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第47話 家庭教師の始まり


 家庭教師として勉強を教える事になった俺。

 ちょうど運動場の整備のために部活が休みになったとのことだったので、俺は彩三と二人で学校の図書室に集まっていた。


「よろしくお願いします、センパイ! いや、こういう場合はセンセイって呼んだ方がいいですかね?」

「呼びやすい方でいいよ」

「じゃあセンパイで! ……あ。声は小さく、ですよね」


 周囲に視線をやりながら、唇の前で人差し指を立てる。彩三。わざわざ「しーっ」と静かにするジェスチャーをするところが可愛らしい。

 俺は勉強道具を広げながら、


「とりあえず今日は数学を教えようか。自分で提案しといてなんだけど、こういうことは二葉とか一夜さんとかの方が得意そうだよな」

「あの二人は教えるのヘタクソだから無理だと思いますよ」

「え、そうなの?」


 二葉ならともかく、一夜さんはそういうの得意そうだけど。


「一姉は『頭に入るまでとにかくやれ! 地道な努力こそが成功の道!』なスパルタ派ですし、二姉は『これはがーっと解いてざざっと計算すればいい』みたいなことを言う感覚派ですからね」

「なんというか、天才っぽいなそれ……」

「っぽいというかガチの天才なんですよ。……あたしと違って」

「ん? すまん、最後なんて言った? 声が小さくて聞き取れなかった」

「いえいえ別に。ただの独り言なんで気にしないでください」


 なんだか不穏な感じがしたけど……まぁいいか。


「それじゃあ、まずは試験範囲を教えてくれるか?」

「しけん……はんい……?」

「……今日の夕飯はアスパラガスオンリーにしようか?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいね! 友達に聞くので! 大豆だけは嫌だーっ!」


 大慌てでスマホを操作し始める彩三。ちなみに、何でこんなに嫌がっているのかというと、彼女はアスパラガスが苦手だからである。

 以前、二葉から天王洲三姉妹に嫌いなものはないと聞いていたんだけど……まあ誰しも他人に話したくない秘密ってのはあるだろうしな。


「分かりました! 試験範囲は教科書の20ページから50ページまでみたいです! え、多くない!?」

「本当に授業聞いてなかったんだな……」


 授業中に先生から一度伝えられているはずだろ。


「期末試験まで一か月ぐらいしかないのに……そんな短期間で30ページ分も覚えられるわけないですってばー!」

「大丈夫だ。数学は公式さえ覚えてしまえば、後はどんな問題が来ても対応できるもんだから」

「公式! それなら大丈夫ですよ! みはじですよね、みはじ!」

「君はまだ義務教育の真っただ中にいるのか?」


 ちなみに「きはじ」と言うところもあるらしいぞ。


「仮にも高校生なんだからもっと知識は蓄えておいて欲しいものだけど」

「だって……ずっと陸上だけしてきたんですもん……」

「スポーツにだって算数とか数学を生かすことはあるだろ」

「あたし、そういうのは全部感覚で乗り越えてきたので。えっへん」

「残念さと凄さが悲しい感じで相殺されてない?」


 やっぱり俺なんかとは根っこのスペックが違うんだろうなあ。


「とりあえず、教科書に載ってる例題を解いてみてくれるか? 君がどれぐらいの学力なのかを簡単に把握したいからさ」

「分かりました!」

「制限時間は五分で。それじゃあスタート!」


 俺の号令の直後、彩三はシャーペンを持ち、ノートに数式を書き始め――


「無理です!」

「まだ十秒も経ってねえよ!」


 ――教科書とシャーペンを放り投げた。

 両手を天に掲げる、文字通りお手上げのジェスチャーをする彩三に、俺は思わず軽い頭痛を覚えてしまう。


「これ、一年生で習う範囲の初歩も初歩だぞ?」

「だ、だって全然分かんないんですもん……あたし、数字を見てると眠くなってきちゃって……」

「なるほど……」


 これはかなり重症かもしれない。

 数式を解く以前の問題だ。この状況から赤点回避を目指すとなると……うん、そうだな。


「社会人の陸上チームに入る方向で話を進めてみないか?」

「教える前から諦めるのやめてください!」

「それか先生に交渉してみようぜ。陸上をもっと頑張るので勉強は多めに見てくださいって」

「もうその提案はしてるんですよ!」


 してるんかい。


「でも『推薦組でも勉強の成績は一定数必要だからダメ』って一蹴されちゃって……」

「そういえば推薦組だったっけ」

「一姉と二姉は違いますけどね。お父さんの会社がスポンサーやってるからここの高校にしたって言ってましたし」

「へぇー……え、マジで?」

「知らなかったんですか? ここの理事長ってお父さんの昔からの友人で、お父さんがスポンサーとして出資してるんですよ」


 知らなかった。自分の親が学校のスポンサーをやってるってどんな感覚なんだろうか。美人で秀でた特技を持っててしかも父親が学校のスポンサーなんだから、アイドル的に周囲から崇められるのも当然なのかもしれない。


「それなら、お父様に陸上に集中したいって伝えたらいいんじゃないのか?」

「無理ですね。そういう我儘は言ってはいけないことになってるんで。あくまでも他の生徒と同じように扱う、って入学前に口を酸っぱくして言われちゃいました」

「確かに、変に贔屓されてもいいことはあんまりなさそうだよな」

「それはそうなんですけどー、融通を利かせられないのも面倒なんですよぉ。だって、あたしは陸上をするためにここに来たんですよ? なのに勉強をしろとか意味分からないです」


 彩三は上げていた手を頭に置き、癖っ毛をくしゃりと握る。


「勉強する暇があったら、その時間を使って走っていたいのに……」


 普段の明るさからは考えられないほどに沈んだ声で、彼女は呟く。

 勉強の苦手なところを潰していけば大丈夫だろうと思っていたけど、これは中々に苦戦しそうだ。

 そもそも勉強自体が嫌いなんだから、まずは勉強というものに興味を持ってもらう事から始めるべきかもしれない。


「……すいません。あたしの方から家庭教師を頼んだのに……」


 そう言って、やや俯く彩三。

 ああ、俺は本当に駄目な奴だ。彼女にこんな顔をさせてしまうだなんて。

 考えるだけ考えて、その後行動に移すのが遅いのが俺の悪い癖だ。

 彼女にこんな顔をさせる前に勉強を教え始めておくべきだった。


「大丈夫。俺に任せてくれ」


 自分の反省会はまた今度にして、まずは彼女の勉強に集中しよう。

 彼女を大会に出場させる事こそが、サポーターの俺の役目なのだから。


 ★★★


 彩三に勉強を教え始めてから一時間ほどが経った頃。


「今日はこのぐらいにしておこうか」

「にゃあん……や、やっと終わりましたぁ……もう無理~~」


 勉強道具を放り出しながら長机の上に突っ伏す彩三。目はぐるりぐるりと回っており、頭の上からは湯気が吹き上がっていた。


「お疲れ様。苦手な割によく頑張ったじゃないか」

「えへへぇ……センパイのおかげですよ。問題を陸上と絡めてくれたおかげで、一人でやるよりもずっと頭に入ってきやすかったですから」


 疲れているせいか、いつもよりも素直な彩三。普段からこれぐらい可愛げがあればいいんだけど。


「まだ勉強には慣れませんけど、この調子なら試験範囲もこなせちゃうかもしれません!」

「大会に出られるように一緒に頑張っていこうな」

「はい! センパイ!」


 こういう時は、軽口であろうとも「まだまだそのレベルじゃないけどな」みたいなことを言ってはいけない。

 今必要なのは、彼女のやる気をとにかく上げていくこと。世の中には怒らないとやる気が出せない人もいるが、彩三はそのタイプじゃない。よって、ポジティブな言葉をかけることで彼女のやる気を底上げしていく必要がある。


「でも、センパイの貴重な時間をあたしのために使わせちゃって……申し訳ないです」

「気にするなって。君達をサポートするのが俺の役目なんだからさ」

「っ……ま、まあ、それなら問題ないですね! あたし専属の家庭教師をこれからも頑張ってもらいますよ!」


 何故か顔を赤くしながら、いつものように生意気なことを言ってくる彩三。

 まだまだ必要なレベルには達していないけど、彼女にやる気を出させる方法が分かったのは僥倖だ。この調子で家庭教師を頑張っていかなくてはな。

 彩三は目にも留まらぬ速さで勉強道具を鞄にしまうと、


「よーっし。勉強したら走りたくなってきました。センパイ! 家まであたしと競走しましょう!」

「君のスピードに合わせたら足千切れるわ!」

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