第46話 呼び出し
「ここなら誰にも邪魔されませんね」
彩三に連れてこられたのは理科準備室だった。休み時間だからか、隣接している理科室には誰もおらず、この準備室にも当然、俺達以外の人は見当たらない。どうしてここを選んだのかを彩三に尋ねたところ、ここは扉の鍵が壊れていて自由に出入りができるから、とのこと。割とグレーゾーンな気がするけど、二人きりで話せる打って付けの場所だということには変わりないので、今回は見逃すことにした。
「そ、それで……あたしに大事な話って……?」
背中側で指を絡め、頬を赤く染めながらもじもじと体を捩じらせる彩三。やっぱり何か勘違いをされているような気がする。ここはあえて直接的に言い回しをした方が、これ以上誤解されずに済むかもしれないな。
「話というのは、君の成績についてだ」
「はいっ! ………………はい?」
「君はこのままだと部活に参加できなくなってしまう。だから、俺で良ければ勉強を教えてあげるけどどうする? っていう提案をしようと思ってさ」
「………………え゛」
そんなに嫌そうな声を出さなくてもよくない?
「もしかして、話ってそれですか?」
「ああ。俺は君たち三姉妹のサポーターだからな。。君が陸上を続けられるように、勉学の面でサポートしようかなと」
「大事な話って……」
「そこは君が勝手に勘違いしただけかな……」
ある意味大事な話ではあるけれども。
「そうですか……はぁぁぁ。大事な話っていうから、センパイがあたしに告白するのかもってちょっと期待したのになー」
「あはは。面白い冗談だな」
「……はぁ。ほんとこの鈍感センパイは」
「なんか今凄く不名誉なことを言わなかったか?」
「いーいえ? 気のせいじゃないですかぁ?」
おかしいな。顔は笑っているのに目が全く笑っていない。
「でも、センパイがあたしのことを心配してくれてたのは嬉しいです。本当はあたしのこと、好きなんじゃないですか?」
「好きだよ。当たり前だろ」
「えっ!? ちょっ、そんないきなり――」
「彩三だけじゃなくて、一夜さんも二葉も……俺にとっては大切で大好きな家族だからな!」
「…………あ、はい。どうせそんなことだろうとオモッテマシタ」
彩三はそれはもう大きな大きな溜息を漏らすと、
「ま、いいです。そんなことより、センパイが天才であるこのあたしに勉強なんて教えられるんですかぁ?」
「言っておくけど、これでも俺、この前のテストでちゃんと学年100位以内には入ってるんだぜ」
「え、何事もそこそこなことに定評がある自称凡人のセンパイが!?」
「酷い言い草だなオイ」
何の取柄もないからこそ家事と勉強だけは頑張っているというのに。
「学年上位になれって言われてるわけじゃないんだろ? 平均点を超えるレベルでいいんだから、俺でもなんとかできるはずだ」
「教えてもらえるのは助かりますけど、センパイにそんな時間あるんですか? いつも家事とかで忙しそうにしてるのに……」
「そんな心配しなくてもいいんだよ」
不安そうな彩三の頭にぽすんと手を置き、軽く撫でる。
「家族なんだからもっと気楽に甘えてくれていいんだよ」
「センパイ……」
彩三はくすぐったそうに目を細めた後、どこか照れ臭そうな笑顔を浮かべた。
「仕方がないですねぇ。センパイがそこまで言うなら、あたし専属の家庭教師になってもらいましょうか!」
――そういう訳で、俺の家庭教師生活が開始されたのだった。