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第四話



 意識が浮上する。

 ゆっくり、ゆっくりと、浮かび続け、ふいに全身に重力を感じて瞼を揺らした。

 目を開くと、真っ青な空が目の前に広がる。首を動かすと、横には草原の葉が揺れて、その先に見覚えのある一本木が立っていた。

 ようやく、ここがいつもの見覚えのある草原だと理解できた。

 草の音、空気の匂い。

 その全てが僕が生まれ育った草原だと確信する。

 身体を起こすと、両肩と右手に激痛が走り思わず固まった。


「~~~~っ」


 動かせる左手で右手に触れると、包帯が巻かれていた。恐らく両肩にも包帯が巻かれているのだろう。


(誰かが、助けてくれた?)


 僕は自分を助けてくれた人を探そうと左右を見回すと、一本木を正面に見て左側に僕を優しい瞳で見つめている人物がいることに気がついた。

 年は大体二十代前半の男性。肩に付くほど長い髪と瞳の色は漆黒を思い出すように黒く、長旅で黄ばんでしまった白いマントを首に巻くように羽織り、その下は巡礼者が着る白いローブとズボンを身に纏っていた。

 彼は僕と目が合うと、嬉しそうに微笑みを浮かべる。


「良かった、目を覚ましてくれたんだね。気分はどうだい?」


 耳に残るとても綺麗な声だった。聞き惚れていた僕はハッと我に返り、すぐに目を閉じて身体の具合を確認した。

 傷以外に痛む部分はない。むしろ、傷が痛すぎて分からないのかもしれないが、吐き気や頭痛がないため恐らく大丈夫だろう。

 僕は目を開けた。


「怪我以外は大丈夫です。それよりも助けて下さりありがとうございました」


 深々と頭を下げてお礼を述べると、相手は困ったような微笑みを浮かべた。


「大丈夫なら良かった。ただ、助けたのは私ではないよ、君を助けたのは……」


「時埜、水を汲んできた」


 時埜と呼ばれた恩人の言葉を遮ったのは、僕と同じ位の年の少年だ。

 深緑の長いターバンを頭に巻き、同色のマフラーとその下に旅人が着る麻のシャツとズボンを身に纏っている。髪色はこの辺りでは珍しい銀髪で瞳は夏の空のような深い青色をしていた。

 彼は小さなバケツを時埜に手渡し、その時にようやく僕が起きていることに気付いたようだった。


「……起きたか」


 彼の淡々とした反応が僕の中の勘に障る。時埜のように万人を愛し包み込むような笑みをしろとまでは言わないが、せめて、もう少しくらいは僕に関心があっても良いのではないかと思ってしまう。

 僕があからさまに不快な顔をしたことに、時埜は気がついたのだろう。時埜は苦笑し、さっさと一本木の側に腰を下ろす彼の姿を眺めていた。


「フフッ、あれでも彼なりに君のことを心配していたんだよ。少し意地っ張りで感情が表に出にくいところがあるけど、彼はとても心が温かい人間なんだ、そのことは信じて欲しい」


 彼のどの辺りが『心が温かい人間』なのだろう。訝しげな視線を彼に送っていると、時埜が僕に耳打ちをする。


「彼ーー道埜が、人食い狼から君を助けたんだよ」


「彼が?」


 時埜は笑顔で頷く。

 僕は仏頂面でこちらに視線の一つも合わせようとしない男ーー道埜を凝視した。

 伏せられた瞳の向こうでは何を考えているのだろう。道埜の綺麗な顔立ちも、彼の冷淡さを寄り際立たせる発端の一つではないかと思えてきた。


「はい、これで顔を拭きなさい。目が覚めるよ」


 差し出されたのは、先ほど道埜が汲んできてくれた水に浸したタオルだった。僕は時埜から濡れタオルを受け取り、顔を拭うと冷たい水に浸されていたのが分かる。


 ーーとても気持ちが良い。


 顔を良く拭うとタオルはあっという間に薄黒くなる。それだけ汚れていたという訳か。ついでとばかりに首回りを拭ったとき、僕はふと気がついた。


(……傷がない?)


 タオルをずらして首回りを触ってみるが、確かに狼に噛み千切られたはずの傷がどこにもなかった。それ以前に、あれだけの致命傷を負わされたというのに、どうして自分は生きているのだろう。


「なんで、僕は生きて……」


 左手を伸ばして肩に触れると、確かに痛むが致命傷ではないと分かる。狼に噛みつかれたときの傷はもっと深くはなかっただろうか。

 混乱し、呆然とする僕の手から落ちたタオルを、時埜は手を伸ばして拾い、タオルに付いた土を叩いて落とした。


「君は、自然に生かされたんだよ」


「…………自然に?」


 聞き返すも、時埜は僕の方を見ず、タオルをバケツに入れて綺麗に洗うと、よく絞って水気を飛ばした。


「私は説明が下手だから上手くは言えないけど、理解して欲しい。君に何が起こったのか、そして私たちが何者なのかを」


 時埜はタオルをバケツの縁に掛けてから、僕に向き直り真剣な眼差しを向けた。

 彼は知っている。僕の身に起こった全てのことを。そして、それを伝えるために言葉を選び考えていることも。僕は彼の言葉を待った。それは短い時間だったが、僕にとっては半日も待たされた気分だ。

 短い沈黙の後に彼はゆっくりを話し始めるのだった。







時埜と道埜の活躍も併せて楽しんで頂ければ嬉しいです✨️

天埜の旅立ちまで一気に駆け抜けていきたいと思います!

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