第61話 看病の担当
『まさか、体力自慢の彩三が倒れるなんて……』
『寝る間も惜しんで勉強をしつつ、陸上も頑張っていたんでしょう? 倒れるのも無理はないですよ。いくら体力自慢とはいえ、彼女はまだ幼い高校生なんですから』
『……そうですね』
『それに、過労以外にもウィルスの感染も見られます。熱が四十度を超えなかっただけ幸運だったかもしれませんね』
『…………』
『お薬を出しておきますから、数日は家で安静にさせておいてください。運動も勉強もさせちゃダメですよ?』
ストレスや疲労からくる心因性過労、およびウィルス性のかぜ症候群。
それが、お医者さんが下した診断結果だった。
「ありがとね、理来。彩三のために救急車を呼んでくれて」
「……俺がもっと早く気づけていればよかったんですけど」
「理来が気に病む必要はないわ。むしろ、姉である私こそ先に気付くべきだった」
彩三を病院から連れ帰り、彼女の部屋で寝かせた後。
俺はリビングで一夜さん達から励まされていた。
「彩三、大丈夫かな……」
「ちゃんと休めば治るとお医者さんも言っていたのだし、そこまで重く捉えなくても大丈夫よ」
「……ん。でも、かわいそう。彩三、あんなに頑張ってたのに」
「そうね……」
彩三が家で倒れていたということは、それはつまり期末試験を受けられなかったということ。
陸上の大会に出るために行われていた彼女の努力は、たった一度の体調不良で水泡と帰してしまったのだ。
「お父様にどう報告したものかしらね……」
天王洲三姉妹はそれぞれの分野での活躍について、父親に報告しなければならないという。
しかし、彩三は今後の大会に出場する権利を、今回のことで失ってしまった。
陸上の天才が、陸上をさせてもらえなくなったのだ。
長女である一夜さんが頭を悩ませるのも無理はない。
だが、今はそれ以前に。
「彩三の看病、しなきゃ」
「そうね。熱も高いみたいだし、付きっ切りで見ていてあげましょう」
「……そのことなんですが」
進んでいく一夜さんと二葉の会話に、強引に介入する。
「彩三の看病は俺がやります」
「一人で? 家族みんなで分担した方が……」
「二人はこれからコンクールや大会が控えてるからな。彩三の風邪が二人に移ったら大変だ」
「あなたに移るのも大変でしょう?」
「いえ、むしろ俺の方が都合がいいんですよ。だって、俺なら倒れても大丈夫ですから」
一夜さんや二葉と違って、俺が倒れたところで何かに影響が出ることはない。せいぜい家事が滞るぐらいのものだ。
だからこそ、彩三の看病は俺がするべき……いや、俺がしなくてはならない。
「彩三のことは俺に任せて、二人はいつも通り練習に励んでいてください」
「でも……」
「……理来がそうしたいなら、私は尊重する」
「二葉!」
「理来がこうなったらテコでも動かない」
「ははっ。二葉は俺のことをよく分かってくれてるな」
「当然。理来のことは、ずっと見てきたから」
そう言って、可愛らしく微笑む二葉。
同い年かつクラスメイトだからか、二葉はたまに俺以上に俺のことを分かっているような素振りを見せる。どういう理由なのかは分からないけど、こういう時、説得の手間が省けてとても助かる。
二つ返事で了承してくれた二葉とは違い、俺の提案に渋い反応を見せていた一夜さんは三十秒ほど唸った後、
「……あーもー、分かったわよ! それじゃあ、彩三の看病はあなたに任せるわ」
「ありがとうございます」
「その代わり、無理だけはしないこと! 体調が悪くなったらすぐに私達に言うこと。これだけは守ってちょうだい」
「分かりました」
「あなたはすぐに自分のことを軽視するけれど、私はそれが嫌なの。……あなたが倒れた時に悲しむ人がいるんだっていうこと、肝に銘じておきなさい」
「それって……」
「一姉。遠回しな言い方は理来に通じない」
「~~~っ! だーかーらー! わ、私はあなたに無理してほしくないの! 倒れたら悲しいの! だから無理だけはしないで! いい!?」
「あ、えっと……」
「返事は!?」
「は、はい!」
一夜さんの凄まじい圧につい屈してしまった。
背筋を伸ばして高らかに返事をする俺に向かって一夜さんは肩を竦めながら、
「じゃあ、彩三のことはお願いね。……きっと、凄く落ち込んでいるでしょうから、励ましてあげて」
「分かってます」
「今の彩三には理来が必要」
「ああ。全力で支えてくるよ」
体も心も疲弊しているであろう後輩を元気づけられるのは、今この場には俺しかいない。
努力が無駄に終わり、未来を閉ざされたせいで悲しんでいる天才のために、凡人の俺ができることを考えなくては。