第5話 次女との食事
ミッション。
宿泊の権利を手に入れるため、天才たちの汚部屋を綺麗にしろ!
「――ま、ざっとこんなもんだろ」
俺が来た時とは打って変わって、ホコリ一つないモデルルームのようになった天才たちのハウスをリビングからぐるりと見渡す。
三時間もかかってしまったが、我ながら完璧な出来栄えだ。才能がないからせめて家事だけでも、と密かに練習をしていた成果が今まさにこの状況に集約されていると言っても過言じゃあない。
「洗濯機が止まったら服を干さないとな。その間に料理でも作ろうか」
人の家ではあるけど、完全にいつもの家事モードに入ってしまいそうだ。俺、割と家事手伝いの仕事とかが向いているのかもしれない。
「……理来」
「お、二葉か」
使用済みの食器の山が消滅し、元の高級感を取り戻したキッチン。そこに置かれた冷蔵庫の中身を確認していると、寝間着姿の二葉がやってきた。寝間着には猫耳としっぽがついている。かわいい。
「家が綺麗すぎて、夢かと思った」
「そんな大した事はしてないよ。掃除に必要なものは粗方揃ってたからさ、後はいつも通り掃除するだけで問題なかった」
「私の部屋の掃除もお願いしようかな……」
「流石にそこは管轄外だろ」
下着を洗濯する時だってめちゃくちゃ悩んだんだからな。
「それで、今は何してるの?」
「腹が減り過ぎて死にそうだから夕飯でも作ろうかなって。……あ、勝手に食材使ったらダメだよな。すまん」
「別にいい。どうせ彩三以外使わないから」
「じゃあ彩三さんに許可とった方がよくね?」
「食材を全部ミキサーにかけて飲むだけ。どうせなくなったらランニングついでに勝手に買ってくる」
「食材への冒涜じゃん……」
食材をミキサーにかけて飲む人ってスポーツ漫画とかではたまに見るけど、まさか本当に存在したとは。
「ん? 妹さんしか使わないって、二葉とお姉さんは普段何を食べてるんだ?」
「私はこれ」
そう言って二葉が指差したのは、冷蔵庫の横に重ねられている段ボール箱。掃除をしている時に気になっていたが、これは……
「完全栄養食……え、マジでこれしか食ってないの?」
「必要な栄養素はこれで取れる」
「マジかよ……」
そんな壊滅的な飯だけでそんなに立派に成長できたのか? ……いや、今のは割と普通に最低だ。絶対に口には出さないようにしよう。
「お姉さんは何を食べてるんだ?」
「料理する時間がもったいないからって、インスタントのご飯を温めて食べてるはず」
「豪邸に住んでるくせに飯が質素!」
あの食器の山はインスタントの料理を盛り付ける用かよ! どおりでタレ系の汚れが多いと思ったわ!
冒涜スムージーに完全栄養食にインスタント食品。お金持ちとは思えない、完全に終わっている食事の数々。
……なんだかムカついてきたな。世の中にはたくさん美味しいものがあるってのに、それを食べずに過ごしているだなんて。
「分かった。今からみんなの分も飯を作るから待っててくれ」
「え。でも私、もうご飯は食べてる……」
「そんなの飯を食った内に入らねえよ! いいから、リビングで待っててくれ。そんなディストピア的固形物なんかじゃ味わえない、最高の料理ってやつを味わわせてやるから!」
せっかく泊めてもらうんだ。俺にできるお礼的な感じで、美味しい飯を振舞わせてもらおう。
★★★
「へいお待ち!」
「おおおおおお……!」
テーブルの上に並べられた料理の数々を見て、二葉が目をキラキラと輝かせる。
野菜ばっかりだったのと、豚肉がいくつかあったので、今回のメニューは全体的に中華で固めさせていただいた。特に自信があるのは酢豚だ。我ながら完璧な味付けを実現させられたと思う。
俺はテーブルに四人分のグラスを置きながら、
「二葉。他の二人を呼んできてもらえるか?」
「分かった」
びしっ、と親指を立て、姉妹の部屋へと小走りで向かう二葉。
――一分と経たない内に戻ってきた。
「ダメ。二人とも自主トレに夢中で反応がない」
「そうか。なら邪魔しちゃ悪いな。二人で食べようか」
「ん」
二葉は俺のテーブル向かいにある椅子にちょこんと座る。その反動で大きな胸が揺れたが、あえて気にしない振りをした。くそっ、心臓に悪いありがとうございます。
「全部美味しそう。家でこんな料理が食べられると思わなかった」
「それなら後で料理を教えようか?」
「いいの?」
「俺がいるのは明日までだし、一、二品ぐらいな学んでおいて損はないだろ」
「嬉しい。……でも、この後はゲームの練習がある」
しゅん……と露骨に落ち込む二葉さん。そういえばプロゲーマーだったな。
「それなら、レシピを書いてまとめておくよ。そのまま作れば、どんな素人でもちゃんとした料理が作れるはずだ」
「ありがとう」
「じゃ、早く食べようぜ。せっかく作ったのに冷えちまったら意味ないし」
「いただきます」
二葉は軽く手を合わせ、そして早速酢豚に箸を伸ばす。持ち上げた豚肉からタレが流れていくが、それを小皿で受け止めつつ、彼女は小さな口でかぶりついた。
「ん! ふぉいひい!」
「あはは、食べながら喋るなって」
「――ごくんっ。これ美味しい!」
「そりゃよかった」
……自分の作った料理で誰かが喜んでくれるなんて、何年ぶりだろうか。
あまりの嬉しさに、つい捻くれた言葉を返してしまった。
「理来も食べるべき」
「そりゃ俺も食うけども、調理中に味見してるから美味い事は分かってるぞ」
「今の美味しさを共有したい。はい、あーん」
二葉は新たな豚肉を箸で掴むと、そのまま俺の口の方へ運ぼうとしてくる。かの有名な「あーん」のポーズだ。
「い、いや、自分で食えるから大丈夫だって」
「……私に食べさせられるのは嫌?」
「ねえもうそれ分かってやってるよな!?」
「? どういう事?」
「素なのかよ!」
素でここまで可愛いとか反則過ぎる。
彼女の厚意を無下にするのは罪悪感半端ないので、大人しく「あーん」を受け入れる事にした。
「あ、あー……あむっ」
「どう? 美味しい?」
「ごくんっ。……美味しいよ」
「ふふっ、よかった」
二葉が、笑った。
いつも表情が変わらない鉄面皮。クラスでも静かで、常に無表情のままゲーム画面を見つめている、あの二葉が。
俺に向かって、子どものような笑みを浮かべた。
「…………」
「理来? どうしたの?」
「っ! な、何でもない。さ、冷める前に全部食べちまおうぜ!」
「?」
誤魔化すように、白米を胃袋へとかきこんでいく。
まさか、言えるはずがないじゃないか。
君の笑顔につい見惚れてしまった、だなんて。
【あとがき】
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まだまだ続きますので、引き続き本作をどうぞよろしくお願いします!