前 編
自室のドレッサーの前に座り、ヒルデガルトは鏡をじっと眺めた。侍女による化粧を終えたばかりの自分の顔を見つめる。
顔立ちそのものは、誰が見ても整っていると言えるだろう。しかし、わずかに吊り気味の目は過度に目力を放ち、加えて相手の目をしっかりと見て、低めの声で滑舌良く話す癖がある。それらが複合的に作用し、無意識のうちに相手に圧を加え、全体的に気の強そうな印象を与えてしまう。
ヒルデガルトは、がっくりと項垂れた。
「絶望を感じるわ……」
背後に控えていた侍女が、心配そうに声をかける。
「お嬢様? どうなさいましたか?」
「どう見たって悪役令嬢そのものじゃないの」
ヒルデガルトの言葉に、侍女は「……お嬢様……」と力なく呟くばかりだ。子供の頃から世話係をしてくれている彼女も、現在に至るまで慰めの言葉を見つけられずにいる。
ヒルデガルトはハウスクネヒト伯爵家の末子として生まれ育ち、両親にも兄姉にも惜しみなく愛情を注がれてきた。おかげで性格の点では悪役の要素など欠片もない。ただ、容姿だけがどうにもこうにも、絵に描いたような「悪役」そのものなのだ。
「わかってるわ、わかっているのよ。でも、どうしても思ってしまうの。あともうちょっと、どうにかならないのかしら、って」
そう言いながら、ヒルデガルトはむりやり微笑を浮かべてみた。柔らかく優しげに微笑みたいのに、鏡の中の自分はどこか意地悪そうで、まるで裏で悪巧みでも企んでいるかのような笑みを浮かべているように見えてしまう。
そういえば以前、「高笑いが似合いそう」と幼い頃からの友人に言われたことがあった。その友人は歯に衣着せないタイプであるため、おそらく思ったままを口にしただけだろう。彼女とは今も変わらず親しくしているが、その率直すぎる性格は健在だ。きっと、この縦ロールな髪を見れば、ずばり「悪役令嬢」と指摘するに違いないと思われる。
そう、縦ロールである。豊かで艶やかな金髪で作られた、豪奢な縦巻きロール。それが今、鏡に映る自身のヘアスタイルだった。
ヒルデガルトはひどいクセ毛のため、丹念にブラッシングした上でコテを使って真っ直ぐに伸ばし、侍女がその技術を駆使してストレートに仕上げたとしても、せいぜい半日程度しか持たない。侍女や侍従の立ち入りが禁じられている学院内では手直しが不可能となるため、仕方なく普段は縦巻きロールに整えて対処しているのだ。洗い髪に櫛を通しただけで見事なほどの縦巻きになってしまう自身の髪質を逆手に取った、苦肉の策だった
ただし、このヘアスタイルが尚更、悪役令嬢感を強めている。
なにせ、小説や芝居でヒロインの敵となる悪役の女性は、最近は皆そろって縦ロールと相場が決まっているのだ。これは、数年前に市井でやたらと流行した歌劇の影響が大きい。主人公の男爵令嬢がイケメン王子と出会い、王子の婚約者である高位貴族の令嬢から被る数々の妨害に挫けることなく立ち向かい、ついには真実の愛によって王子と結ばれる、というストーリーだ。このときの悪役の女性が「悪役令嬢」と呼ばれるようになり、そのヘアスタイルが金髪縦ロールだったため、悪役令嬢の演者は縦巻きロール、というのが以降のデフォルトとなった。
というわけで、ヒルデガルトとしてはかなり不本意ではあったが、学生の間は甘んじるしかないと諦めている。だがそれでもやはり、毎朝鏡を見る度に溜息が出てしまうのだ。
そうこうするうちに時間切れとなり、登校のためにヒルデガルトは馬車に乗り込んだ。