第3話 異世界の歩き方
「えっと……ごめん、どうしたらいいのか何もわからないんだ」
たとえここが元の世界だったとしても、ここからどうすればいいのかわからない。僕にはこれまでに自分で何かをしてきたかという経験がほとんどない。
『気にすることはない、突然別の世界に来たと言われたら、誰でも普通は困るものだ。持ち物を何も持っていないようだな。服など人族が必要な物を手に入れるためにはお金も必要だ。水や食料や金に換えられそうな物などを探しつつ、森を出て人里を目指すというのはどうだろう?』
「う、うん!」
すごい、僕のこともすごく考えてくれている。
『よし、それでは行くとしよう。我の背に乗ってみるか?』
「……ううん。ありがとう、クロウ。僕は少しだけ自分の足で歩いてみたいんだ」
『そうか、それは偉いな。ただ、疲れた場合は遠慮なく言ってくれ。友の力になりたいと思うのは当然のことだ。いくらでも頼ってくれ』
「うん! それにクロウはとっても格好いいから、あとで少しだけ乗せてほしいなあ」
『うむ、任せるがいい!』
『……なるほど。ソラはこれまで病であまり動けなかったのだな』
「うん。だけどお父さんとお母さんはそんな僕にとっても優しかったんだ。いつもいろんな場所の写真を撮ってきてくれたり、いっぱいのお菓子を買ったりしてくれるたんだよ」
『そうか、良い父君と母君だったのだな』
森の中をクロウと一緒に歩きながら、僕のこれまでのことを話した。クロウは隣で僕の話を全部聞いてくれている。
この身体はとても健康みたいで、これだけ歩いても全然胸が苦しくなるようなことはなかった。
「そういえばクロウはさっきの怪我はもう大丈夫なの? すっごく痛そうだったけれど……」
『ああ、ソラの温泉という湯のおかげでもうすっかり良くなったぞ! あれは本当にすごい力であった。それに傷を癒すだけでなく、湯に浸かるととても気持ちが良かったな』
「こっちの世界に温泉はないのかな? 僕の世界だと、温泉はいろんな場所の地面から湧いて出てきて、みんなで気持ち良く入る場所なんだ。それに怪我や病気の療養なんかにも効果があるんだよ。でも温泉を出したり消したり、こんなにすぐに怪我が治るなんてことはなかったけれどね」
『ふむ、少なくとも温泉というものを我は聞いたことがないな。迷い人は特別な能力を授かると聞いていたから、これがソラの力なのだろう。……ただ、この癒しの力は強力過ぎる。あれほどの我の傷を一瞬で治療するなど、高位の魔法使いであっても不可能であるぞ』
「魔法!? この世界には魔法なんてあるの!」
『う、うむ。すべての者が使えるわけではないが、人族の中でも多少は使える者がいると思うぞ』
「そうなんだ!」
僕が一気にクロウに詰め寄ったからびっくりしている。
魔法なんて物語の中にしか出てこない空想上のものだと思っていた。だけどこの世界にはそんなものがあるんだ。そういえばさっきは夢の中だと思っていたけれど、あの万能温泉というスキルだって一瞬で出したり消したりして魔法みたいだった。
練習したら、僕も別の魔法が使えるようになるのかなあ。
『むっ、ちょうどいい。ソラ、あそこの木の上の方が見えるか?』
「うん。何か実がなっているね」
クロウが右前脚で差した先には一本の木があって、その木の上には赤い果実が実っていた。
『そのまま上の方を見ていてくれ。……はっ!』
「うわあ~すっごい!!」
クロウが前足を振ると、そこから黄色い閃光が発生して、ものすごいスピードでその木の実の少し上に衝突した。その反動で赤い果実が複数落下してきて、クロウがそれを地面に落ちる前に背中でキャッチした。
『我の得意な雷魔法だ』
「すごい、雷魔法! とっても格好いいね!」
『ふむ、ソラに褒められると悪い気はしないな。こっちの赤い実はルナプラムといって、甘くておいしいから食べてみるといい』
「ありがとう、クロウ! うん、とってもおいしいよ!」
クロウが背中でキャッチした赤い実はルナプラムというらしく、ひとつ食べてみると少し酸味がありつつも、とても甘くておいしい果実だった。
もしかすると、温泉へ入ったあとにたくさん歩いたあとだからかもしれないけれど、元の世界の病院でたくさん食べた果物よりもおいしくてびっくりした。
『こちらの実は中に少し甘いミルクが入っている。穴をあけて中身を飲んだ後は川で汲んだ水を入れておけるぞ。そっちの植物の葉はとても大きくて丈夫だから、余ったルナプラムを入れておける』
「クロウってすごく物知りなんだね!」
森の中を歩きながら、いろんな果実や植物なんかを確保していくクロウ。
僕ひとりじゃ何もできなくて、すぐに水と食料がなくなって飢え死にしていただろうなあ。
『我は長い間いろんな場所を旅してきたからな。生きるための術を多く学んできたものだ。……むっ。ソラ、そこで少し止まってくれ』
「えっ!?」