第93話 告白の後は賑やかに
賑やかな旅行も、ついに最終日となった。
最終日とはいえ、今日は特に予定はない。やることといえば帰り支度を整え、いつもの家に帰還することぐらいだ。
ふくちゃんは、すでに祖父母の家に戻っている。帰る直前に「頑張ってー」とニヤニヤしながら激励されたのは記憶に新しい。
「頑張って、か……」
あの後――俺が二葉に告白された後、それはもう大変だった。
まあ、大変だったとは言ってるけど、俺にはその時の記憶はほとんど残ってないんだけど……。
「告白されてキスされて……そして気絶するとか、何やってんだ俺……」
生まれてこの方異性から告白なんてされて事のない俺は、二葉の大胆な行動を受けて思考がショート。驚きの許容量を超えた俺はそのまま意識を失ってしまったらしい。女性陣五人が力を合わせて俺を車まで運んだと聞かされた時には、思わずその場で五体投地してしまった。
「……それにしても、まさか二葉が……」
確かに好意的に接してくれている自覚はあった。
俺にだけ特別な顔を見せてくれるし、一緒に風呂に入ろうとしてくるし、一緒に寝ようとしてくるし、デートに誘ってくれるし……。
「……いや、どう考えても俺のこと好きじゃん。マジか、マジかよ俺……」
そりゃあいろんな人から鈍感だと罵られるわけだ。
誰がどう見ても俺のことを好きな女の子から積極的にアプローチされているのに、それに全く気付くことなく「どうしてこんなに優しくしてくれるんだろう」とか思っていたバカ男。俺が周りの人間でも同じように罵ったに違いない。
というか、あんな感じの二葉が俺のことを好きだったというのなら、同じぐらい俺に好意的に接してくれていた一夜さんと彩三も、もしかして……――
「さ、最低だ……俺、最低すぎる……穴があったら潜り抜けてブラジルまで逃亡したい……」
「一姉。センパイが砂に顔を埋めようとしてるけど、止めた方がいい?」
「鈍感が自分の愚かさにようやく気付けたんだからそのままにしとけば?」
「そだね。センパイは少し反省した方がいいもんね」
絶望する俺の隣で、長女と三女が辛辣な言葉をぶつけてくる。役に立たない俺の代わりに帰り支度を進めてくれている彼女たちなのだけど、今日は朝からずっと言葉の端々が刺々しい。いや、まあ、そりゃあそうだろう。まだ確定してはいないけど、きっと彼女達も、俺のことを――
「ああああああああ」
「いやぁ、青春してるねぇ若人よ」
「ひ、日比野さん……」
いつの間に接近してきていたのか、日比野さんは俺の隣で腰を下ろしていた。顔を見上げると、なんかとてつもなくニヤついていた。
「うふふふふ。わたしはね加賀谷くん。恋を自覚した若人を見るのが大好きなの」
「仙人みたいなこと言い出したぞこの人!」
「特に相手からの好意に気付かずに長い時を過ごした男の子が自分の鈍感さを自覚して絶望するその瞬間が大好物なの」
「その最低すぎる性癖開示はいったい誰が救われるんですかね……!?」
性癖を開示すれば術式の性能でも上がるんか???
日比野さんは俺の肩を荒く叩きながら、
「まあまあ、でもよかったじゃん。これでようやく青春のスタートラインに立てたんだし」
「あなたは青春を何だと思ってるんだ……」
「青春といえば淡い色恋沙汰でしょ。特に三角関係……いえ、四角関係なんて最高よね。これが少女漫画だったら大盛り上がりよ」
「当事者としては一ミリも盛り上がれませんけどねぇ!?」
いつも娯楽として摂取していた栄養素がまさか自分にとっては劇毒だったとは。このリハクの目をもってしても見抜けなかった。
と。
「おはよう、理来」
「っ!?」
日比野さんにいじられている俺に投げかけられる、何の変哲もない普通の挨拶。
おそるおそる顔を上げると、そこには二葉の姿があった。
いつもの鉄面皮とは違い、心から幸せそうな微笑みをたたえた二葉の姿が。
「お、おはよう、二葉」
「ふふっ。顔に砂がついてる」
「あ、えっと……まあ、ちょっといろいろあって……」
「拭いてあげる」
どこからともなく取り出したハンカチで俺の顔を拭く二葉。
つい昨日あんなに大胆なことをした張本人であるはずなのに何事もなかったかのような態度に逆に違和感を覚えてしまう。
「とれた」
「あ、ありがとう。……あのさ、二葉。昨日のことなんだけど……」
「昨日?」
「えっと、花火見てる時の……」
「フフッ。理来、顔が赤くなってる」
「っ。そ、それは仕方ないだろ。だって――」
「うん。分かってる。私が理来に告白したことでしょ?」
「っ!」
あまりにも自然に答えられ、思わず戦慄してしまう。
動揺を隠せない俺の頬に手を添えながら、二葉は目を細める。
「私は理来が好き。恋人になりたいって思ってる。手も繋ぎたいしキスもしたいし、その先のえっちなことだってしたい」
「っ……」
「理来と結婚したいし、子どもだって欲しい。死ぬときまで一緒にいたい」
この人ちょっと最強過ぎない?
元々クーデレの素質はあったけど、ここまで平気そうにデレられたら流石の俺でも二の次を告げられなくなっちまうんですけど。
「あ、あのさ、二葉。その、告白のことなんだけど……」
「うん」
俺が何を言いたいのか分かっているのか、二葉は微笑んだまま俺の次の言葉を待ち始めた。
どれだけ混乱していても、俺は言わなくちゃいけない。
それが、勇気を出して告白してくれた彼女への最低限の礼儀だ。
「昨日も言ったけど、俺、あんまり恋とか分かってなくて……だから、その、告白してもらったけど……」
「無理して返事しなくていい」
「えっ!?」
予想もしていなかった言葉に再び思考が真っ白になる。
そんな俺に構うことなく、二葉は言葉を続ける。
「私が理来のことが好きだって、伝えたかっただけだから」
「そ、そうか」
「だから、今すぐ返事してもらわなくてもいい。理来を焦らせたくない」
そこまで言って、二葉は俺の頬に手を添えてきた。またキスされるのかと思わず身構えてしまうが、その意味はなかった。
二葉は俺の目を真っ直ぐと見つめながら、
「理来の気持ちが決まったら……私のことを好きになってくれたら、返事して。それまで私、ずっと待つから」
「ぁ、え、っと……わ、分かった……」
ダメだ。二葉の顔から目が離せない。ぎこちなく頷きを返すのだけで精いっぱいだ。
「私、荷物を車に載せてくる」
「お、おう」
身動き一つ取れずにいる俺に二葉はもう一度微笑むと、車の方へ――正確には、その近くにいる一夜さんと彩三の方へと歩み寄る。
俺と同じように、もしかしたら俺よりも動揺しているかもしれない二人に、二葉は告げる。
「私も理来のことが好き。――負けないよ?」
「「っ!?」」
それは戦いの合図だった。
「こ、恋を自覚した途端にこのヒロイン力……こ、これがクーデレヒロインの本気だとでもいうの……!?」
「で、でも、あたしだって負けないよ!? あたしもセンパイのことが好きだもん!」
「そ、そうよ! 私も理来のことが好きなんだから……!」
今にも取っ組み合うんじゃないかというほどに鋭い剣幕で言い争いを始める三姉妹。
「フッ……愛人枠でいいなら、空いてる」
「こ、こいつ……最後に恋を自覚したくせに本妻気取りか!」
「理来と一番付き合いが長いのは私」
「付き合いの長さだけが恋の勝者を決める訳じゃないとその身に教えてあげるわ!」
わーわーぎゃーぎゃーと子供みたいな喧嘩をする三姉妹。
そんな彼女たちを見て、事の成り行きをずっと見守っていた日比野さんの堰がついに決壊した。
「あははははは! いいわね、最高に青春をしているじゃない!」
なにわろとんねん。
「ずっと見ていたい気持ちはあるけれど、そろそろここを出ないといけないわ。ほら、そこの色ボケ三姉妹、早く車に乗りなさい」
「だ、誰が色ボケ三姉妹ですか誰が!」
「元はといえば二姉が抜け駆けするから……」
「恋のアプローチに順番なんてない」
「うええええん一姉! ちょっと最強すぎるよこの人!」
姉妹の絆にヒビが入っているのではないかと不安になるけど、まあ彼女たちはいつもこんな感じだからあまり心配しなくてもいいかもしれない。
むしろ、心配するべきは俺自身の方だ。俺の人生はこれからどうなってしまうんだろうか……。
「そういえば帰りはどういう席順で乗るの?」
「理来を後部座席の真ん中に座らせれば少なくとも二人が隣に座れるわ」
「なら、一姉が助手席」
「なんでそうなるのよ!?」
「こういう時は妹に譲るものだよ一姉」
「い、嫌よ! 私だって理来の隣に座りたいもの!」
「しょうがないなぁ。じゃあじゃんけんで決めようよじゃんけんで」
「望むところ。ゲームで私に勝とうだなんて一〇〇年早い」
「一姉! ここは結託してこの抜け駆け女を倒そう!」
「異議なし!」
いややっぱりこっちも心配した方がいいかもしれない。
「……俺が助手席に座りますよって提案したら多分殺されますよね」
「よく分かってるじゃない。ようやく自分のモテ度が自覚できたかしら?」
「いや、その……えっと、ですね……」
現実に思考がまだ追いつけていないので上手い返答が思いつかない。
そうこうしている内に争いが激化したのか、三姉妹がズカズカとこちらに駆け寄ってきた。
「ねえ理来! あなたは誰と一緒に車に乗りたいの!?」
「センパイ! あたしならずっと腕を組んでてあげますよ!?」
「眠くなったら私が膝枕してあげる。だから私が隣」
美少女三人から詰め寄られ、思わず腰が引けてしまう。
「え、え~~~~っとぉ……みんな魅力的だから、俺には決められないかな、なんて……」
「「「そんな言葉で誤魔化さないで(ください)!」」」
「あ、はい。そうですよね……すみません……」
三方向から圧をかけられ、思わず委縮してしまう俺。
結局その後、業を煮やした日比野さん特製のくじ引きにより、二葉が助手席に座ることになるのだった。




