仕方ないな、それなら俺がやるか
とにかく勢いのある話を書いてみたかった。
## 第一章 運命の舞踏会
狩猟大会の話で盛り上がっていた広間の空気が、急にざわめき立った。やれやれ、連中はまた物色を始めるらしい。
「さて、今宵のターゲットは?」
「角の方に良さげな五人組がいるな」
仲間の令息が目を輝かせて、初々しさの残る華やかな令嬢たちの輪を見つける。
「ルミオス、どうだ?」
目の端で輪を追いながら、一人の令嬢に目を奪われた。黒く艶のあるストレートヘア、形の良い瞳、細身すぎない柔らかそうな体に豊満な胸元。黄色いドレスが日に焼けた健康的な肌色に映えている。
ああ、ど真ん中。完璧だ。
「……悪くないな」
隣の令息が俺の肩を叩く。
「じゃあ、頼んだぞ」
「あの黄色は俺がもらう。合図したら来い」
「了解」
ゆったりと輪に歩み寄り、声をかける。案の定、娘たちは俺に見とれて息を漏らす。皆かわいいが、今日の主役はあの黄色だ。
「一緒に飲まないか?」
恥ずかしそうに頷く娘たちを横目に、俺は仲間たちに手を上げて合図する。簡単すぎる。
仲間たちがペアを作っていくのを確認しながら、黄色いドレスに目を向けると、彼女は輪からそっと離れようとしていた。
すかさず彼女の手を取って、女たちが好む優しい笑みを作る。逃がすものか。
ん?落胆の溜息をつかれたか?なんだ、渋々隣にいるじゃないか……
俺に興味はあるが、出さない、あるいは怯んで避けるタイプか。少々面倒だが、仕方ない。外見は完璧だ。
「ルミオス・ボナパルトです。お名前は?」
「ロタリナ・ニルバージュです」
ニルバージュ。辺境伯の娘か……
「ロタリナと呼んでも?俺はルミオスで」
「お好きにどうぞ」
ちょうどいいタイミングでワルツが鳴り始める。
「ロタリナ、ダンスに誘っても?」
ロタリナの顔に『え?どうしても』と書いてある。ここは、引くところじゃない。
ロタリナの手をぎゅっと握り、まるでヒーロー映画のワンシーンのように彼女を引き連れ、半ば強引にダンスホールへ。
「僕と踊ると幸せになれるって噂知っていますか?」
耳元で囁けば、たぶん彼女はイチコロだ。
「あら?そうなの?私は、もう十分幸せなんですけど、さらに増えたら大変だわ。行き過ぎた幸せは、身を滅ぼすのよ?」
「……え、あ、そう?」
え?今、俺フラれたのか?いや、違う。彼女は大真面目にそう思ってる。
「でも、ダンスは楽しいわ。だから今日だけは特別、幸せが増えることを許します」
開放的な、規格外に可愛い、超弩級の笑顔。
どきゅーん!
胸のあたりを撃ち抜かれるような衝撃と共に、恋に落ちる音がした。
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## 第二章 髪飾りという口実
舞踏会の夜、こっそり手に入れた彼女の髪飾りを眺めながら、俺の脳内はもう完全にロタリナでいっぱいだった。あの笑顔、あの透明感――そしてこの小さな髪飾り。俺が手に入れたことで、世界は少しだけ俺に優しくなった気さえする。
翌日、俺は颯爽と首都の辺境伯邸へ向かう。
「わざわざ届けてくれたの?ありがとう」
ロタリナが驚き頬を染める姿を想像するだけで、心臓が躍る。俺の一挙手一投足が、あの娘の世界をバラ色に塗り替えるのだ――完璧すぎる俺の日常。
しかし、到着すると、執事が少し気まずそうに言う。
「ロタリナ様は、すでに領地にお戻りです」
な、なんだと!?俺のドラマティックな再会はどこへ……?
「髪飾りは、こちらでお預かりします」
執事の手が俺の宝物をよこせと伸びる。やるもんか。
「いや、俺が直接届けます。昨日のお礼も自分でしたいですから」
小さな髪飾りを胸ポケットに忍ばせ、俺は颯爽と去った。
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## 第三章 辺境への旅路
自宅に戻り、効率的かつドラマチックにロタリナに会う方法を考える俺。
……って、待てよ。肝心のロタリナの情報、ほとんど手元にないじゃないか!
仕方ない、書庫を漁る俺。勉強に目覚めたと勘違いして、母親が感涙してる。……安心しろ、母さん。その涙、俺の完璧な計画の燃料になるから。
ロタリナは幼い頃に母を亡くし、父と二人暮らしの父子家庭。可哀想に……。
あれ?侯爵家の次男である俺って、入婿に最適なんじゃね?運命のシチュエーションだ。俺の完璧な人生計画に、ようやくピースがはまった瞬間である。
しかし、それ以上の情報はさすがに手に入らない。人脈も金も足りない。
仕方ない、別の情報収集法を練りつつ、颯爽と辺境へ向かう。運命の娘に会うための、俺だけのショータイム――ここから始まるのだ。
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## 第四章 無秩序な楽園
辺境伯領の村々、信じられないくらい穏やかだ。国境で揉めてるはずの隣国兵士とここの兵士が、笑いながら立ち話。関所?そんなもん存在しない。誰でもフリーパス。危機管理?そんなんゼロ。
通りを進むと、さらに奇妙な光景が目に入った。筋肉ムキムキの男が窮屈そうにそろばんを弾き、陰キャなひょろ男がモゴモゴ接客。畑ではおばさんたちが手も動かさず喋り続け、少年たちは束になって必死に丸太を運ぶ。
「……適材適所って言葉、知らないのか?」
仕方ない、俺が動くか。まず御しやすそうなマダム達へ。
「店番、やる気はないか?」
当然だが、マダムたちの目はハート。
配置換え完了。村が一気に動き出す。筋肉男は丸太を軽々運び、ひょろ男はそろばんカチカチ。おばさまたちは客に笑顔を振りまき、物が飛ぶように売れる。早々に収穫を終えた少年たちは、畑で元気に駆け回る。
「おお!神よ!」
背後から気配もなく現れた老人に驚き、尻もちをつく。
「なんという見事な采配……どうか他の場所も見てはくれないか」
村長らしい。びっくりさせんなよ。
でも頼られるのは嫌じゃない。
「俺でよければ、力になるぜ」
俺は村中を歩き回り、村人の特徴と仕事をリストアップ。役割表を渡すと、どこもスムーズに動き出す。
「ありがとう、助かったよ!」
「ルミオス、こっちで一緒に遊ぼう!」
「こんな売上、初めてだ!」
村人たちの歓声と感謝が飛び交う。
あっという間に夜。ロタリナに会いたかったけど、今日は仕方ない。これまでにない充実感を胸に、俺は眠りについた。村長の家の硬いベッドすら、意外と快適。
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## 第五章 英雄としての目覚め
翌朝、噂を聞きつけた近隣の村々から、早速采配依頼が届いた。どうやら領地全体、適材適所という概念が存在しないらしい。何がどうなると、こんなことになるのか――理解に苦しむ。
仕方ない。俺は賢そうな村人を三人連れて、隣の村へ向かう。ここでも、同じ要領で役割表を作り、配置換えを指示。三人には手順をじっくり見せる。
「わかったな?君たちも、他の村で同じことをやるんだ。そして、新しい村の賢そうなやつにやり方を教えること。これを繰り返すんだ」
三人が目を輝かせて頷くのを見て、俺はにやり。
――俺、こういうの得意なんだな。
ちょっと英雄気分に浸りつつ、村人たちが活き活きと動き回るのを眺める。筋肉男も、ひょろ男も、マダムたちも――みんな楽しそうだ。
村人たちが新しい動きを覚えるのを見届けると、俺は満足げに肩を伸ばす。
――よし、ひとまず、村は安泰だ。
これでようやく、ロタリナのもとに向かえる。俺の足取りは軽い。村の道を駆け抜けながら、頭の中は作戦会議でいっぱいだ。
「今日こそ、彼女の心を射止める……!」
風が俺の髪をなびかせ、まるで応援してくれているかのようだ。
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## 第六章 ついに再会
親切な村人の案内で、辺境伯邸にすんなり到着。――ほんと、ザルすぎる。
ん?妙に静かだ。人も少ないし、使用人たちはどこに行ったんだ?
俺は玄関の木製の扉をトントンと軽く叩く。しばらくして、中から現れたのは――ロタリナ本人。
くそ、やっぱりかわいい。舞踏会の夜より、さらに透明感が増してる気さえする。
「……ルミオス様?」
小さく驚いた声。ふふ、反応も完璧だ。俺の胸は早鐘を打つ。
用意していた髪飾りを差し出す。
「あの……この前の舞踏会で……」
「え?わざわざ」
少し引いてる?まあ、驚くよな。
「喉、乾いてるんだ。お茶、飲ませてくれないか」
俺は当然のように頼む。
「あ……、はい。どうぞ」
や、警戒心ゼロだな、この娘。
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## 第七章 領地の現実
邸の中に足を踏み入れると、人の気配がほとんど感じられない。掃除も行き届いていない。貴族の家とは到底思えない。
お茶を飲みつつ、俺は聞く。
「お屋敷は、いつもこんな感じですか」
「はい」
「お父上は?」
「……いません」
「お仕事ですか?」
「いえ……その、悟りのために……」
「ん?」
「悟りを開くために、山にこもっています」
「……は?」
「領地経営はどうしてるんですか?」
「……わかりません」
背中に冷たい汗が走る。なるほど、これで村があんな無秩序なわけだ。でも、妙に納得してしまう自分もいる。なんだ、この世界……。
「帳簿、見せてもらえる?」
ロタリナが軽くうなずく。おお、任せてもらえた。何とかしてあげたい。
机の上に広げられた帳簿を眺める。鉱山に森林、川に湖、資源は豊富なのに、どうにも貧乏くさい。おかしいなぁ……。
「隣国の兵士が領地にいたけど、あれも普通なのか?」
「はい」
「なんであんな事が出来るんだ?」
「争わないために、どちらの国にも税金を払っているからです」
「え……」
急いで帳簿を見直す。支払先の国名がふたつ……。なるほど、これじゃあ貧乏になるわけだ。
けど――それでも、貧乏すぎる。村々の改変が進めば、少しはマシになるかもしれないが……。
問題は、資源はあるのに、運用がほぼゼロだってことだ。適正価格で、やりとりされてもいない。
「手紙を出したい」
そう言って、女を物色するしか楽しみのなかった奴らを呼ぶことにした。皆、家の次男坊や三男坊で、領地や家業の経営に口を出す権利もなく燻っている。
どうせ皆ひましてるんだ。面白いゲームに付き合わせてやろう。
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## 第八章 仲間たちの集結
最初にやって来たのは、貧乏伯爵家の次男、シモン。新聞記者を片手間にやっていて、観察眼は鋭い。
「情報収集?任せとけ」
ノリで、書庫の三年前の資料をドンと渡すと、サラッと目を通し、馬に飛び乗った。どうやら自分で現場を回る気らしい。
次に現れたのは、男爵家の三男、フィン。商才も財テクもあるのに、手柄はいつも兄達のものだとぼやいていた。
「すぐに改善しろよ?」
「誰に向かって言ってやがる」
フィンは軽くあしらうと帳簿をひっくり返し、計算を進めながら小さく笑う。
「お金は動かすほど面白いんだぜ」
一ヶ月後、あくびをしながら現れたのは、侯爵家次男のブランコ。三度の飯より模型作りが好きで、いつか本物のでかい建築を手掛けたいと夢見ている男だ。
「やっと来たな」
シモンが作った地図を差し出され、物流経路構築の青写真を説明される。ここに橋を架けたい、予算と指示も具体的だ。
「え、まじで?やらせてくれるのか?」
寝ぼけ眼のブランコの瞳は、興奮で輝いていた。
「最初は俺だけじゃ不安だ。師匠も呼んでいいか」
「もちろんだ」
こうしてインフラ工事が始まった。
そして、最後にマルコが現れる。侯爵家の私生児で、かつては官僚を目指して勉強していたが、正式な籍はもらえず夢は断たれていた。
「は?お前ら何熱くなってんだよ。気持ち悪い」
「うるせぇな。とにかく手伝え」
まずは邸の使用人の採用や管理から。最初は渋々だったが、やり始めると面白くなってきたらしい。あっという間に邸の使用人を組織化し、領地の官職制度を整え、教育環境も確立していった。
ロタリナは、ルミオスたちの案に淡々と目を通し、領主代理として書類にサインする。次第に領地経営に興味を持ち出したのか、俺の秘書みたいなことまでしてくれる。いい匂いだ。
こうして1年が過ぎる頃には、ニルバージュ辺境伯領は、実質的に国で一番栄えた領地になった。表面上は普通の領地だが、財テクで裏は完璧に整っている。
やつらみんな、首都じゃ「役立たず」って言われてたけど、実際はちゃんと力を持ってるんだ。へへ、驚いたか?これが俺たちの底力ってやつさ。
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## 第九章 野人との出会い
ある日、ボッサボサの髪にボロッボロの服のおっさんが邸の前に立っていた。痩せ細り、みすぼらしいことこの上なし。どう見ても乞食だ。
(おいおい。この領地にまだこんなのがいたのかよ)
放っておく手もあったが、領主たるもの心は広く、ってやつだ。仕方ねえ、風呂にぶち込んで、俺の予備の服を着せてやり、ダイニングで飯まで出してやった。慈悲深い俺、カッコよすぎ。
そしたら――ロタリナがやって来て目を丸くした。
「お父様!」
……は?マジで?このボサボサの乞食が、ニルバージュ辺境伯!?
悟りだか修行だかで山ごもりしていたらしいが、いやいや、どう見てもただの野人。俺、義父さんを"哀れな浮浪者"扱いして風呂入れたのか。
やれやれ、世の中ってやつは本当にサプライズが好きだな。
辺境伯はゆっくりと顎に手を当て、俺を値踏みするように見つめた。
「ふむ。君、ここの跡取りになる気はないか?」
え?今なんて?跡取り?それってつまり……ロタリナもらっていいの!?心の中でガッツポーズを決める。
「お、俺なんかでよければ……」
「ぜひ頼む。さっそく君を養子にしよう」
「……は?養子?婿入りじゃなくて?」
思わず聞き返した俺に、辺境伯は少しばつの悪そうな顔をする。
「それは……ロタリナの意見もあるから……」
マジか。ここで姫さんジャッジメントタイム!?ゆっくりとロタリナの方を見ると、彼女は真顔。めちゃ真顔。
俺の心臓はバクバクだ。――ここで「NO」って言われたらどうしよう。そのときは……港町に沈むしかねぇ!?
「……少し、考えさせてください」
保留!!保留かよ!!考えるってことは……可能性はゼロじゃない
俺が本気で仕掛ける番だ!心の中で拳を握る。目標はただひとつ――ロタリナを落とす!
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## 第十章 必死のアプローチ
花を贈り、デートに誘い、彼女の日課の瞑想――2時間の長丁場――に付き合い、女の子が喜びそうなことは片っ端からやり尽くす。
けれど、手応えはゼロ。まったく、ロタリナ姫の心は硬い。
そのうち、辺境伯領地の財政は完璧にシステム化され、誰が来ても困らない安定っぷり。フィンが首都で新しい商団を立ち上げると言って戻っていくと、残る仲間もそれぞれ目標を見つけ、次々に去っていった。
――さあ、残ったのは俺とロタリナだけ。
ここからが、本気の勝負だ。全力で、姫の心を攻略する。
また半年、死ぬ気で口説く。
けど、何も変わらない。
心が折れてきた。
ロタリナも経営できるようになったし、俺もそろそろ首都に帰って、人材派遣会社でも作ろうか――なんて思いながら、荷物を整理しはじめたそのとき。
「かえっちゃうんですか?」
振り向くと、ロタリナがぷっくり頬を膨らませて、淋しそうに見上げている。
えー!!反則。これじゃ帰れないじゃん。
「もう、俺にできることはないし……」
弱気で笑う俺に、彼女はすっと近づいて――
「一緒にいてください」
――って、抱きついてくる!?
あああああ!!引くパターン!!引くパターンが必要だったのか!!
でも、彼女のことだから、確認は必要だ。
「俺と結婚してくれる?」
ロタリナは迷いなく小さくうなずく。
「うん」
よっしゃぁああ!!!!
――やっぱ俺のこと、好きにならない子なんていないよな?
内心でガッツポーズを決めつつも、目の前の彼女の顔に釘づけになる。
だめだ。我慢できない。俺は彼女の顔を引き寄せ、唇を重ねた。柔らかく、あたたかいその感触に、言葉はもういらない。
死ぬほど幸せだ。
ロタリナは顔を赤らめて小さく笑う。そして、俺の腕にそっと手をのせた。
ああ、やっぱりここが俺の居場所だ。領地も、仕事も、悩みも、全部ひっくるめて、俺の隣に彼女がいる。もう、何も怖くない――。
二人は肩を寄せ合い、広がる黄金色の夕陽を背に、ゆっくりと庭を歩いた。風に乗って、花の香りと夕日の光が二人を包み込み、世界は今、この瞬間だけを祝福しているかのようだった。
完璧なハッピーエンド。
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## エピローグ
チャラ男だった俺が、いつしか領地経営に夢中になり、仲間たちと共に辺境の地を変えていく。そして何より、さとり系女子のロタリナが、俺の人生を根底から変えてくれた。
彼女の「行き過ぎた幸せは身を滅ぼす」という言葉は、今でも俺の心に響いている。でも今なら分かる。真の幸せは、誰かと分かち合うことで初めて完全になるのだと。
俺たちの物語は、これから始まる。