第55話 アクティブデート
「――はじめ!」
学校から家へと戻り、いつものように家族みんなで夕飯を食べた少し後。
今日はただの勉強ではなく、俺の作ったテストを彩三が解くという実戦形式のレッスンを行っていた。
「っ……!」
テスト用紙を凝視しながら、筆を走らせていく彩三。以前のような迷いはあまり見られず、解答欄を滑らかに埋めていっている。
「――そこまで!」
「……ふぅぅ」
俺が終了の合図を送ると、彩三は緊張を解すかのように息を深く吐いた。
彩三が凝った体を解す中、俺は彼女の答案を採点していく。
「ふむ……おお、凄い。全問正解してるじゃないか」
「本当ですか? 今回のは自信ありましたからね!」
「ここのところ毎日頑張ってるもんな。確実に成績が向上しているぞ」
「えへへ……」
俺に褒められて嬉しいのか、ほにゃりと表情を緩める彩三。こういう時だけはいつものからかい好きな彩三さんじゃなく、年相応の可愛らしい素直な後輩になるから不思議なものだ。ギャップでついドキッとしてしまいそうになる。
緩んだ頬を抑えてニヤニヤしている彩三の頭に、俺は静かに手を乗せる。
「よく頑張ったな。この調子なら赤点回避も夢じゃないぞ」
「っ……ま、まーあ? あたしが本気を出せばこれぐらい余裕ですよ!」
ふふん、と赤い顔のまま得意げに笑う彩三。
最近気づいたことだけど、彩三は褒められて伸びるタイプだ。だから、せっかくいい感じで成績を伸ばせている今、もっと彼女の自己肯定感を上げてやるべきだろう。
そのために、何をするべきか。
俺は数秒ほど思考の渦に意識を沈めた後、
「よし、テストで満点を取ったし、何かご褒美をあげよう」
「ご褒美ですか?」
「ああ。普段厳しく勉強を教えてるから、こういう時ぐらいアメが必要だろうと思ってな。何か俺にしてほしいこととかあるか?」
まあ、凡人の俺が天才アスリート且つお金持ちの令嬢でもある彼女にできることなんてそう多くはないと思うけど。
「センパイにしてほしいこと……それって、どんなことでもいいんですか?」
「倫理に反しないことなら、ある程度は」
「チッ」
「オイコラ何だ今の舌打ち」
「あら、何のことでしょう? 気のせいではありませんか?」
「いきなり令嬢としての猫を被るな」
そもそも学校にいる時にそんなキャラを演じたことないだろ。
「冗談ですよ、冗談。でも、センパイにやって欲しいことはあります」
彩三は細指でペンをもてあそびながら、
「センパイ、今度の休日って空いてますか?」
「家事以外やることないから空いてるっちゃあ空いてるな」
「よかった! じゃあ――」
もったいぶったように言葉を伸ばしながら、彩三は俺に向かってとびっきりの笑顔を向ける。
「あたしとデートしてください!」
「おう、いいぞ。……なんて?」
★★★
そんなこんなで彩三とデートをすることになりました。
この前一夜さんとデートをしたばっかりで、次は彩三ともデートをすることになるとは。俺はもしかしたら前世で世界を救ったのかもしれない。
とはいえ、一夜さんの時とは違い、(仮だったとはいえ)恋人同士のデートじゃあない。男女が一緒に遊ぶことをデートだと言っているだけに違いないのだ。
その証拠に――
「今日はいっぱい体を動かしましょうね!」
――スポーツウェアに身を包んだ彩三が目の前でストレッチをしているのだから。
俺が彩三に連れてこられたのは、博多駅近辺にある複合型レジャー施設。ゲームセンターだけじゃなく、いろんなスポーツができるエリアが併設された超大型の屋内遊戯専門の施設だ。
半袖のトップスに同じく半袖の短パンを身に着け、しなやかな足を包み込むように漆黒のレギンスを履いている完全なるスポーティモードな彩三。アスリート故のスタイルの良さがこれでもかという程に強調されていて、中々に目のやり場に困る状態だ。
対して、俺はどこにでも売っていそうな野暮ったいジャージで身を包んでいる。野暮ったいとはいえ、天王洲家御用達のスポーツ用品店で買ったものなのでお値段は中々のものだったりする。
彩三は足首を軽く回しながら、
「ここ、ずっと気になってたんですよねー。でも、全然行く機会がなかったので、センパイが一緒に来てくれて助かりました」
「友達とかと来ればよかったんじゃないか?」
「あたしの体力についてこられる子、周りにいないんですよねー」
「俺も普通に無理だと思うけど……?」
「センパイはほら、多少無理させても問題ないですから!」
「どういう意味じゃコラ」
「あはは。まあ、でも、ご褒美をくれるって言ってくれたでしょう? だから、今日はあたしの無理に付き合ってもらおうかなって」
要するに、ずっと興味のあったレジャー施設で一緒に遊んでくれる相手になって欲しかったということか。
今回は彩三へのご褒美だし、俺が何でもすると言ってしまった以上、ここで駄々をこねるのは話が違うだろうな。
それに、憧れの施設を前に目を輝かせている彩三をがっかりさせるなんて、サポーターとしてのプライドが許さない。
「分かった。彩三の体力についていけるように頑張るよ。だから、今日は悔いのないように全力で楽しもうぜ」
「そうこなくっちゃです。じゃあじゃあ、ストレッチが終わったら、早速アレで遊びましょう!」
そう言って、彩三が指さした方向にあったのは――ローラースケート場だった。
「ローラースケートってやったことなくって。あ、もちろん、やるからには足に負担が出ないように気を付けながらやるつもりですよ?」
「……俺もやったことないなぁ」
「本当ですか? じゃあお互いに初めてですね! やりましょやりましょ」
ローラースケートかぁ……普通のスケートですらやったことないけど、果たして俺にあの高難易度スポーツをこなすことが出来るのか。
……ええい、覚悟を決めろ加賀谷理来! お前は彩三のためなら何でもできる、だろう!?
「オッケー。ちょうどストレッチも終わったし、早速やろうぜ。俺の華麗なスケーティングを見せてやるよ」
「お。大きく出ましたねぇ。それじゃあ競走しましょう、競走!」
「ふっ……陸上じゃないなら俺にも勝機がある。目にもの見せてやるぜ!」
かくして、俺と彩三によるローラースケート勝負の幕が上がったのだった。