第51話 すやすやタイム
午前の授業をいつも通りのんびりと乗り越え、迎えた昼休み。
「さて……」
「理来? どこに行くの?」
椅子から立ち上がろうとした俺に、隣の席の二葉が声をかけてきた。
「彩三に弁当を届けに行こうと思ってさ。彩三、弁当を受け取る前に家を出て行ったから、渡す暇がなかったんだよ」
「私も行こうかな」
「ぱぱっと済ませてくるから一人で大丈夫だよ」
「でも、理来一人より、姉の私がいた方が悪目立ちしない」
「弁当渡すだけだし大丈夫じゃないか?」
「私もいた方がいい」
二葉は俺の言葉を遮るように主張しながら距離を詰めてきた。何故だろう、今ここで彼女を邪険に扱うべきじゃないという空気を感じる。正確には、周囲のクラスメイト達から「二葉さんが行きたいって言ってんだから連れて行ってやれよ」という圧がぶつけられている気がする。
「分かった。じゃあ、彩三のところまで一緒に行ってくれるか?」
「(こくり)。理来を彩三のところまで完璧にエスコートしてみせる」
ふんす、と両手を握りながらやる気を見せる二葉。小動物みたいで可愛いなぁ。
『チッ……加賀谷がイイ奴じゃなかったら博多湾に沈めていたところだ』
『あの可愛い笑顔は絶対に俺たちには向けられないんだよな……おかしくね?』
『カガヤコロスカガヤコロスカガヤコロス……』
『二葉さん×加賀谷くん、ね……閃いた!』
「さ、さあ、彩三のところへ行こうか! 一刻も早く!」
「うん」
周りから聞こえてくる怨嗟(じゃないものもある気がする)を無視しながら、俺は弁当片手に二葉と共に教室を後にした。
★★★
彩三の在籍している一年生の教室は俺たち二年生の教室とは別のフロアにある。
弁当を持ったまま階段を降り、一年生のフロアに出ると、そこには二年生のフロアとは違った初々しい空気が流れていた。
「うっ、空気が若い……」
「私達と一歳しか変わらないよ?」
「一歳という差は小さいようであまりにも大きいのだよ二葉くん」
「よく分からない……」
ふざけて年寄りくさいことを言ってみたが、どうやら二葉には通じなかったらしい。あんまり冗談とか言うタイプじゃないもんな、二葉って。冗談を言っているようで実は本音ですというのが二葉という女の子だし。
「えーっと、彩三のクラスはー……確かあそこだな」
「クラスまで覚えてるの?」
「前に来たことあるからな」
まさか違う学年の教室にこんな短期間に二度も来ることになるとは思わなかったけど。
「じゃあぱぱっと届けちまうか。すんませーん」
教室の扉を開くと同時に中に向かって声をかける。一年生たちの視線が一斉にこちらへと集中してきたせいで、思わずたじろぎそうになった。
「あ。アミアミのセンパイさんやん」
「君は確か……ふくちゃんだっけ」
「名前覚えてくれとったと? ふむ……アミアミの言う通り、女たらしっちゃね」
「あいつは俺のことをどういうやつだと説明してんだ!?」
「冗談とよ、冗談」
彩三の知り合いだと前に紹介された女子生徒――ふくちゃんは俺のツッコミに対し、楽しそうに笑う。
「それで、今日は何しに来たん? その……アミアミのお姉さんも一緒みたいやけど」
「こんにちは」
「あ、こんにちはー。知っとったけど、アミアミとは違うタイプっちゃね」
「私には彩三みたいな可愛げはない」
「俺からすると二人とも可愛いけどな」
「っ……あ、ありがと……」
「やっぱり女たらしやないと?」
言いがかりにもほどがある。
「まあ、二葉を褒めるのは一旦置いといて、だ。彩三はいるか? あいつに弁当を届けに来たんだけど」
「おるのはおるっちゃけど……反応は出来んと思うとよ?」
「どういうことだ?」
「アミアミ、今絶賛爆睡中ったい」
そう言って、教室の中央付近を指さすふくちゃん。
そこには、机に突っ伏して爆睡している彩三の姿があった。
「すぅ……すぅ……」
「午前の授業が終わった途端に夢の世界へレッツゴーしたとよね。夜遅くまで勉強しとったらしいけん、みんなで寝かせてあげとるとよ」
「そういえばそうだったな」
「大会も近いらしいけん、忙しいんやろうけど……無理だけはせんでほしかー」
彩三のことを本気で心配してくれているのであろうふくちゃん。本当にいい友達だな。
んー、これは彩三のことは起こさない方がいいかな。弁当を渡すついでに勉強を教えようと思ってたけど、このまま寝かせておいてあげる方がいいだろう。
俺はふくちゃんに彩三の弁当を差し出しながら、
「起こすのも忍びないし、彩三が起きたらこれを渡しておいてくれないか?」
「了解ばい。センパイさんからの愛のこもったお弁当だよ、って渡しとくったい」
「余計な枕詞必要ないからね?」
それを理由にまたからかわれる未来しか見えねえし。
「じゃ、俺たちは教室に戻るよ。またな、ふくちゃん」
「いつでも遊びに来てほしかー。アミアミも喜ぶと思うったい」
「あはは。善処するよ」
他学年の教室ってやけに緊張するから、そんなに多い頻度で遊びに来ることは難しいだろうけども。
俺はふくちゃんに手を振りながら、二葉と共に一年生の教室から廊下へと出る。
しっかし、会話が盛り上がってしまったから思っていたよりも時間がない。教室に戻ったとしても弁当をかき込む羽目になりそうだ。
「ごめんな。付き合ってもらったせいで飯を食う時間がギリギリになっちまった」
「大丈夫。授業中にご飯を食べればいいから」
「それは流石にやめておこうな?」
天上天下唯我独尊な二葉さんに、俺は思わずツッコミを入れるのだった。