、丸太に縄で縛られた状態で眺めていた。
「……なんで俺が縛られるわけ?」
不満を口にすると、見張り役の男が短く息を吐いて肩を竦めた。
「悪いな、旅人の兄ちゃん。部族の人間が外に行く場合には二つの掟がある。一つは自分で外の世界へ行くと宣言した場合、この場合、旅立ちの儀式の時に族長と戦い、勝利した場合は旅立ちを許され、負ければ死刑になる。二つ目は第三者が関わり外に出る場合。これも族長と戦い勝利した場合は旅立ちを許され、負けた場合は第三者ともども死刑となるんだ。んで、今回は後者って訳」
「ふーん」
道埜は他人事のように相槌を打つが、逆に見張りの男の方が困ってしまった。
今までの第三者となった人は「自分は無関係だ」「そんなつもりじゃない、死にたくない」と騒ぐ人間が多かったが、目の前にいる少年は平然とした態度を崩さなかった。
もしかしたら内心は、心臓が破裂する思いをしている可能性がある。きっとそうだ。自己解釈をして涙ぐむ見張りの男に、道埜は淡々と自分の疑問を口にした。
「あの若い男が族長なのか?」
「いんや、今回は特例なんだ。八雲と雷暗は族長候補なんだが、族長になるためには候補者同士が戦うことが慣例となっている。だが今回、八雲が旅立つことにより自動的に雷暗が族長になる。しかし、雷暗が本当に族長として八雲よりも上の立場なのか知る必要があるため、八雲と雷暗の戦いになったって訳だ」
「……なるほど」
「分かってくれたか?」
「つまり、この戦いは八雲の旅立ちの儀式であり、雷暗の族長昇進の儀式でもあり、俺はそれに巻き込まれたって言う訳か」
「まあ、そうなんだがよぉ」
別に言い直さなくても、とブチブチ文句を口にする見張り役を尻目に、道埜は内心、安堵の息を吐いた。
今、この場にいるのが自分で、時埜じゃなくて良かった、と思っている。時埜は繊細で人離れした雰囲気を持つ聖人ような男だ。もし、八雲と雷暗の戦いで血が流れることがあれば、時埜はほぼ確実に失神してしまうだろう。
あの年まで、よくあそこまで汚れを知らずに清廉潔白で生きて育ったのだろう。どうすれば彼のように生温くも優しい人間に育つのか、何か特別な英才教育があったのだろうか。彼の周りにいた大人たちの努力が窺える。
道埜は真剣に考える込むが、すぐに止めた。
分からないことを悩むよりもまずは目の前の状況を気にした方が良いだろう。道埜は八雲と雷暗の行く道を見守ることにした。
次の戦闘シーンは三連休明けになります。
お楽しみに!




