第34話 不思議な温泉
「気持ちが良いね!」
『うむ。たった1日この温泉に入らなかっただけで、だいぶ違うものであるな!』
「クロウ様はずっと走っていたからだいぶ疲れていたのでしょう」
「村長も歳なのにすごかったぞ」
早速万能温泉を出して、クロウやみんなと一緒に温泉へ浸かっている。
昨日入らなかっただけで、思っていたよりも疲れが溜まっていたみたいだ。それにべたべたとした土埃なんかも一気に落ちていった。やっぱり温泉は本当に気持ちが良い。
「それにしても村の周囲の壁がここまでできているとは驚いたぜ」
「本当ならみんなが戻ってくるころまでには完成しているはずだったのだがな。まさか歩いて片道何日もかかる街までの距離をたったの3日で戻ってくるとは思っていなかったわい」
アリオさんの言う通り、丸太で作っている村の周囲の壁はすでにかなり出来上がっていた。この分なら残りもすぐに完成しそうだ。
やっぱり普通に歩いていたら、街までの往復でもっと時間がかかったんだろうなあ。
「クロウとシロガネがとっても速かったんだよね! 本当にすごかったよ!」
『ふっ、我らにかかればこれくらいの速さは当然だ』
小さくなって温泉に浸かっているクロウはとても誇らしそうにしている。
「それにしても、まさかエルフの者を一緒に連れてくるとは思わなかった。獣人はこの村にも来たことはあるが、エルフ族は初めてだな」
グラルドさんもエルフという種族の人と会うのは初めて見たいだ。やっぱり珍しい種族なんだなあ。
「セリシア殿は今のところは優しく真面目そうな女性に見えたのう。あれだけ美しい女性であるのに儂よりも遥かに高齢なのじゃから驚くわい」
『我も特に悪意があるようには感じられなかったぞ。エルフ族の者は自身の種族に誇りを持っており、長命であるがゆえに高潔な種族であるらしいからな。秘密を守ると約束した以上、他の者に話すことはないと思うが、少しだけ様子を見るとしよう』
今セリシアさんには村の外で待ってもらっていて、シロガネが一緒にいてくれている。しばらくの間は基本的にクロウかシロガネが交代で僕とセリシアさんと一緒に行動するみたいだ。
セリシアさんにもこの温泉のことは話すけれど、僕が出し入れできることだけは村のみんなだけの秘密にする。セリシアさんにだけ教えないのは嫌だけれど、みんなが僕を守ろうとしてくれていることがとてもよくわかる。
早くセリシアさんも村の一員になれればいいなあ。
「ク、クロウ師匠! あ、あの温泉はなんなのですか!?」
僕たちが温泉を出て、クロウとアリオさんと一緒に晩ご飯を作る手伝いをしていたら、セリシアさんがすごく慌てた様子でこちらに走ってくる。
とても慌ててこっちに来たみたいで、さっきまでの服とは違って薄着で急いで着てきた感じだ。
「先ほどまでの疲れが一瞬でとれました! 擦り傷なんかも消えていって、ほとんど消費していた魔力まで回復しましたよ! 長年いろいろな場所を旅してきた私ですが、あのようなものは初めて見ました!」
よっぽど衝撃を受けたのか、ものすごい勢いでクロウに詰め寄ってくるセリシアさん。その後ろからは空を飛ぶシロガネもやってきた。
『驚く気持ちはわかるけれど、ちょっとは落ち着きなさい。あの温泉は私たちにもわからないのよ。この村に突然湧き出たらしく、とても不思議な力があるの』
『うむ、あの温泉とやらがあるからこそ、我らはこの村で世話になっているのだ』
セリシアさんにはそういう設定で話を伝えている。
「し、失礼しました! 何度か温泉の湯につかったことはありますが、あのような不思議な温泉を見るのは初めてだったので、つい……。そもそも温泉というものは火を噴く山にしかないものでは?」
「俺たちにもわからねえよ。ある日突然あの場所からお湯が出てきたんだ」
アリオさんがそう説明してくれる。
「そ、そうなのですね……。その場にいるだけで回復力が早まるような魔力の濃い場所へは行ったことがあるのですが、あの温泉からは魔力がまったく感じられませんでした。本当に不思議です……」
そういえばセリシアさんは魔力の大きさでクロウとシロガネが聖獣であることがわかったんだっけ。魔力ってどう見えるのかな?
『くれぐれも他の者には秘密であるぞ。この村に人が必要以上に集まるのは我らが望まぬことだ』
『ええ。その場合はくれぐれも覚悟をしてちょうだいね』
「はい、もちろんでございます! 命を懸けて誓います!」
セリシアさんは改まって、クロウとシロガネの前に片膝を突いて畏まり、2人へ向かって頭を下げた。
約束を破らないのはすごく立派なことだと思うけれど、さすがに命までは懸けなくてもいいんじゃないかな……?




