第4話 狩った者の礼儀
『……そちらの方向に獲物がいる。周囲に他の魔物の気配はないから、少しだけここで待っていてくれ』
「う、うん。わかった!」
突然クロウから待ったが掛かって立ち止まる。
僕には何にもわからなかったけれど、どうやらこの先に何かがいるらしく、クロウと小声で話す。そのままクロウは森の奥に消えていく。
「………………」
さっきまではクロウがいてくれたから大丈夫だったけれど、森の中にひとり取り残されて途端に怖くなってしまった。今までにこんな広い森の中にひとりでいたことなんて一度もなかった。
『ソラ、戻ったぞ』
「うわっ、もう!?」
まだ5分も経っていないのに、クロウが戻ってきてくれた。そしてクロウの口によって大きな動物が引きずられている。
「……これはイノシシ?」
『こいつはワイルドボアという魔物だ。そういえばソラは魔物を見たことがないと言っていたな。味はそこそこだが、こいつは人族も食べることができるぞ』
クロウが狩ってきたのは大きなイノシシの魔物だった。すでに絶命しているらしく、近付いてみてみると確かに元の世界の動物園で見たイノシシとは少し違う形をしている。
「魔物と聖獣の違いはなんなの?」
『元々は同じ魔物だが、我のように永い時を生き、強大な魔力を得て共通語を理解するほどの知性を持つ魔物を人族は聖獣と呼ぶようだ。我らもほとんど知性を持たない魔物と一緒にされるのは心外であるから、その呼び方に習っている』
「なるほど」
僕には難しいけれど、魔物が進化すると聖獣になるみたいなものなのかな。
クロウが持ってきたワイルドボアを見てみる。首元を鋭い刃物で切り裂かれたみたいだ。さっきのクロウのお腹の傷が思い出される。
「……クロウのお腹の大きな怪我をしていたのは人族のせいなのかな?」
もしかしたら、聖獣であるクロウを狙った人族がクロウに酷いことをしたのかな……
『むっ、人族から受けた怪我ではないからソラが気にする必要はないぞ。先ほどの怪我は強大な魔物と戦闘をした時にできた傷だ。魔物の中には非常に強大な力を持つものも存在する。といっても、今回は我が油断をして不覚を取っただけだ! 正面から戦えば決して負けぬ!』
「そ、そうなんだ」
さっきまで冷静だったクロウがすごく悔しそうにしている。よっぽどその魔物に負けたのが悔しかったのかもしれない。
『ちょうどいいところに横穴があった。もうすぐ日も暮れることだし、今日はここまでにしよう』
「うん、わかった」
森の中にいると時間がわからなかったけれど、どうやらもうすぐ日が暮れるらしい。暗い森の中が危険なことは僕にもわかる。森から出ることはできなかったけれど、数時間は歩いたし、今日はここまでみたいだ。
「うわあ、すっごくおいしいよ!」
『ソラの口に合ったようでなによりだぞ』
クロウと一緒に洞窟のような場所へ入った。そんなに大きくはなかったけれど、僕と大きくなったクロウが入るには十分すぎるほどだ。
そのあとクロウは僕のために狩ってきたワイルドボアをその鋭い爪で切り分けてくれた。最初は生のままの肉を渡されてどうしようかなと思ったけれど、僕が困っていた様子を見て、人は焼いた肉を食べることを思い出してくれたみたいだ。
枯れ木を集めて火魔法をつかって火を起こし、枝に刺したお肉を焼く。クロウは雷魔法と火魔法のふたつを使えるらしい。クロウの口から火が出てきたときは本当にびっくりした。
最初は死んだイノシシさんを見て思うところはあったけれど、僕だって元の世界ではお肉や野菜を食べてたくさんの命をいただいてきた。クロウにそのことを話したら、だからこそ最後まで食べて毛皮や牙などを使ってあげるのが狩った者の礼儀だと言っていたし、僕もその通りだと思った。
しっかりといただきますをしてから食べたお肉は何の味もつけていなかったのに、本当においしかった。こんなに歩いたのは初めてのことでお腹が空いていたということもあるけれど、これは肉自体がすごくおいしいんだと思う。それに何の食事制限もなくこんなにお肉を食べられたのも初めてかもしれない。
「ご馳走さま。本当においしかったよ、クロウ!」
『それはよかった。本当はもっとうまい魔物も多く存在しているのだが、この辺りにはいなかったようだ』
「そうなんだ。でも、とってもおいしかったよ、ありがとう!」
クロウはそのまま生でワイルドボアのお肉を食べていた。
すごくワイルドな食べ方だったなあ。
『ワイルドボアの毛皮は乾燥させれば夜に敷くか上にかけることができるぞ。今日はまだ使えないから、木の葉を拾い集めておいたからこの上で寝るといい』
「……クロウ、何から何まで本当にありがとう。まったく手伝えなくて本当にごめんね」
結局クロウは僕の飲み物や食料に寝床までぜんぶ用意をしてくれた。それに引き換え、僕は何も手伝うことができなかった。
この世界にやってきて、せっかく人並みに身体を動かすことができるようになったのに、何もできない自分がとても悲しい。