第71話 水着はなんぼ見ても保養になりますからね
砂浜に突き刺さったビーチパラソル、その下に敷かれたシートの上で、俺ぼけーっと海を眺めていた。
「……何故か知らんけど、海って無限に眺められるよな」
波が砂浜にぶつかる様子や水飛沫の音、日光が反射してキラキラ輝く水面。視覚的にも聴覚的にも飽きる事が無い夏の光景。眠れない時にASMRを聴いたりする人ってこんな気持ちなのかな、みたいな感覚にさせられる。
とまぁ、何で俺が誰もいない砂浜で詩人みたいなことを考えているのかというと、それは三姉妹と日比谷さんが着替え終わるまでやることがないからである。
「一人で海に突撃する訳にもいかないし、だからと言って夕飯の準備をするにはまだ早い時間だしなぁ」
荷物はロッジの中に置いているので荷物番をする必要はない。だけど、他にやるべきことも特にないのでぼけーっと海を眺めるしかできない状況。
「水着、水着かぁ……みんなはどんな水着を着てくるんだろ」
初見の日比谷さんは外すとして、三姉妹の水着は何度か見たことがある。……といっても、大浴場の中で見たやつとかバニーガールぐらいのものなんだけど。そもそもバニーガールって水着なのか? なんか違う気がするけど。
「うーん……バニーガール風の水着ってこの世に存在するんだろうか……」
「センパイがなんかエッチな考え事してる……」
「ジャスタモーメント彩三。今のは本当に誤解でしかなく、て……」
最悪なタイミングで現れた彩三の誤解を解くべく、彼女の声がする方を見て――直後、俺は言葉を失った。
赤を基調としたビキニタイプのトップスに、デニム生地のショートパンツ。普段陸上選手として炎天下の中走り回っているからか、水着の形とは合わない日焼け跡が形容しがたい魅力を醸し出している。
健康的なエロさを全面的に押し出した彩三が、パラソルの下でだらける俺を上から見下ろしていた。
「えへへ。この状況ならセンパイを見下ろせますねー……って、あたしの顔をじっと見てどうしたんですか?」
「え? ああ、ごめん。水着が似合ってたから、つい見惚れちまってた」
「っ……だ、大丈夫、大丈夫です。センパイのそのスパダリムーブは想定内ですから」
「あと日焼け跡が凄くエロいなって思いました」
「その本心は言葉にする前に飲み込んでほしかった! でもあたしのことをエッチだって思ってくれたこと自体は嬉しいです! どうしよう、新感覚過ぎて顔が熱い!!!」
よく分からないことを叫びながら顔を真っ赤にする彩三。相変わらず賑やかな後輩だ。でもそういうところも含めて魅力的だと俺は思います。
赤くなった顔を手扇でパタパタと仰ぐ彩三を微笑ましく眺めていると、彼女の後ろから一人の少女が姿を現した。
「ふーん……相変わらず彩三のことは褒めちぎるのね。なに、そんなに日焼け後が性癖なの?」
「一夜さんの中で俺はどんだけ変態扱いされてるんですかね……」
「つーん」
どこか不満そうに口を尖らせる一夜さんは、上は黒のチューブトップ、下は同じく黒のパレオタイプという大人な水着に身を包んでいた。露出は多いが決して過激ではなく、淑女という言葉が誰よりも似合うアダルトな印象が感じられる。流石は一夜さん、学生ながらに社交界に顔を出したりしているだけはある。
俺はその場に立ち上がり、逸らされている一夜さんの視界に強引に割り込みながら、
「一夜さんの水着も素敵ですよ。黒い水着と白い肌のコントラストがとても魅力的だと思います」
「っ……ふ、ふぅん? 相変わらず、お世辞は得意なのね、あなた」
「お世辞じゃないですよ。心の底から素敵だと思ってます」
「〜〜〜〜〜っ!」
「い、いたっ、なんで叩くんですかっ?」
思ったことをそのまま口にしただけなのに、トマトみたいに顔を赤くした一夜さんが俺の肩をポカポカと叩いてきた。彼女は非力なのでノーダメージではあるんだけど……なにか気に障るようなことを言ってしまっただろうか?
「気にしないでいいですよセンパイ。一姉のそれはただの照れ隠しですから」
「よ、余計なことは言わなくていいのっ!」
「なるほど。俺の褒め言葉が普通に嬉しかったってことですね?」
「なっ……う、うあううぅぅぅぅぅ……(ぷしゅ〜)」
「センパイ、流石にそれはノンデリ過ぎますよ……」
今のは完全に選択肢を誤ってしまったようだ。
彼女の怒りを鎮めるためにその場で土下座していると、聞き覚えのある声が二つほど近づいてきた。
「理来が砂に埋まってる……」
「一夜ちゃん、いくら先輩だからって後輩を土下座させるのはどうかと思うわよ……?」
「違います! これは理来が勝手に……!」
「一夜さんの言う通りです。一夜さんに無礼を働いた俺が謝罪の気持ちを伝えるためにあえて五体投地しているだけなんです」
「その言い方だと私が心の狭い女みたいに聞こえるのだけれど!?」
そんなつもりはなかったんだけども。
「はぁ……もういいわ、別に怒ってなんかないから。早く顔を上げてちょうだい」
「か〜ら〜の〜?」
「何も無いわよ! その変なノリやめなさい!」
彩三の悪ノリに一夜さんのツッコミが炸裂する。
ひとまずお許しが出たので俺は砂をはらいながらその場に立ち上がった。
「理来、大丈夫?」
「おう。ちょっと砂がついちまってる、だけ……で……」
それはまさしく『暴力』だった。
視界に入っただけで脳を震わせ、意識の全てを乗っ取ってしまう……そんな圧倒的なまでの性の暴力。
両手では収まらないほどに大きな胸をクロスタイプのホルターネックで支え、肉付きのいい下半身は必要最低限なサイズのビキニタイプの水着で覆われている。
上から下まで目のやり場に困り散らかす海の女神が、そこにはいた。
「……理来?」
「ーーーーハッ! な、なんだ、二葉?」
「ぼーっとしてるけど、大丈夫? 熱中症?」
「い、いや、違うよ。ただ、その……君の水着姿が、とてもエ……素敵で……」
「今エロいって言おうとしましたよね」
「今エロいって言おうとしたわよね」
外野がうるさいが、一旦無視することにする。
「フフッ。年頃の男の子には刺激が強かったみたいね〜」
そして視界の端でニヤニヤ笑顔を浮かべる大人がいるが、こちらも一旦無視することにした。
「えへへ。理来に褒めて貰えるの、嬉しい……♪」
「あ、うん……すっごく、可愛い……本当に可愛いよ……」
ダメだ、彼女のことを直視できない。
露出の多い状態の二葉を見るのは何もこれが初めてではない。一緒に風呂に入ったこともあるし、彼女があられもない姿のまま俺のベッドに潜り込んでこようとしてきたことだってある。
だから、ある程度は耐性ができていると思っていた。
でも、二葉はその余裕をたった一撃で粉砕してきた。
「こーら、加賀谷くん。いくら二葉ちゃんが可愛いからって、そんなにまじまじと見るもんじゃないわよ?」
「ご、ごめっ……つい、見惚れちまって……」
「理来にならどれだけ見られても大丈夫」
「っ……」
二葉がいつもよりも可愛く見える。いつもと違う格好をしているだけなのに……ーーなんて考えていると、突然の浮遊感が俺を襲った。
「は? へ? ――ちょっ、一夜さん、彩三!? どうして俺を抱え上げて……!?」
浮遊感の正体は、一夜さんと彩三が二人がかりで俺を持ち上げたことによるものだった。運動部の彩三はともかく、非力なはずの一夜さんが俺を持ち上げてるのは一体全体どういう事態なんだ!?
「彩三、分かってるわね?」
「うん。姉妹の心は一つだよね!」
「ちょっ、ま、待ってください。いったい何をするつもりで……」
「そんなの決まってるじゃない」
「うん。そんなの決まってるよね」
骨の髄まで悪寒が突き刺さるほどの満面の笑みを浮かべながら、二人は俺を抱えたまま砂浜を走り出し――
「「なんかムカつくからいっぺん海の藻屑になってこおおおおおおおおおおい!!!」」
「ぎゃあああああああああああああああああ―――ごぼごぼごぼごぼっ!?」
――そのまま沖に向かってぶん投げられた。




