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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

たかが翳み目とタカをくくった結果、眼球に注射を7回打つ羽目になった話。

作者: 大高 紺


お目に止めて下さいまして、ありがとうございます。


文中、医師から諸々の説明を受ける場面がございますが、全て大高の記憶を頼りに書き起こしたものです。実際に受けた説明とは違うものであることを、予めお断り致します。そして、症状や治療の経過などは、個々の患者により異なってくるものと思います。飽くまでも大高の場合はこうだった、ということでお目通し頂けましたら幸いです。


 

 さてもお立合い。


 あなたさまは、文字の読みすぎ書きすぎで、目が疲れてはいませんか?


 ついうっかり画面を開いたが運の尽きで、気付いたら数時間経っちゃってたとか、細かい字を追い過ぎて目が腫れぼったいとか、そんな状況になった事はありませんか?


 何だか画面上の文字にピントが合わせづらいな、目が翳むな、右目(或いは左目。とにかくどっちかの目)がより見えづらいな、疲れてんのかな、だんだん見えづらいのが進行してるけども花粉(もしくは黄砂、ハウスダスト等)の影響かな、とりあえずそれっぽい目薬でも差しとこっかな、なんて事にはなっていませんか?

 

 もし、何かしら当て嵌まる自覚症状がおありでしたら。

 それも、どっちかの目がより見づらいという場合。


 悪いことは言いません。早いとこ眼科に行きましょう。

 

 結果、単なる疲れ目・翳み目だったよ、大袈裟にしちゃったよ、てなオチだったら。

 良かったじゃないですか、ひと安心ですよ。ふさわしい目薬を処方して貰えますから、せっせと差しましょう。楽になります。


 また、視力検査で解決する場合もありましょう。近視も乱視も老眼も、いつの間にか進行してたりしますからね。快適な度数に矯正したら、それで一件落着です。


 ですが、そう言う事ではなかった場合が問題でして。


 たかが翳み目、されど翳み目。


 うっかり放置しますとね、本当に最悪の場合ではありますけれど―――私のように、失明する可能性がある、と宣告されないとも限らないのです……


 *


 これは、わたくし大高紺が、目の異常に気が付きつつもタカをくくって放置した結果、カラダと(フトコロ)の両面から容赦ない往復ビンタを食らう羽目に陥った記録です。


 どなたか様の何かのお役にたちましたなら幸甚至極に存じます。


 *


 私が最初に左目の調子がちょっと変かも知れない、と思ったのは、2022年5月の事でした。


 時はまさに社畜真っ盛り時代。ストレスを紛らわす為、暇さえあれば携帯片手に異世界モノを乱読しておりまして。


 ある日、左手に持った携帯に視線を固定したまま、右手のコーヒーを飲もうとした時です。

 

 たまたま右目の視界がほぼほぼマグカップで遮られまして、そこで初めて、左目がちゃんと見えていない事に気付きました。


 視野の下部が白っぽく翳んでいて、見えない文字がある。

 

 私はもともと視力が良くないうえに結構なガチャ目でして、眼鏡なしには生活できない身の上なのですが、それにしてもこの状態は変でした。焦点が合わなくて読めない、んじゃなくて、本当に見えないんです。歯抜けと言いますか、普通に見える部分と、翳みが掛かって全く見えない部分がある。


 何だこれ? とは思ったのですが、この頃は慢性的に疲れてましたし、常に寝不足気味だしで、こりゃ目を使い過ぎたんだな、もう寝よう、と、この時はそれで片付けました。まあ一晩ぐっすり寝りゃ治るだろうと、それこそ高を括りまして。


 それが翌朝になっても一向に治ってなかったので、何となくイヤーな気分になりました。見えなさ加減がどうにも気持ち悪いんです。全体が翳んでるならともかくも、部分的に何か所も不明瞭って厭だなあ、と。


 ……どうしよう眼医者に行こうかな。でも疲れ目なだけかも知れないしなあ。そもそも左目は子供の頃から視力が低いんだし。いやでもなー、なんっか気持ち悪いんだよなあ、この見えなさ。でも、真っ暗に視野が欠けてる訳でもないしなー。見づらいだけっちゃ、そうなんだよなー。


 右目を塞いだり左目を塞いだりしながらひとしきり考えたんですけど、間の悪いことに、気付いたのが公休日の夜だったんで、ここからまたみっちりシフトが入ってたんですね。


 早朝出勤なのに終業時間が未定という生活だったもので、退勤後に眼科に行くという選択肢が取りづらい状況でした。行けそうな眼科を探すのも、通院の為に仕事の段取りを変更するのも面倒で、まあ暫くは様子を見ようと決めちゃったんですが。


 ――――――後から考えたら、ここが重大な岐路でした。


 この時、面倒がらずに眼科に行くべきだったんです。翳み目くらい市販の目薬で何とかならあ、などという横着をせずに、その目薬を貰いに眼科に行ってさえおけば、恐らくですがこの後さほどの痛い目には逢わずに済んだらしいんですよ、本当に後の祭りなんですけど。


 結局、私が半ば冷や汗をかきながら近所の眼科医に駆け込んだのは、この半月以上は後の事でした。


 この頃には、白く煙って見えない部分は視野の下半分よりちょっと上、くらいまで進行しており、明らかに右と左で視界の明度が違っていました。両目で見ている分には然したる支障は無いんですが、右目を覆ってしまうと、左目で見る景色は全体的に薄暗く、部分的に翳みが掛かってちゃんと見えない。何と言いますか、ランダムなドット柄のレースカーテン越しに見ているみたいなんです。そのうえ何やら全体的にぐにゃぐにゃしてる。物の輪郭が真っ直ぐじゃない。


 そんな状態で診察を受けたんですが、まあ診断が下るまでが早かったったらなかったですね。


 ―――ハイここに顎を乗っけてー。拝見しますよー。……ああこりゃ結構酷いな。うん、貴女ね、眼底出血してる。かなり広範囲だし、もう浮腫が出ちゃってるから、うちじゃ手に負えない。紹介状をあげるから、速攻で大病院に行きなさい。


 ハ? って言ってる間に紹介先を3つ挙げられて、何処がいい? と訊かれたんだけれども、これが全て中途半端に遠い。何処もめんどいやんけ! と思いつつ、職場からも自宅からも一番通いやすそうだから、S医大病院にしまーす、までは良かったんですが、この時点でその決めた病院の初診受付時間をとっくに過ぎてまして、この日はもう診て貰えない。仕方ないんで、じゃーなるはやで予約取って行きますね、って言ったら、先生も看護師さんも脅かすんですよ。そんな猶予は無いって。


 ―――あそこ、初診の予約は取れないから。2ヵ月以上先とか平気で言うから。でも貴女にはそんな時間的猶予は無いから、必ず次の休みに朝イチで駆け込みなさい。朝イチだからね? とにかく受け付け開始と同時に紹介状を出しなさい。絶対に次の休みに行くんですよ? 良いですね??


 そんなゲリラな行き方ってあるんかーい、しかも随分と脅すやないかーい、と思いながら帰宅しまして。で、その夜、連れ合いに、斯く斯く云々でS医大病院に行くことになりました、と説明しましたところ、あーあそこねぇ、眼科に定評あるけどすんっっげえ待つから暇つぶしいっぱい持って行きな、とか真顔で言う。


 ―――俺も昔あそこで処置して貰ったことあるけど、とにかくいつ行っても混んでる。朝10時の予約患者を今診てますとか昼過ぎにアナウンスするの。覚悟して行きな?


 何じゃそりゃあ! と思いましたが、流石に明らかに異常があると宣告されたものを放置する程の蛮勇の持ち合わせはありません。そして、たまたま私の次の公休は平日、しかも珍しくも連休が取れていたので、こりゃもう覚悟を決めて行くしかないと思いまして、公休初日の月曜に、大容量のモバイルバッテリーに加え文庫本も携えて、行きましたよ、その無茶苦茶に待たされる病院に。


 調べてみたら、朝8時に総合受付が開くというので、まずはそこで診察券を発行して貰いまして、眼科へ続くシャッターが開くや否やで紹介状を出しましたところ。


 ―――本日、大変に混み合っております。予約の患者様が優先となりますので、紹介状をお持ちの方でも医師が緊急性が高いと判断しない限りは最低でも3~4時間以上お待ちいただく可能性がありますが、宜しいでしょうか。


 ―――(ああ初診以降は予約できるんですね、そりゃそうだ)はい大丈夫です覚悟してきました。


 ―――そうですか、ではまず視力検査などございますので、お掛けになってお待ち下さい。飲食などで席を外される際は私共にお声掛け下さいね。万が一、ご気分が悪くなられた時は、看護師にお声掛け下さい。


 うわあ聞きしに勝る、とか思いつつ振り返ったら、既に割と広い待合室に並ぶ椅子がほぼほぼ塞がっちゃってまして、成程これが全て予約患者ならえらいこっちゃ待たされるわな、―――あ、あそこ空いた。座っちゃえ、と、腰を据えて、持ってきた文庫本を広げまして。


 と、大して待ちもせず視力検査に呼ばれまして、眼圧だの視力だの計った後で瞳孔開ける目薬を差され、瞳孔開いたら写真撮りますからね、ああハイハイ、うわー何だろうこの機械すげえ、みたいな感じで何枚も撮って貰って、やれやれ、と待合室に戻って本を広げた、そこから幾ばくも経ってないというのにです。


 ―――大高さーん、大高紺さーん、〇番診察室へどうぞ。


 ――――――早くね??? と思いましたが、呼ばれたんで行きました。


 で、ひととおりの問診を受け、耳鳴りがしてくるくらい強い光を眼球に浴びせられつつ診て貰いました結果が、えぐかった。


 モニター上に並ぶ患部写真を見せてくれつつ受けた説明が、だいたいですけど、こんな感じだったと思います。


 ―――貴女の左目は、網膜中心静脈閉塞症と言って、眼球内部の血管が詰まる病気です。既に詰まった血管が破れており、そこからの出血が広範囲に散っている影響で見えづらい部分も広いんですが、散った血液そのものはいずれ自然に吸収されますので、出血が原因の翳みに関しては、時間の経過と共に改善されます。……が、本来は凹んでいるべき黄斑部に大きく浮腫が出ていて、それが歪んで見える原因なんですが、こちらは自然に治るものではありません。これ以上の悪化を防ぎ、元に近い状態まで戻すためには手術が必要です。手術と言っても局所麻酔して患部に薬を注射するだけなので、ものの数分で終わりますし、使用する薬も昔は高額だったんですが、今は保険適応になってまして、大高さんの場合は3割負担で済みますので安心してください。まあそれでも1回5万近くしますけど。


 ―――1回5万?! そして患部に注射って仰いましたが……それはまさか……


 ―――ええ、眼球に直接打ちます。


 先生はあっさり宣いましたが、もうこの時点で私は泡を吹きそうでした。ががが眼球にチョクで注射って、それはいったい何のバチ。そこへ更なる追い打ちが掛けられまして、


 ―――初期治療として1か月に1回、3か月連続で合計3回の注射をしますが、初回はとにかく早くしないといけません。今週末の入院は可能ですか? 


 ―――1回5万を3回連続……え、いま入院って仰いました?

 

 ―――ええ、1泊2日ですが、入院して頂きます。因みに今ですと、今週土曜に入院、その日のうちに処置して、翌日曜日の退院が可能です。その前に入院前検査とPCR検査の為に来て頂く事になりますが。


 ―――いやあの、私、土日休みの仕事じゃなくてですね。シフトの調整もしないといけないので、上司に相談しないと、今この場では何ともお返事が出来かねるんですが。


 ―――なるほど。今日はお休みなんですよね。職場はお近くですか?


 ―――いや、ここからだと1時間ちょっとくらいですかね。


 ―――そうですか。僕、明日も同じこの時間帯を貴女の為に空けますので、今日中に相談して決めてきて下さい。


 ―――は?? え、今日中? そんな急ぐ話なんですか?


 ―――ええ。明日だともしかしたら今週末の入院枠は塞がってるかもしれないですけど、とにかく最初の処置は可能な限り早くしないと、予後を大きく左右するので。


 この時点で、私の頭はぐるぐるでした。パワーワードが多すぎる。眼球に注射。1回5万。プラスで入院費を3回分。しかも術前検査とPCR検査もあって、毎月入院しなきゃならなくて、最初はもう今週って、ええええ、シフトにそんな穴を開けられるか? ムリじゃね??


 で、訊いてみたんですね。処置を先延ばしにするとどうなるんですか? って。


 そうしたら、何言ってんの? みたいな顔を一瞬したあとで、先生は厳かに仰いました。最悪、失明します、と。


 ―――し、失明。


 ―――その可能性もありますよ、という話ですが。とにかく放置は絶対に駄目です。何故、最初の注射を急ぐかと言うと、浮腫が進むにつれて視力そのものが低下していくからです。更に言うと、完治する類の病気でもありません。手術をしても元通りに見えるようにならないから、如何に早い段階で進行を止められるかが重要なんです。


 なるほど治らない。てことは残りの人生ずっとこういう見え方なんだ。そらー不便だしこれ以上見えなくなるのは確かに問題だわな、なんて何処か他人事みたいに聞いてたんですが、先生の話には、まだ続きがありました。


 ―――そして、患者さんにもよりますが、黄斑浮腫は、投薬で一度おさまったとしても再発する可能性が高いです。再発、再治療を繰り返しながら、2~3年ほど掛けて寛解まで持って行ければ良しと思っていて下さい。


 ―――……今とても怖い事を仰いませんでした? 再発を繰り返すんですかコレ? そして、再治療って、それはもしやその度に目に注射を。


 ―――そうです。まず最初に3か月連続して打って、その経過を診ます。たまにこの3回だけで抑え込める患者さんも居なくもないですが、大体の患者さんは、以降も投与が必要です。まめに経過観察して、次の投与は1か月先なのか、2か月先に延ばせそうなのか、状態に応じて徐々に注射の間隔を空けて行って、投与無しで半年以上浮腫が出ないことが確認できた時点で、一応の寛解と見做します。ここで、一応の、と断る理由は、寛解後でも患者さんによってはまた再発するからです。ま、それはまだまだ先の話ですから、とにかく今は明日までに初回の入院日を決めてきて下さい。


 で、これが現在の直近で入院可能な日です、とずらずら教えてくれたのは良いんだけれども、ちょっと待て、待ってくれ、まだ話が全部は飲み込めない、と言いたい気持ちがこっちにはあれども、先生はこの後も物凄く患者が詰まっている訳で、じゃまた明日この時間にね、であっさり話を切られてしまい。


 診察室を出た、その時点でまだ10時にもなってませんでした。


 最低でも3~4時間は待ちますよ、どころじゃない。持って行った文庫本も、ほとんど読めてないんです。検査だ写真だと忙しなくて、最も長かった待ち時間が散瞳薬が効いて瞳孔が開くまでだったんじゃないかと言うくらい。つまり私は緊急性が高い患者だったってことですね、こりゃ参った。……マジか勘弁してくれよ……。


 思考が空転しまくりながらも最寄り駅にとぼとぼ向かいまして、道すがら上司に電話しましたね。すみません目がダメになりそうで、早急に手術しなきゃならないそうなんで連休下さいって。今回は入院と療養日含めて3日間なんで、ご迷惑お掛けしますがお願いしますって。


 今回は、と言うのは、数年前に婦人科系の持病が悪化して手術をせねばならなくなり、入院10日・自宅療養3週間という長丁場の休みを貰った事があるからで、それに比べれば今回は短いものですが、ただし先が見えないんですね。かっ捌いて取って終わりだった婦人科系とは訳が違って、いったい何回入院しなきゃいけないのかが現時点では医者にも判らない。手術(眼球注射)はどう考えたって痛そうで怖いし、再発ほぼ確定宣言も怖いし、じゃぶじゃぶお金が出て行く予感しかしないし、もう全部ヤダ。


 ――――――というようなことを暗ーい声で説明しましたところ、上司も突発休を快く認めてくれたので(認めざるを得なかったとも言いますね)、翌朝またこの大学病院に行きまして。


 案の定、週末の枠は既に塞がっていたのですが、その時点での一番早い枠は取れましたので、その足で入院前説明を受け、血液検査だの患部の詳細な撮影だのの術前検査を全部済ませ、後は直前のPCR検査だけ、という処まで持って行ってから、まだ何も知らない同僚たちに事情を説明し、仕事の振り分けをお願いする為に職場へ向かいました。手土産持って。


 いやぁもう皆さん優しかったですねえ。誰もイヤな顔ひとつせず、負担を請け負ってくれました。まあ全員もれなく『目に注射』という言葉にドン引きしましたが、蒼褪める・或いは半笑いを浮かべるなどしつつも口々に労わってくれまして、本当に本当に申し訳なくも有難かった。今でも感謝しております。


 で、ですよ。

 どんなに怯え、受けたくないと、延期にならないかなーなどと戯けたことを願っていても、時間は止まってくれないし、目だってもちろん見えてないまんまな訳で。


 手術当日の私は、完全に注射ハイの状態でした。起きた時からハイテンション。完全に浮足立っちゃってて、入院手続き後、病室に血圧を計りに来てくれた看護師さんに『すんごい緊張してますね』と笑われちゃうような数値を叩き出すくらい、ヤられていました。


 私の順番は午後だったんで、びくびくしつつも昼食をつつき、今日は手術が立て込んでるんですよー多分もうすぐですーとか言われているうちに、遂に呼ばれまして手術室まで車椅子でGO。


 着いたら看護師さんが交代しまして、改めて名前と手術内容の確認をし、キャップ被せて貰って、心拍と血圧と血中酸素濃度を計る機器を付けて貰って、寒くないですかーとか労わって貰って、さあ、いざ行くぞ、目に注射 (パニック)


 ――――――結論から申し上げますと、注射そのものは全く痛くなかったです。麻酔が点眼薬だけってどう言うこと?! とか、目にシール貼りますって何?! とか、うわ瞼を固定されるってこういう事なのか?! とか、ヤメテ眩しい脳が焼ける!! みたいな肝の冷える通過点は幾つもありましたが、肝心の注射自体は『ちょっと触りますからね、押されてるの感じます?』などという台詞と共にボンヤリ圧を感じる程度、所要時間も1分掛からずに終わりまして、いつ来るかいつ来るかと拳を握り締めていた私は完全に肩透かしを食らいました。


 そして、手術が局所麻酔であるとの宣告以降、延々恐れ慄いていた『迫り来る注射針が見えるんじゃ?!』問題は、右目は布で覆われて視界ゼロ、患部の左目は散瞳薬で瞳孔が開いている処に手術用の大光量ライトの直撃を受けるが為に周囲の全てが雲散霧消、結果なにひとつ判らないという、実に有難い解決をみました。いやーもうこれが何より怖かったんで、ほんと、なーーーーんにも見えなくて心の底から安堵しました。(但し、2回目以降は、眼球の中で薬液が広がるのが視認できるようになりました。感触は無いのが救いです)


 さて薬液の注入さえ終わってしまえば、後処置なんてあっと言う間です。『頑張りましたねー』と労わられつつ眼球に軟膏を塗られ、巨大な眼帯で蓋をし、機器類を外したら、それでもうお終い。また車椅子で病室に帰って、あとする事と言ったら、ぐったり横になって心身を休めるのと、―――いつ麻酔が切れて痛みが襲い来るのかを心配するくらいで。


 この術後の痛み問題が、結構、悩ましかったです、大高は。


 初回は、でっかい砂がずっと居やがる、みたいな鈍痛と疼痛と不快感が一晩中続きました。あと涙ですね。ぼろぼろ出て来るんですが眼帯で塞がれてるために拭えなくて、不快感もいや増し。ゴロゴロ感も凄かったですが、追加で鎮痛剤を貰うほどでも無く、夜明けくらいからだいぶマシになりまして、ま、小さいとはいえ目玉に穴が開いたんだから仕方ないやね、で終わったんですが。


 翌月の2回目はマジ辛かったですね……。手術中から何か厭な予感はしていたのですが、麻酔が切れるや、もう痛いのなんの。私は割と痛みには強い方だと自負しているのですが、何とも言えない気持ちの悪い痛みが左目から頭の中まで突き抜けて来る感じで、辛抱堪らず鎮痛剤を貰ったものの、どういう訳だか効きゃしねえ。痛くて痛くて一晩じゅう転げまわってました。


 その次の3回目の時は、何やら大変おっとりした先生でして(毎回、執刀医が違うんです)この時はびっくりするほど後が楽でした。午前10時の手術だったんですが、全く何にも不快感が無くて、昼をとっくに過ぎた辺りで、あれっそういえばもう麻酔は切れてる筈だよね? みたいな感じだったので、毎回この先生が良いと心の底から思いました。執刀医の指名が出来れば良いのにねえ。


 とまあこんな感じで初期治療は恙なく終わりまして、その都度、定期的に外来に行っちゃー主治医による検診を受けていた訳ですが、実の処2回目の投与の後で、大高は既にひとつ有難くない宣告を頂いていたのでした。


 後遺症の確定です。


 網膜って、浮腫には薬が効くのですが、傷がついてしまった場合の再生は難しい。で、大高の網膜は、中心部分で何箇所か細胞が途切れちゃってるんだそうで。


 状態を眼底写真で確認させて貰ったのですが、なるほど、確かに途切れとしか言いようが無い感じで、規則正しく煉瓦の如く並んでいるべき細胞が、ぷつぷつと歯抜けになっている。


 ――――――ははあ、つまりは液晶のドット抜けだな、と思いました。で、もう既になっちゃっているものは仕方ないので受け入れたんですが、コレ、もうちょっと早く眼科に行っていれば、少しはマシな状態に留められたかも知れないらしくてですね、いやもう臍を噛むとはこの事かと。


 気付いた翌日に眼科に駆け込んでいれば、眼底出血もここまで酷くなってはおらず、黄斑浮腫も食い止められ(出血が続くから引き起こされるらしいです)、単純に破れた血管をレーザーで焼くだけで済んだ(コレだって厭ですけど注射よりはナンボかマシ)かも知れなかったと聞かされまして、あの時の社畜丸出し思考だった自分を殴ってやりたい! だって、あと何年生きられるのか知りませんけど、残りの人生ずーっと左目はぐにゃぐにゃのドット抜けのカーテン越しな訳ですよ。両目で見ている分には不具合は脳内で補完され、結果的に日常生活に於ける支障はさほど無いとは言え、ふとした弾みで世界が暗くて不鮮明ってそこそこ不愉快なんですよ!!


 嗚呼あの時めんどくせえとか思わず残業やめて眼科に行ってさえいれば…………いやまあ絶対にこうなってないと言う保証は無いんですけども、それにしたって横着の代償がデカ過ぎやしねーか、こん畜生。


 そしてですね、既にタイトルでお判りのことと存じますが、私は初期投与では抑えられないタイプだったらしく、その後もちゃんちゃんと注射せねばならなくて、間隔を空けていくことは出来たものの半年キープにはなかなか至らず、とうとう7回も注射して貰う羽目になりまして、まーおカネ掛かりましたとも!


 そのうち1回だけ、コロナによる病床逼迫の煽りを受けて日帰り注射になったのですが、これがまた、口元は感染防止のプリーツマスク、左顔面にはオペラ座の怪人もかくやの巨大眼帯を貼り付けられた状態で家に帰ってね、もちろん眼鏡は掛けられませんが、という話でして、もともと眼鏡無しでは話にならない視力の大高にとっては、見た目が異様であるより先に電車で帰れる気がしない。で、タクシー捕まえて帰ったんですけど、見えてないから、細かい道の指示が出来ないんですね。


 なので、事情を話してナビを使ってくれとお願いしたにも関わらず、運ちゃんが盛大に道を間違えまして、まあメーターはある程度の処で止めてくれましたが、私は景色が見えてないため現在位置も判らず、依然として指示が出来ない。で、結構ぐるぐる迷われた挙げ句に、ああここ知ってる! という道に出たので、もう面倒になってそこから5分くらい歩いて帰りまして心身ともにへとへとになったんですが、案の定というべきか、その日の夜に出た痛みたるや思い出したくもないというレベルでして、これ以降、日帰り手術の枠が出来ましたと何度言われようとも断固として入院を希望し続けたんで、余計におカネが掛かったんですけどね。


 でも往復タクシー代が要る(注射の翌朝は必ず術後検査があるのでまた行かなきゃいけないんですが、眼帯は検査の時まで外せないし、連れ合いだって仕事の都合があるんだから毎回送迎を頼める訳じゃない)ということを考えたら、そら入院しますて。実際、入院費と大して変わんなかったですし、術後が痛かろうが眠れなかろうがそれこそナースコール一発で助けて貰えるうえ、家に居りゃ結局何だかんだと家事をしてしまいますが、入院してりゃ何もしなくていいんだもの(笑) 家事を担う方にはご賛同頂けるのではないかと思いますが、上げ膳据え膳ってマジ有難いんですよ。体調不良の時は特に。


 まあ、そんなこんなのすったもんだはありつつも、どーにかこーにか2024年秋の7回目の注射を最後に再発の兆しが無いと担当医が判断してくれたため、大学病院からはめでたく仮卒業が叶いました。

 で、最初に異常を見つけてくれた地元の眼科医での経過観察に移行したのですが、そこでも現在のところ問題ナシと言われて一安心、という処までは来たんですが。


 何でそもそもこんな事になったんじゃい、というハナシが残っておりまして。


 問題の黄斑浮腫の(大枚払った)切っ掛けである眼底出血というのは、高血圧や糖尿病などの生活習慣病、或いは外傷、加齢、眼内炎症などから発症するものなのだそうです。


 ……が、大高、当て嵌まらないんですよ、この辺の理由に。


 私は自他ともに認める乱暴者ではありますが(言葉以外では)乱闘まではしませんし、加齢で目の血管が破れる程のトシでもなく、また万人が認める肥満体ですが高血圧でも高脂血症でも糖尿病でもない。

 少なくとも、年イチの健康診断でその手の項目で要注意だの再検査だのが出たことがない頑健な人間でして、毎回所見に『ちったあ痩せとけ?』みたいなことを書かれるだけの、数値的には何らの問題も無いヒトだったんです。


 つまり然したる原因も無く目の血管を詰めて破ったってことになっちゃうんですが、そんな事あるか??


 しかも、いつから出血が始まってたのかも判らないの。

 何故なら、眼底出血って、自覚症状が無いから。


 ほんと、痛くも痒くも無いし、腫れるでも目やにが出るでもなく、これという違和感が無いんですよ。見た目も全く変わらないんです、眼球表面の血管が切れる訳じゃないから。だから、目が赤いなあ、とかも一切なくて、たまたま右側の視野を塞ぐまで、まーーーったく気付けませんでした。しかも、気付いたところで、たかが翳み目ですからね。寝不足かしら疲れ目かしらで良いだけ放置してしまった結果がコレですよ。もう今後の私に出来ることと言ったら、浮腫の再発を早期発見する為に毎日血圧を計って記録しておくことぐらいしか無いんです(血圧が上がりっぱになると間違いなく再発するらしい)


 ―――で、ここで冒頭に申し上げた件になる訳です。

 

 翳み目放置、ダメ、絶対。


 本当にダメですよ、時間が無いとかめんどくさいとか、そう言うのナシで、まずは眼科に行きましょう! マジで!


 眼底出血そのものは命に関わるような大病ではないですが、場合によっては後遺症は残るし、そうなったらそれなりに不自由するんで、本当に。


 私の如く、健康診断の上では何ら問題が無く思い当る節が社畜生活(ストレス)しか無かろうとも、血管詰める時は詰めるし、破る時は破るんです。そして気が付けないからどんどこどんどこ出血し、浮腫が出るまで進行しようものなら、ヤツは完治しないはおろか、しつこく再発するんです。一生まともに見えなくなるだけではなく、最終的に幾ら掛かるか知れたもんじゃないだなんて、おっかないったらありゃしません。


 あ、なので、万が一にも大高と同じ道を辿る羽目になってしまった方は、速やかに限度額適用認定証の申請をしましょう。本人、または世帯主の収入額にも因りますが、これがあると窓口負担額が軽減される可能性があります。大高はこれのお陰でちょっと助かりました。


 もちろん、高額医療費制度も遠慮なく使いましょう。こないだ可笑しな揉め事になってましたが、使える制度は漏れなく使い倒してナンボです。そりゃ病まないのが一番ですけど、にんげんだもの、何時かは病む。頼れるモノは全て頼りましょう。大高、親の介護の時にも思いましたが、これくらいなら何とかなるとか、この程度で行政の手を借りるのは恥ずかしいとか、自分独りで頑張ろうとかは、是非、ナシで。借りられる手、使える手段、頼れる機関があるのなら、遠慮なしに活用しましょう。大丈夫、その恩は後続の誰かの手助けをすることでも返せます。苦しい時はお互い様。何時か自分も苦しい誰かのお役に立てばヨシの精神で行こうじゃないですか。


 話が逸れましたが何だっけか、そうだった眼底出血は『簡単には気が付けない』んで、ちょっとでも見え方に違和感を感じたら、即座の受診をお勧めしますという話でした。


 もしかしてもしかしたらですけど、もっと重篤な疾患が判る事だってあるかも知れませんしね。厭な話ですけど。


 だからね、もう、ほんとに。


 たかが翳み目、されど翳み目。


 タカを括ると思いのほかヒドい目に逢う事もありますので、どうぞ皆様、重々ご用心召されませ―――


 


 

 

最後までお付き合い下さいまして有難うございました。


何かねえ、今回、コレを書くにあたって、記憶を掘り起こす助けを借りるべくアレコレ検索してたらですよ、運動不足も眼底出血の遠因だっていう記述を見つけてしまいまして、ちょっと気が遠くなりました。


任せろ、運動不足だったぜ、社畜時代のオレも。仕事そのものがそれなりの肉体労働ではありましたけどね、いわゆる運動ってのは長ーい事してませんでしたとも。そーかそーか。全てがそこに帰結するんか全くよー。(何故、大高がこのようにやさぐれているのかにつきましては、拙作『日々是口実』をご参照頂けましたら幸いです)


ってなことで、当分の間は〇ーブスに通い続けることを此処に誓います。眩暈もピタリと出ないしな。


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