第66話 奉仕活動
そういうことで、今日も今日とて奉仕活動なのである。
「あつい……あつすぎるわ……身体が溶けて水になっちゃう……」
「一姉。人間は溶けても水にはならない。油と肉の塊になるだけ」
「そういうマジレスは求めてないのよ……」
いつも通り冷静に言い放つ二葉に、一夜さんは力なくツッコミを入れる。
しかし、彼女の言う通り、今日は特に暑い。夏が近づいてきているとはいえ、流石に暑すぎる。地球さんにはもっと手加減してほしいものだ。
「水……のどかわいた……」
「水筒ならそこに――って、中身なくなっちゃってますね」
「さっき私が飲み干した」
「飲み干したんなら言いなさいよ!」
「忘れてた……てへぺろ」
「無表情のまま舌を出されても可愛くないわよ」
「そうですか? 俺は凄く可愛いと思いましたけど……」
「えへへ……理来に可愛いって言ってもらった」
「全肯定自称凡人マシーンはこれだから!」
酷い言われようである。
「水分がないのは危ないんで、俺、何か買ってきますよ」
「ふっふっふ。その必要はありませんよ、センパイ!」
「げ、この声は……」
声のした方を見ると、そこには体操着に身を包んだ彩三の姿が。その手には四人分のペットボトルが抱えられていた。
「何でここにいるんだよ、彩三」
「もちろん、奉仕活動を手伝いに来たに決まってるじゃないですか!」
「君に奉仕活動は課されていないはずだろ」
「それはそれ、これはこれです! あたしだけ仲間外れだなんて酷いですよ!」
「あたしだけって……」
もしかして、俺が何をしたのかバレたのか? いや、結局彼女には事のあらましは伝えていない。バレるはずないんだけど……。
不安になる俺を他所に、彩三はペットボトル一夜さん達に手渡すと、いそいそと軍手をはめ始めた。
「さあ、ちゃちゃっと終わらせちゃいましょう! この世界からすべての雑草を消滅させれば、奉仕活動も早く終わりますよね!?」
「他の仕事を渡されるだけだと思うぞ」
「奉仕活動にグリッチは通用しない」
「うぐ……ま、まあとにかく、あたしも一緒にやりますからね!」
……俺が余計なことを追求したら、むしろこっちがボロを出しかねないな。
彩三がどういうつもりで手伝いを申し出たのかは知らないけど、ここは大人しく彼女の気遣いを受け取っておくことにしよう。
彩三は雑草を引き抜きながら、元気にあふれた声で会話を始める。
「この暑さ……まさに夏! 夏と言えば海ですよね、センパイ!」
「話が唐突過ぎる……なんだよ、海に行きたいのか?」
「そりゃあもう、高校生になって初めての夏休みですから!」
「大会で忙しいんじゃないのか?」
「遊びと部活を両立してこその高校生ですよ!」
高校生一年目のくせに凄いこと言うなコイツ。人生二周目か?
「そうねぇ……私もコンクールで忙しいし……」
「私もゲームの大会がある」
「えぇ~? いいじゃん、行こうよ海~! 息抜きも大事だってば~!」
「そうは言うけどね……」
「ふーん? じゃあいいよ、あたしとセンパイだけで海に行くから。あたしの水着姿でセンパイを悩殺しちゃうもんね」
「誰も行かないとは言っていないでしょう!?」
みんな暑さでおかしくなっちゃったのかな。
「理来と一緒に海……絶対に楽しい」
「ぐっ……水着……着方を工夫すれば、胸は隠せるかしら……」
「あはは……じゃ、じゃあ、俺がみんなの予定が被らないように、スケジュールを管理しておきますよ」
「本当ですか? やったー! さっすがセンパイ! 頼りになるぅ!」
大喜びの彩三に、ついつい苦笑してしまう。
しっかし、天王洲三姉妹と一緒に海水浴か……他の連中にバレたら今度こそ殺されるかもしれん。
「水着、買っておかなくちゃ」
「この前みたいなふざけた水着は嫌よ? 普通のにしましょう」
「……貝殻水着はセーフ?」
「セーフなところが一つも見当たらないのだけれど!?」
天然の二葉にツッコミを炸裂させる一夜さん。あの二人は一度、漫才の大会と蚊に出るべきだと思う。
二人の掛け合いを見ていると、ついつい笑みが零れてしまう。
が、俺がそんなことをしていると、彩三が隣から服を引っ張ってきた。
「センパイセンパイ」
「なんだよ」
「ちょっとあっちを向いてくれませんか?」
「え? ……こうでいいか?」
「はい、ありがとうございます」
今度はどんな悪戯を思いついたんだ、なんて考えようとしたまさにその瞬間。
俺の頬に柔らかな感触が走った。
「え?」
俺は慌てて彩三の方を見る。
彩三は顔を赤くしたまま、自分の唇を指でそっと触っていた。
「……ふふ。しちゃった」
「おい、彩三、今のって……」
「あ、あああああああああ彩三!? あなた、何してるの!?」
「なにって、ただのスキンシップだけど?」
「スキンシップ!? 理来のほっぺにチューしたじゃない!」
「あんなに抜け駆けしないと言ってたのに……!」
「だからただのスキンシップだってば。二人とも大袈裟だなぁ」
ほっぺにチューって……え、俺、今彩三にキスされたのか?
生まれて初めての経験に、俺はただただ呆然とするしかない。
そんな、情けない姿をさらす俺に――
「勉強を見てくれたお礼です♪」
――天王洲彩三は悪戯っぽく笑った。
★★★
二人には悪いけど、センパイは渡さないよ。
抜け駆けだって怒るかもしれないけど……別に、いいよね?
だって、我儘は――末っ子の特権だもん♪
第二部は以上で完結です!
ご愛読いただきまして誠にありがとうございます。
第三部もすぐにお届けできるように頑張りますので、
応援いただけますと幸いです。