第五話
「まずは自己紹介をしよう。
私の名前は『時埜 誠』、そして君を助けたのは『道埜 祠穏』。僕らは、この宇宙を創造した神々の使いの一人。信じて貰えないだろうけど……」
「何を言っているんですか? 神の使い? 不敬にもほどがあります! 信じられません! あなた方は自分たちこそ、我らが創造神レティアの使いだというんですか? そんな恐れ多いことを言わないで下さい!」
「……レティア?」
「この土地で信仰している神の名前だろう」
首を傾げる時埜に、道埜が冷静にツッコミを入れる。
「えっと、どこから説明をすればいいのかな?」
「俺の時のように話せば良いだろう」
「君は特に信仰している宗教がなかったから説明しやすかったけど、彼の場合は信仰している神がいるから、私の言いたい創造神の説明が難しいんだ。え~~っと、レティアだっけ? そんな神様知らないし……」
「あなたは我々の信仰する神を愚弄するつもりですか! いくら命の恩人でも許されることではありません! 制裁を受けてもらいます」
僕は立ち上がろうとしたが、両肩の痛みが腕や身体全身に走り、立ち上がることはできなかった。それでも腕に力を入れ続けようとすると、頭部に別の痛みの衝撃が走る。
「先走るな。今、無理をすれば傷が開いて寝込むことになる」
「た、叩くなんて、何て乱暴な。慈愛と豊穣を司る創造神レティアは許しても、人の心に住む神グロアは許しませんよ」
「また出てきた。俺は神なんて信じてない」
「み、道埜。それを言ったら私たちは一体……」
「今はしゃべるな。俺らをまとめ、統一しなければいけない癖に、新人に説明できないなんて、情けない」
「はは……、それを言われると弱いなぁ」
苦笑を漏らし、時埜は道埜に説明を任せるため、少し後ろに下がり、道埜は肩を竦めてから口を開いた。
「俺と時埜は、人や世界を直接助けることができない神々の代わりに、人や世界を助け導く存在。分かりやすく言うと神様代行人、または神の使い。そして、お前も俺と時埜と同じように選ばれた人間」
「神の使い、僕が?」
道埜は小さく頷く。
「神の使いは誰でもできるものじゃない。それは神レティアを信仰しているお前なら分かることだろう?」
今度は僕が頷いた。創造神レティアの使いは部族でも霊力のある人間、または信心深い人間でないと名乗ってはいけない。今の代は大婆様が神の使いと言われ、創造神レティアに遣えているとされている。が、道埜が言う”神の使い”とはまた違った意味だろう。
現実味のない話し。だが、きちんと僕の耳に入り、頭で理解し、心が受け入れているのが不思議だ。信じられないことだが、信じても良い。僕は道埜の言葉の続きを静かに聞いた。
「神の使いになるためには、神に選ばれ、神に力を借りた5人だけ。俺は”道・方向の力”、時埜は”時間・空間の力”をそれぞれ借りている。……それで、こいつは何の力を借りているんだ、時埜」
「彼は”天空・大地の力”。人や自然が生きていくためには必要な力。そして、君の名前は今日から”天埜”を名乗るんだ」
「テン、ノ?」
名前を反芻すると、妙に身体になじむ感覚がする。不思議だ。まるで昔から知っていたような、ずっとこの名前だったよう思えるくらい耳によく馴染む。時埜が僕に声を掛けた。
「天埜。私たちと共に、この宇宙や、この星に生きる人々を正しい未来へと導いてはくれないかい? 私たちには君が必要だ。
もちろん、強制はしない。君が望むなら故郷へ帰っても構わない」
「……帰っても良いんですか? 僕が故郷へ帰る選択をしたとき、この宇宙は、この星はどうなるんですか?」
強制はしないと言われても、これはどう考えても強制だ。自分がいなくなれば、神に力を借りた5人の内の1人が欠けてしまう。その場合、宇宙やこの星がどうなるのか、先ほどの夢での光景が現実のものになってしまうことくらい想像がつく。
僕は時埜の答えを待った。しかし、答えは意外なものであった。
「別にどうもしないよ。君が死ねば、新しい”天空・大地の力”を授かる資格を持つ者が現れるから、それを待つだけだよ。あぁ、安心して。僕たちの寿命は100億年近くあるから、僕たちが君を殺すことはないよ。気長に待つだけさ」
「確か、生まれ育った星が10回目の再生の時に死ぬんだったな」
「うん、そうだよ」
今サラリと、ものすごいことを言われた気がする。まるで、今日の夕飯のメニューを話し合うような世間話のように話された気がする。
いや、それよりも僕じゃなくても良いんだ。
僕がやらなくても、僕が死んだ後に別の人間が選ばれて、その人が快諾すれば時埜と道埜はその人を仲間に加える。僕は選ばれたわけじゃない。特別な存在じゃない。
俯き悩む僕の頭の上から、時埜が「どうする?」と聞いてくる。
僕は悩んだ。
幸せな生活。
優しい母と尊敬する父。
そして部族のみんな。
朝、日の出と共に起きて、創造神レティアに祈りを捧げて、家畜の世話をして、お昼を食べて、狩りをして、ゲル(家)に帰り、家族と過ごして、就寝する。たまに移動や川遊びなども入る。それが僕の日常。それだけで幸せだった。
幸せだったのに、最近の僕は欲を覚えてしまっていた。
この辺りに逗留を始めてから、毎日欠かさず一本木の元へ行き、夕日を眺めては自分の気持ちに蓋をする癖ができていた。
草原の外を見てみたい。
そんな欲は持っていけない。今の生活に満足だと、少しでも言い聞かせるように、部族のみんなから離れて考える時間が欲しくて、ここを訪れていた。
もし、僕が草原の外へ出ることを選択すれば、二度と父・母・部族のみんなに会えなくなってしまう。遊牧の民族は一処に留まることはない。常に移動し、一生涯の内に同じ場所を訪れるのは本当に稀だ。そして、部族の針路は族長が決めるため、決まった針路はない。
僕は目を閉じて考えた。
目を閉じると、辺りは暗く黒で統一される。
どうすればいい
何が最善か、何が最悪か。
考えて、考えて、僕は目を開けて答えた。
「一日だけ、時間を下さい。そうしたら答えを出します」
時埜は口端を上げて目を細めて笑みを象った。
「分かった。じゃあ、明後日の朝、私と道埜はこの地を旅立つよ。その時に答えを聞かせて欲しい」
「ありがとうございます」
僕は頭を深々と下げて礼を言った。
僕の出した答え。それはもう決まっている。だけど、その前にやるべきことが部族の掟の中にある。僕は琥珀色の瞳に決意の炎を燃やした。
少し補足。時埜はボケ、道埜は天然、天埜はツッコミを意識しております(←どんな補足やねん!)




