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第8話 三女の夜食

「ほれ、できたぞ」


 天才アスリートを唸らせる夜食を作ると宣言してから約十分後。

 俺が作った渾身の夜食が、彩三さんの待つテーブルの上についに置かれた。


「え、もうできたの? 早すぎじゃないですか?」

「夜食だからな。そんなに手の込んだものは作らないよ」


 彩三さんに箸を手渡し、彼女の向かいに俺も座る。

 俺が今回作ったのは、春雨とモヤシの煮込みあんかけ。今の状況で即興で作れる最高の夜食である。


「うーん……なんだか質素ですねー」

「スムージーより百倍マシだろ」

「えへへ。それはどうでしょうか。ま、食べてみれば分かりますか」


 いただきます、と礼儀正しく両手を合わせ、彩三さんは箸に手を伸ばす。

 箸で掴んだ春雨が持ち上がっていくにつれて、あんかけがぽたぽたと皿の中へと落ちていく。

 彩三さんは大きく口を開け、そして春雨を一気に口へと頬張った。


「っ! ……おいし~!」


 ぱぁぁ、と彼女の顔に花が咲く。

 どうやらお気に召したようだ。


「味薄いかなって思ってましたけど、塩コショウが利いてて美味しいです! あんかけのおかげで、春雨の物足りなさも緩和されてて……美味しい、これ美味しいですよセンパイ!」

「お、おう。一回言われれば分かるから」


 語彙力がなくなるぐらい美味しかったのか。こんなに喜んでもらえるなんて、作った甲斐があるというものだ。


「あ~……ごちそうさまでした!」

「は? え、もう全部食ったのか!?」

「はい。あまりにも美味しかったんで!」


 ちょっと目を離した隙に空っぽの器が爆誕していた。茶碗一杯ぐらいの量だったとはいえ、流石に早すぎるだろ。もっとよく噛めよ。

 彩三さんはいつの間に用意したのか、コップに入った水を飲み、渇きを取るかのように唇を舌で舐める。


「いやー、大満足です。こんなに美味しいご飯は久しぶりに食べました。センパイは料理の才能がありますね!」

「いや、俺にそんな才能はないよ」

「またまたー」

「いやマジで。練習を重ねただけだから」


 勉強も運動も家事もそこそこ。それだけじゃ満足できなかったから、とりあえず一番手を出しやすい家事を特訓しただけだ。天才サマの舌を満足させられているのは、ひとえに凡人が努力を重ねただけの結果に過ぎない。


「彩三さんたちみたいに誇れるようなもんじゃない。こんなの、練習すれば誰でもできるようになるさ」

「ふぅん? センパイって意外と謙虚なんですね。もっと自信持てばいいのに」

「事実を言ってるだけだからな」


 俺はテーブルの上で頬杖をつき、溜息を零す。


「それに、君に比べたら、こんなの努力の内にも入らないだろ」

「へ? どういうことですか?」

「夜遅くまで自主トレしてたんだろ? 学校終わりに部活に励んで、その後家でも練習して……天才だとか関係なく、そんなに努力できるのは普通に凄いよ」

「別に大したことじゃないです。インターハイで優勝するためなら、これぐらいやって当然ですし」

「それを当然って思えるところが凄いんだけどな」


 そう口にした直後、思わず笑いが零れてしまった。

 天才は努力を苦と思わない。この三姉妹と話していると、そのことを本当に実感する。

 俺みたいな凡人はすぐに楽な方へと逃げようとする。他人からの期待なんて邪魔でしかないし、高みになんて端から行けるとすら思っていない。

 でも、彼女たちは当たり前のように頂上を目指している。

 そんな天才たちが……俺は少しだけ、羨ましい。


「彩三さんたちは本当に凄いよ。こんなに頑張れて、偉いなぁ」

「……なんですかその顔。子供扱いされてるみたいで嫌なんですけどー?」

「あ、すまん。妹を相手にしてる気分になっちまって、つい……な」


 そういえば、親父についていった妹は今頃何をしているだろうか。元気にしていればいいけど。


「まぁ、そういうわけだから。俺の努力なんて君たちに比べればマジでゴミみたいなものなんだよ」

「ふぅん? ま、センパイがそれでいいならいいんじゃないですかね」

「なんだよその含みのある感じ……」

「さあ? ふわぁ……ご飯食べたらちょっと眠くなってきました」


 彩三さんはかみ殺すことなく盛大に欠伸をしながら、椅子から立ち上がる。


「ごちそうさまでした、センパイ。あ、あと、あたしのことは彩三さんじゃなくて彩三でいいですよ。センパイの方が年上なんですから」

「そうか。じゃあ呼び捨てさせてもらうよ、彩三」

「可愛い後輩と仲良くなれてよかったですね~」

「自分で可愛いとか言うのかよ……」

「だって事実ですもん」


 にしし、といたずらっぽく笑う彩三。

 可愛く振舞っているところ悪いけど、彼女の口元にあんかけが付着しているのが見えてしまった。

 俺はティッシュを手に取り、彼女の口元を軽く拭ってやる。


「動くなよ、彩三」

「はえ?」

「んー……これでよし、と。可愛いを自称するなら、こういう細かいところにも気を遣うべきだぞ」

「…………~~~っ!?」


 ぼんっ! と彩三の顔が一瞬で真っ赤に染まった。


「な、ななななな……よ、余計なお世話です!」

「な、なんだよ。せっかく拭いてやったのに」

「ばーかばーか! センパイのばーか! おやすみなさい!」

「お、おやすみ……?」


 凄まじい速度で部屋へと戻る彩三を、ただただ呆然と見送る俺。

 子供扱いしすぎてしまっただろうか。だとしたら、明日謝らないとだ。


「ふわぁ……なんだか俺も眠くなってきたな」


 今なら熟睡できる気がする。

 とはいえ、明日は朝食を作るから、そんなに長くは眠れないけど。


「おやすみなさい……」


 誰にでもなく、眠りの挨拶を零す俺。

 いつものルーティーンではあるけど、いつもと違って……寂しさはどこにも感じなかった。




    ★★★




 洗面所で歯を磨き、急いで部屋へと戻ったあたし――天王洲彩三は、布団の中で悶々としていた。


「あたしがからかってやるつもりだったのに……!」


 双姉がつれてきた、平々凡々な男の先輩。

 どうせ彼も他の男子と同じで、ちょっとからかってやればデレデレするかと思っていたのに……逆に子供扱いされてしまった。

 あたしは天才で、みんなの憧れの的なのに。

 あの人は、他の人と違って……一人の女の子として、あたしのことを扱った。


「……調子狂うなぁ」


 センパイの顔が頭から離れない。

 申し訳なさそうにはにかむセンパイ。

 露骨にびっくりするセンパイ。

 そして――優しく微笑みかけてくるセンパイ。


「っ……違う、違う違う。あたしはそんなにチョロくない……!」


 ちょっと優しくされただけだ。それ以上でもそれ以下でもない。

 でも……センパイに口元を拭ってもらう、あの感覚は――


「――悪くなかった、かも」




【あとがき】

読んでいただきありがとうございます!


もし「話が面白い!」「ヒロイン可愛い!」と思っていただけましたら

作品のフォロー、評価などしていただけるととても嬉しいです。


モチベーションが爆上がりになります!


まだまだ続きますので、引き続き本作をどうぞよろしくお願いします!

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