第二話 ★
太陽が草原の向こうへ沈んでいく。
今日という一日が終わりを告げる。僕は胸に手を当てて、太陽に向かって頭を下げた。
これは僕の一族の習わしだ。
いつ、どこにいたとしても、一日の始まりと終わり、つまり日の出と日の入りには、太陽にいると云われている創造神へ祈りを捧げる。幼い頃から行っているため、すでに僕の中で習慣の一部となっている。
僕は身体を戻し、もう一度太陽を見た。
日は完全に落ちきり、辺りはすっかり暗くなっていた。空を仰いでみると、瑠璃色の絨毯の中で無数の星々が光り輝いていた。これだけ明るいなら迷子になることはなさそうだ。
「そろそろ帰ろうか」
僕が馬の手綱を引くと、馬は応えるように鼻息を鳴らした。
僕は馬の背に乗ろうと鐙に足を掛けーーー、身体が突き飛ばされ地面に押し倒された。
「!?」
首筋に生温い空気を感じ、すぐに腰に吊していた長剣で応戦すると、「キュィンッ!」と甲高い獣の声が聞こえた。
僕はすぐに地面に手を打ち、反動で立ち上がると長剣を構えた。
僕に斬られた獣はすぐにターゲットを変えて馬に飛びかかろうとしていたので、背中に長剣を突き立て、頭の方へ一閃し絶命させる。
近くで見て確信した。
獣の正体は狼だ。
元はここより北の荒野を縄張りにしていたらしいが、食糧難となり縄張りの範囲を変えたと旅の行商人から聞いている。
「早く村へ帰ってみんなに知らせないと……」
今度こそ馬に乗ろうとした瞬間、僕はふとある可能性を思いつき、動きを止めた。
もし、僕がこのまま馬に乗って村へ帰ったら、狼の仲間が群れを成して僕に報復するため、村まで来てしまうかもしれない。
狼がこの一匹だけならまだしも、旅商人の話しを聞いた時、一匹とは言っていなかった。群れの可能性が十分にある。
狼は賢い。
もしこの狼が群れの一匹だったとしたら、仲間が死んだことに気付けば、この場所で仲間を殺した犯人である僕ーー人間の匂いを頼りに、後を付けることなど容易だろう。
そうなると、村の場所をおめおめと教えるなど言語道断。村には幼い子供や若い女性がいる。つまり狼たちに食料の居場所を教えることとなる。それだけは避けなければいけない。
家族や友人ーー部族のみんなの顔が浮かんでは消えた。
僕は手を胸に当てて、創造神へ祈りを捧げると、馬の前に立ち頭を両手で優しく抱き寄せた。
「ごめん、僕はここに残るから、お前だけでもみんなの元へお行き」
嘶き、足踏みする馬に諭す風に語り変えると、馬は僕の頬に自身の鬣を擦り寄せてから駆けだした。了承してくれたようだ。
「……ありがとう」
僕は小さくなる馬の姿に一礼し、耳を澄ませて狼の群れを待った。
もし日の出までに来なければ、僕の杞憂に過ぎない。だが、もしも群れが現れたとすればーー。
ガサリと、茂みの向こうから狼の群れがやってきた。
狼たちは僕の前に三匹、後ろに二匹と合計五匹。想像していた数より少ない。
だが、油断はできない。
相手は人間殺しのプロ、対して僕自身は食用の鳥や兎のような小さな草食動物を狩ったことあるが、肉食動物を狩ったことがない。
前に一度、大型の草食動物である鹿を狩ったときは、村の大人たちのフォローがあったからこそ狩れたものだ。
(今は、一人)
喉を鳴らし、鼻で息を吸い深く吐き出す。
怯えるな、恐れ事が負ける一手となる。勝つための一手は自分自身の腕を信じることーーー。
僕は狼を睨み付け、それが合図となった。
始めに襲ってきたのは前から二匹、後ろから一匹、残り二匹は待機だ。
僕は数の少ない後ろの方に素早く振り返り駆けた。狼は地面を飛び、僕の腹部を狙う。
僕は走りを止めず、長剣で狼の口元を狙い、薙ぎ払い狼の上下を切り裂いた。
続けざまに片足を軸にして背後から迫り来る狼の一匹目掛けて長剣を突き立てるが、分厚い毛皮と二匹の狼を切り裂いた剣の刃に付いた血や油が邪魔をして胸に突き刺さることはなかった。
逆に僕の右腕を狼の牙で切り付けられ、服が破れて血が流れた。
「ーーーった!」
思わず声が出た。
痛い、痛くて、痛くて堪らない。
悲鳴を上げて泣き叫びたいが奥歯を噛み締めて耐えた。
怯えていることを悟らせてはいけない。他の動物に居場所を伝えてはいけない。「フーーッ、フーーーッ」と荒い息を上げて、大粒の涙が頬を流れて草葉を濡らす。
全身が震えて、長剣が上手く握れない。
気付いてしまった。
僕はこのままだと確実に狼に食い殺されると。
分かってしまったから、身体が、本能が、頭の中で警鐘を鳴らして訴えている。
”逃げろ”
けど、理性も知っている。
”逃げても無駄だ、戦え”
息が荒く、自分の心臓音が耳元で聞こえてくる。
策を講じなければ自体はどうにもならない。
だが、何を考えれば良い。
長剣は既に鈍器に近い状態になってしまった。
草原では高いところに逃げることはできず、武器になりそうな物も何一つ落ちていない。
考える事に夢中になり、ハッと我に返ったが遅かった。
左腕の表面を噛み千切られていた。
「ーーーーーっ”あ!」
僕の中で何かが弾けた。
痛みより、恐怖が勝った。
このまま襲われ続ければ、僕は完全に死を迎える。
死は平等であり誰にでも訪れるもの、だが僕が死を受け入れるにはまだ若すぎた。
「ああああああああああああああああ」
僕は叫びながら、長剣を持つ手に力を込めて狼の脳天に長剣を叩き付けた。
狼が甲高い悲鳴を上げる短い間、長剣で何度も、何度も、何度も、叩き続けてようやく狼一匹を絶命させた。
その間、別の個体が僕の左肩や右足に食らいついてきたが気にせず叩き続けていたため、対処が遅れた。
血が流れ過ぎて、僕は長剣を地面に落とした。
その様を狼たちは見逃さなかった。
両腕、両足、腸と、繰り出される狼たちの攻撃に僕は意識を手放さないのが精一杯だった。
せめて、もう一匹くらいは倒したかったと思ったが、首筋に狼の牙が突き立てられ、僕は血を吐いた。
ーー死んだ。
そんな確信が脳裏に浮かび、僕は瞼を閉じた。
あっさりやられてしまったように思えますが、チートがなければ子供なんて簡単に蹂躙されると思います。2匹だけなら彼1人で勝てましたよ(多分)
続きをお楽しみに!




