第88話 次女からの相談事
小学校を発ち、車に揺られること十数分。
俺達は天王洲家所有のプライベートビーチへと戻ってきていた。
「それじゃあ私と先生はピアノのレッスンをしてくるわ」
「お祭りの時間までには戻ってくるからねー」
ロッジに戻るなり、ピアニストコンビは一夜さんの部屋へと引っ込んでいった。さっきまでオリエンテーションでピアノを弾いていたはずなのにもう練習を始めるとか……やっぱり一夜さんはなんだかんだで努力家だなぁ。本人にそれを言うと何故か怒られるから口には出さないけど。
「あたしも時間までちょっと寝てきます。思ってたよりも疲れちゃったんで……」
体力自慢が売りのはずの彩三はふらふらしながら自分の部屋へと姿を消した。流石の彼女でも子供の体力に数時間付き合うのは中々に骨が折れたらしい。
一夜さんはピアノの練習、彩三は昼寝とそれぞれの用事を始めたことだし、俺も俺の仕事をこなすとするか。
まずは何から始めようか。洗濯物は家を出る前に洗って干し終わってるし、明日の朝食でもぱぱっと作ってしまうか?
そんな事を考えながらキッチンに向かおうとした俺だったが――
「理来。私も何か手伝いたい」
――そう言って、二葉が俺の服の裾を掴んできた。
俺は踏み出そうとしていた足を止め、彼女の方を振り返る。
「何か手伝いたいって……?」
「(こくん)。今日は理来のおかげで上手くいったから、そのお礼がしたい」
「お礼って、別にそんなことしなくてもいいぞ。あれは俺がやりたくてやったことだし、そうじゃなくてもサポーターとしての仕事をこなしただけに過ぎないからな」
恩を売りたくてやったことじゃない。二葉が困っていたから、二葉にイベントを成功させてほしかったから、そんな単純な理由で手伝ったに過ぎない。
だからお礼なんて必要ないと、そう伝えたんだけど――二葉はどこか不服そうに、そして悲しそうに顔を伏せた。
「でも……私……」
自分の足元に視線を落とし、喋らなくなった二葉。昨日のボードゲーム中もそうだったけど、やっぱりどこか様子がおかしい気がする。
――これ以上、彼女のことを放っておきたくない。
様子がおかしいのは明白だ。疲れているとか、そんな感じでもなさそうだ。
それならば、俺がやるべきことは一つしかない。
俺はその場にしゃがみ込み、彼女の顔を下から覗き込む。
「なあ、二葉。何か悩んでいることがあるなら話してくれないか?」
「え……?」
「昨日からずっと様子がおかしいだろ? 流石にそろそろ放っておけないよ」
「それは、えっと……でも、これは私の問題だから……」
「役に立てるかは分からないけど、人に話すだけで楽になるかもしれない」
俺は天才じゃないから、相手の求める答えをすぐに与えることはできない。
でも、凡人だからこそ出来ることがある。
「君の悩みを俺に教えてくれ。君の負担を少しでも減らしてあげたいんだ」
凡人な俺に出来るのは、それぐらいのものだから。
「理来……」
どうするか迷っているのか、二葉は視線を彷徨わせる。
急かしてはいけない。どうしたいのかは、彼女に選ばせなくてはならない。
だから俺はひたすらに待つ。
彼女が俺を頼ってくれる、その時を。
「……私、理来に相談したい」
何分待ったかなんて数えてない。
だけど、そこまで待つこともなく、彼女から言葉が返って来た。
「そうか! どんな悩みでも大丈夫だぞ。俺は絶対に笑ったりしないからな」
「ん。理来は優しいから、そんな事はしないって分かってる」
「信用してもらえてるみたいで何よりだ」
さて、彼女からどんな悩みが飛んでくるんだろう。
ゲームのことか? それともコミュニケーションについて? まさかの夕飯の献立だったり?
どんな悩みが飛んできてもいいように頭の中でいくつか候補を並べてみる――が、しかし。
「えっと……理来って、恋……したことある?」
彼女の口から告げられたのは。
普段の彼女からは想像もできないお悩みだった。




