第4話 天才たちに詰められてます
天才ピアニストの天王洲一夜さんの甲高い悲鳴が響いてから数分後。
部屋着に着替えた一夜さんと彩三さん、そして制服を着たままの二葉とともにリビングのダイニングテーブルに集まっていた。ちなみに、俺の隣に二葉が座っているため、初対面の長女と三女の怒り顔が正面からはっきり見えてしまう形だ。控えめに言って、今すぐこの家から出ていきたい。
「……二葉。この人は誰なの?」
「理来。私のクラスメイト」
「どうして家に連れてきたの?」
「困ってたから」
「……あなたねぇ」
呆れのため息を零しながら、眉間にしわを寄せる一夜さん。駄目だよ二葉。もっと詳しく説明しないと。それじゃあ何も伝わらないって。
相変わらず言葉足らずの二葉の代わりに、俺は自分の境遇の説明を開始する。
「えっと、実は俺の家が火事で全焼しちゃいまして。親父が次の家の用意を進めてくれているんですけど、それまでの間、公園で野宿しようとしていたんです」
「…………」
あ、清楚で完璧だと名高い天才ピアニストが本気でドン引きしてる。
「公園のベンチを寝床替わりにしようとしていたところで、お宅の二葉さんが俺に声をかけてきて……公園で寝るぐらいなら自分の家に泊まればいい、と提案してくれて今に至ります」
「……な、なるほどね。えっと、その……大変だったのね、あなた……」
「大変というか不幸すぎるよねー」
「あはは。不幸には割と慣れてますけど、家がなくなるのはちょっとかなりビビりましたね」
「笑い事じゃないでしょ……」
やばい。重い話だからなるべく明るく話そうとしたのに裏目に出てしまった。
一夜さんは視線を数秒さ迷わせた後、再び俺の目を真っ直ぐと見つめる。
「事情は分かりました。でも、流石に認める訳にはいきません」
「どうして?」
「どうしてって……二葉あなた、ここには私たちしか住んでいないのよ?」
「パパとママはアメリカに住んでるから、知ってる」
そういえば、彼女達の両親は世界的に有名な映画監督と女優だった気がする。一家全員天才揃いかよ。怖すぎるだろ。
「女性しか住んでいない家に、同年代の男性を泊める訳にはいかないでしょう?」
「そこのセンパイがあたし達に手を出せるようなプレイボーイには見えないけどなぁ」
「彩三は黙ってて」
「はーい」
「でも、困ってたから」
「別にここじゃなくたって、他のところに泊まってもらえばいいじゃない。ホテルでもネカフェでもいろいろあるでしょう?」
「あ、ちなみに通帳もカードも焼けたので一文無しっすね」
「…………」
余計な不幸情報を追加してくんな、と一夜さんの顔にバッチリ書かれていた。いやそんな顔されても事実だからしょうがないし。
「部屋は余ってるから問題ない」
「そういう話じゃないんだってば」
「あたしは面白ければどっちでもいいよー」
三姉妹が俺を巡って言い争いを始めてしまった。なんだか凄く申し訳ないけど、ここで二葉の意見が却下されてしまったら、俺は再び公園に戻されてしまう。それだけは何としてでも避けなくては。
何か打開策はないかな、とあたりを見渡してみる。
(……ずっと思ってたけど、この家……めちゃくちゃ散らかってるな!?)
あの有名人の家がまさかそんなゴミ部屋みたいになるはずがない、と意識をなるべく逸らすようにしていたけど、やっぱり汚い。台所は使用済みの食器で地獄と化しているし、床には衣服が散乱している。あのめちゃくちゃデカいブラジャーは二葉のモノだろうか?
片づけたい。無性にこの家を片付けたい。家が綺麗になれば、彼女たちも嬉しいはず……あ。
ひとつ、いいアイディアが思いついた。受け入れてもらえるか分からないが、とりあえず提案してみようか。
「あのー……」
「なに?」
「?」
「どうしたのー?」
言い争いの真っ最中だったはずの美少女たちがピシャリと会話を止め、一斉に俺の方を振り向いた。かなり怖かったが、我慢して話を続けていく。
「俺も、タダで泊めてもらおうとは思っていません。なので、これは提案なのですが……泊めてもらう代わりに俺がこの家の掃除をする、というのはどうでしょうか?」
「……それは私たちの家が汚いと言っているのかしら?」
「え、普通に汚いでしょ。床にゴミとか落ちてるし」
「っ!?」
あ、やべ。つい本音をそのまま口に出しちまった。機嫌を損ねたら終わりなのに!
「あ、その、汚いと言ってもですね、高貴な汚さというか、三人も人がいてここまで掃除ができないのはむしろ才能というか……」
「センパイはアレだね。言い訳の才能が欠片もないね」
仰る通りだと思います。
「と、とにかく、泊めてもらえれば、俺がこの家を綺麗にします! 新居みたいな美しさに! だから、今日だけ泊めてもらえませんか?」
「掃除……してくれるのは嬉しいけど、でも、男の人を泊めるのは……」
俺の提案がちょっと響いたのか、さっきと違って悩む様子を見せる一夜さん。
もう一押しすればいけそうなので次なる一手を考えていると、彩三さんが手をひらひらと振りながら、軽そうな笑顔で長女の言葉を遮った。
「いいんじゃない? あたしはさんせーい」
「彩三!」
「一夜姉、あたし達が日本に残って三人暮らしする条件覚えてる? パパから出されたやつ」
「天才の名に恥じない生活を維持する事、でしょう?」
「そ。で、その経過報告をするのが、確か明日の朝じゃなかったっけ?」
「え」
一夜さんは一瞬固まった後、慌てた様子でスマホを取り出し、何かを確認し始めた。多分アレはスケジュールを確認しているな。
「ほ、本当だわ……すっかり忘れてた……」
「私も忘れてた」
「やっぱし。あたし達だけの力で、この家を片付けるの……正直無理くない?」
「無理ゲー」
「そ、それは……いつもはピアノのレッスンとかコンサートで忙しかったから……」
「というか、あたしは掃除なんてやりたくない」
オイ。
「だから、一日泊めてあげるだけでこの家を綺麗にしてもらえるなら、あたしはむしろ好条件だと思うなー。ま、本当に新居同様に綺麗にできるなら、ですけど」
そう言って、彩三さんは俺を見ながら悪戯っぽく舌を出した。追い込まれているのは自分達のはずなのに、いったい何なんだその余裕は。
しかし、これはいい流れだ。家を掃除するだけで宿を手に入れられるのだから。
「任せてください! この加賀谷理来に二言はありません!」
「おー、センパイやる気じゅうぶーん」
「応援してる、理来」
「……あ~~~も~~~……背に腹は代えられないわね」
一夜さんは机を思い切り叩き、勢いよく立ち上がると、
「加賀谷理来といったわね? あなたの提案を受け入れましょう。ただし、与えるのは最低限の衣食住と掃除する権利だけ! それ以上のことをしようとしたら、即刻追い出しますからね!?」
「分かってますって」
俺の一人暮らしスキルを役に立てる時だ。
男に二言はない。俺の鍛え上げられた家事スキルを、この人たちに見せつけてやる!
凡人だって、やる時はやるんだからな!
【あとがき】
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まだまだ続きますので、引き続き本作をどうぞよろしくお願いします!