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それは胡瓜と茄子を好む

 ネッケコヤムは犬である、と高木は言った。猫である、と田中は主張した。バイクである、とは鈴木の言である。午後3時に観察すると烏である、とアレクサンダーは報告した。気温が12度の時には椅子だったとホセは証言した。

 ネッケコヤムの重量は不明である。量るたびに違う値を示すためである。重量測定を行った高木は、あまりの不可解故に3日間熱を出し、研究室を1週間休んだ。復帰した高木は「ネッケコヤムの夢を見てた」と言ったが、どのような夢だったかは覚えていないという。高木とルームシェアをしている鈴木は、その1週間、高木はどの国の言語ともつかない言葉でうなされていたと報告した。その時の高木の言葉の録音を試みていたが、録音に使った機器は全て壊れていた。スマートフォンが故障したことによる精神的ショックで鈴木は1日、自室に引きこもった。

 ネッケコヤムは50 Hz~10万 Hzの音を発する。573 nmの吸収波長を持つ。主成分はポリアミドである。ただしこれらは、我々が現在持つ技術で検出できたものと注釈を入れておく。摂氏3000度に熱しても融解せず、摂氏-273.15度環境下でも凍ることがなかった。なお、3000度に熱する実験を行った木村は、ネッケコヤムは五胞体だったと記録している。詳細に記録を取った結果、木村の視力は不可逆な支障が生じた。後者の実験を行ったハリスは7色に光る正八角形であったと述べている。

 ネッケコヤムは冷蔵庫に入れると増える。山崎が「とりあえず」だとか、「なんとなく」みたいな、特に根拠のない思い付きで、冷蔵庫に放り込んだところ、偶然発見された事象である。冷蔵庫に入れられたネッケコヤムはその翌日、冷蔵庫の中で5つになっていた。しかし冷蔵庫から取り出された瞬間、それらは一つに再融合した。この現象の再現性は確認されており、おおよそ2時間に1つのペースで増えるとみられる。一方で、室温を冷蔵庫と同じにしても増えなかった。面白いことに、電源を落とした冷蔵庫でも同様の事象が観察された。”冷蔵庫”という概念がネッケコヤムが増えるために重要であることが示唆される。これは後に気づいたことだが、冷蔵庫に入っているネッケコヤムは自発的に庫外へ出てくることはない。山崎の名誉ために一応付け加えておくと「冷やしたらおとなしくなるかと思って」と、それっぽい動機はあったらしい。冷凍庫でなく冷蔵庫に入れた理由は特になかったが、冷凍庫では増殖しなかった。怪我の功名である。

 ネッケコヤムは鏡には映らないが、銀のスプーンの裏には映る。それを確認した田中と鈴木とハリスの三名はその日の内に口内炎ができた。関連は不明である。スプーン越しのネッケコヤムを見たら口内炎ができる可能性が高いので、ほかの誰も見たがらなかったのである。

 ネッケコヤムは音楽に反応する。特にバッハの小フーガ ト短調を聞かせたところ、明確に形が変化した。ただし、どのように変化したかを説明できた者は誰もいなかった。アレクサンダーもホセも山崎も「とにかく違った」とだけ述べた。観察者の語彙または思考あるいはその両方を低下させる可能性がある、とネッケコヤムの音楽反応性実験に関与しなかった田中は述べる。録画映像はすべてノイズに変換されており、映像解析も不可能だった。ネッケコヤムに音楽を聞かせる実験は、山崎がこっそり続けているらしい。山崎の語彙が、月を経るごとに幼くなっていると、同期の木村が嘆いている。

 ネッケコヤムの移動手段は不明である。目を離した隙に位置が変わるのだが、動いているところを見た者はいない。午前3時13分に自室で目を覚ました田中は、ネッケコヤムに愛鳥のインコがずっと話しかけていたのを見た。だがインコが何を言っていたかは聞き取れなかった。ただし田中は、寝ぼけていたか面白くない夢だったかもしれないとも語っている。ネッケコヤムへのGPSの装着は、試みたもののうまくいかなかった。

 ネッケコヤムは重力法則に逆らうことがある。上から落とすと、落下せずに真横へ滑っていくのを鈴木は見た。これは水平方向への”移動”ではなく、重力ベクトルが真横に変化したかのような”落下”であったと表現するのがより正確だろう。どこまで真横に落ちていくのか気になるところだが、ネッケコヤムの挙動に驚いた鈴木による何度かの瞬きの隙に、ネッケコヤムは机の上、椅子の上、高木の肩の上と移動してしまった。ネッケコヤムの反重力性は、アレクサンダーやホセも確認している。アレクサンダーの時は、落下させようとして手を放したが、その場で静止して動かなかった。ホセの時は途中まで重力に従うように落下したが地面に到達する前に空中で停止した。

 現在のところ、ネッケコヤムが勝手にどこかに行ってしまわないようにする方法は、瞬きもせず目視でネッケコヤムを注視し続けるか、冷蔵庫に入れておく必要がある。

 ネッケコヤムは、会話らしき振る舞いを見せる場合がある。音声ではなく、超音波・気圧の波・静電気のパターンとして知覚されるため、言語とは言いがたい。これを”会話”とみなすかは議論の分かれるところである。ただし、”会話”したとする当人は、ネッケコヤムが何を言っていたか、その瞬間は理解していたのだと述べる。何を会話していたのかと訪ねると、超音波装置を介して”会話”した鈴木は「楽しかったよ」と述べ、気圧変換装置を介して”会話”した高木は「謝られた」と言った。静電気装置を介した山崎は「無視された」と落ち込んでいた。ただし三名ともどんな話題の話をしていたか何一つ覚えていない。”会話”に使われた装置の記録は、バグだらけで再解析できる状態ではなかった。

 ネッケコヤムの”模様”は観察者によって異なる。田中は、透けた碁盤の目、と言い、アレクサンダーは、熱を持つ蝶の羽、と記録した。ホセは模様の話題を聞いただけで嘔吐した。模様自体が観察者の精神あるいは知覚に直接作用する可能性がある。

 これまでのところ、ネッケコヤムがヒトを含めた生物に対し、何らかの作用を与えていることは確実視されているが、生命維持に関わる直接的な有害性は確認されていない。

 ネッケコヤムはピモソホ・ピセミホを探しているだけなのだ、とネッケコヤムを6年以上観察し続けている春日井教授は言う。

 ネッケコヤムは7月14日の午前0時から同月16日の深夜24時までの3日間だけヒトの形をとる。


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