0 愛に満ちている
ああ、まるで体が溶けていくよう。一面の蒼の中、私の意識は揺蕩う。
その蒼はどこまでも深く、どこまでも続いているようで、私は少し怖い。
私はすうっと腕を伸ばそうとする。でも、伸ばす腕が無かった。
それでも私は腕を伸ばした。意識だけでもあると信じながら、イメージだけの腕を伸ばした。
すると、その手に何か触れたような気がした。無いものが何かに触れるなんて、あり得ないけれど。
その手で何かを掴むイメージ。確かに掴んだ。目には見えない何かを。
その何かはきっと、私にとって大事なもの。だから私はそれを胸に引き寄せる。
蒼の中を漂い続ける私の鍵。そう直感が呼んでいた。
その鍵はとても愛おしく、とても大切で、とても壊れやすい。だから、私が守ってあげなくちゃならない。
鍵の名前はなんというのだろう。遠い昔、誰かに教わった気がする。とっても大事な、大事な人に。
でも今は思い出せない。その大事な人が誰なのか。私にとっての何なのか。
そして、私は誰なのか。
全ては蒼の中で溶けてしまったようだ。
今私にあるのは、私の周りの蒼だけ。その蒼は言葉で言い表せないほどに美しく、何かに満ちているようだ。
ああ、思い出した。それは愛。愛だ。愛に満ちているんだ。
私の周りには愛で満ちていた。数えきれないくらいの愛。語りつくせないほどの愛。それは私に向けられたもの。
私は愛で出来ていた。だけどその愛は今、蒼に溶けて混ざっている。
出来ればこのまま愛に囲まれていたい。愛を手放したくはない。でも、それは出来ない。
私は再び腕を伸ばす。やはり、腕は無かった。腕どころか、足も頭も胴体も、翼もない。
それでも私は腕を伸ばした。その手を取り、ここから出してくれる人を待ちわびながら。
愛を持って、私を呼んでくれる人を待ちわびながら。