第2話 聖獣との出会い
『ふむ、驚かせてしまったようであるな。魔物ではなく、我のような言語を理解する聖獣は初めてであろう』
えっと聖獣どころか魔物という言葉も初めて聞いたんだけれど、動物とは違うのかな……?
というよりも、言葉をしゃべるワンちゃんは地球上に存在するのだろうか。僕が世間知らずなだけなのかもしれない。
「あの、はじめまして篠塚蒼空、8歳です」
黒狼王と言っていたから、ワンちゃんではなく狼さんだった。すごく大きくて強そうだけれど、いきなりあの大きな口で食べられちゃうわけじゃないみたいだ。
『ソラか……あまり聞かない名であるな。こちらこそ初めましてである。ソラは我の命の恩人だ。あの傷は我自身では治すことができなかった。傷を癒してくれて感謝する』
「いえ、僕は何もしていなくて、この温泉のおかげです。えっと、ここは日本なのかな?」
『こことは国のことであるか? ここはルーゼル王国だ。細かな場所までは知らぬがな』
「あの、地球とかアメリカとかって聞いたことはあります?」
『……いや、これまで長く生きてきた我でも聞いたことがない国の名であるな』
やっぱりここは地球じゃないのかな。もしかすると別の星か、死んだ後にくる世界なのかもしれない。
『それにしても、なぜソラ殿はこんな森の真ん中にいるのだ? とても狩りや森の恵みを拾いに来たようには見えぬが?』
「えっと、病院にいたはずなのに、気付いたらこの森にいました。あっ、こんな格好でごめんなさい」
そういえば僕は今裸で温泉に入っている。確かにこんな森の中で温泉に入っていたら、何をしているのかと思われるのも当然だ。
『ソラ殿は我の命の恩人である。そんなことを気にする必要はないし、敬語なども不要であるぞ。ふむ……気付くとこの森の中にいたということか。そしてこの傷を癒す不思議な温泉という湯は我も初めて見た。これはソラ殿の能力なのだろうか?』
「う、うん。僕にもよくわからないけれど、万能温泉っていうスキルらしいんだ。うんしょっと」
一度温泉から外に出る。そして頭の中でこの温泉が消えるように念じると、温泉が突然消えて元の草むらに戻った。感覚でわかっていたけれど、この万能温泉は僕の思った場所に出せるみたいだ。
『ほう、これは驚いた! スキルと言っていたが、ソラ殿は迷い人であったか!』
「迷い人?」
『うむ。我も初めて会ったが、別の世界からこの世界へとやってきた者の総称である。聞いた話によると、こことは異なる世界で命を落とした者がこの世界へ転生することがあるそうだ。そしてその者は魔法とは異なる特別なスキルという能力を授かるらしい』
「命を落とした……」
やっぱり僕は死んでしまったらしい。それに異なる世界ということは地球ですらないみたいだ。もうお父さんとお母さんに会うことはできないのか……
覚悟はしていたけれど、それでも最後にお父さんとお母さんにありがとうって伝えたかったなあ。
『まだ若くして命を落としたことはとても気の毒であった。だが、ソラ殿のおかげで我の命は助かったし、これは運命であろう。もしもソラ殿にこれから行くアテがないようであれば、我も行動を共にしても良いだろうか?』
「えっ、いいの?」
『もちろんである。先ほどは不覚を取ってしまったが、我はそこそこ強いぞ。ぜひソラ殿の身の回りの世話をさせてほしい』
「黒狼王さんがもしよろしければお願いします。僕もこれからどうしたらいいのか全然わからなくて……」
いきなり別の世界に来たと言われても、どうしたらいいのかまったくわからない。
この万能温泉というスキルも意味がわからないし、こんな森の中にひとりで生きていける気がしない。なぜか身体が健康になっているのはとても嬉しいけれど。
『うむ、任せてもらおう! まずは我の呼び名を決めてもらえないだろうか? これは主従の契約のようなものである。我の主として、ソラ殿に好きな呼び名で呼んでほしい』
「主従……」
主従ってやっぱり主人とかの意味だよね。
「……あの、主従じゃなくて友達とかじゃ駄目かな?」
僕は主なんてそんな大層なものにはなれない。
それに僕はこれまでに友達らしい友達というものができたことはなかった。生まれた時から身体が弱くて、保育園や学校に通っている時間よりも病院に通っている時間の方が長かったからね。
僕を心配してくれる同級生はいっぱいいてくれたし、病院のお医者さんや看護師さんも僕のことを友達と言ってくれたけれど、それは本当の意味での友達ではなかったと思う。
『……ソラ殿は変わっているのだな。聖獣である我と主従契約を結びたい者は山ほどいるのだが。いや、そんなソラ殿だからこそ、なんの邪念もなく我の怪我を治そうとしてくれたのであるな。ソラ殿がそれを望むのであれば、もちろんである。ソラ殿、我の友になってはくれぬか?』
「うん!」
『それではわが友、ソラ。我を好きなように呼んでほしい。なに、それほど深く考える必要はない。友のあだ名を考えるような感覚で頼む』
「………………」
どちらにしろ黒狼王さんの呼び名は付けないと駄目らしい。友達のあだ名なんて今までに一度も付けたことがないけれど、大丈夫かなあ……
黒いからクロ、黒狼王だからコクオウ……う~ん、大きくなった状態だと可愛いよりも格好いいほうがよさそうだ。
「それじゃあ、クロウはどうかな?」
『ほう、クロウか。良き名であるな! うむ、今後我はクロウと名乗ろう。これからよろしく頼むぞ、ソラ!』
「うん! よろしくね、クロウ!」
『うむ。さて、まずはここから移動しよう』
「そうだね。あっ!?」
そういえば今僕は裸のままだった。温泉の外に出てもそれほど寒くないから全然気づかなかった。恥ずかしい……
『ソラ、これからどうしたいか希望はあるか?』