第45話 一年生の教室
午前の授業を終え、昼休み。
俺は二葉に行先を伝え、彩三の所属するクラスの教室へとやってきていた。ちなみに、二葉は俺と一緒に昼飯が食えないことを残念がっていたが、すぐにソシャゲのデイリーミッションの消化を始めていた。相変わらずマイペースな天才ゲーマーである。
(違う学年の教室ってなんか緊張するよなぁ)
同じ学年だったらそこまで緊張しないのに。どうして学年が変わるだけでこんなに気持ちが揺らぐのだろうか。もし俺が大学に進学して研究室に入ることになったら、このことについての論文をまとめようと思う。
(さて、いつまでもここで突っ立ってるわけにもいかんし、そろそろ入るか)
教室どころか廊下全体が一年生の領域なせいで、さっきから異常な量の視線をぶつけられているし。そんなに奇異の視線を向けないでください。俺は悪目立ちしない、平々凡々かつ人畜無害な一般男子高校生なんです。
深呼吸を三回ほど挟み、意を決して扉を開く。
直後。三十人程度の後輩たちの視線が一斉に俺に向けられた。
「っ。あ、あのー……」
「そのネクタイん色、二年生やんね?」
彩三の名前を出す前に急に声をかけられ、思わず言葉を止めてしまう。
俺に話しかけてきたのは、ふわふわウェーブで長めの茶髪が目立つ女子生徒。身長は百六十後半ぐらいだろうか? 胸も大きくて足も長く、かなりのモデル体型だ。
謎の後輩は大きな胸を揺らしながら、翡翠色の瞳に俺の顔を映す。
「誰に用があるん? 呼んでこようか? あ、敬語じゃないとまずいかいな」
「君が話しやすい方でいいよ。そんなに大それた人間でもないし」
「ふぅん……アミアミが言っとった通り、謙虚な人なんね」
「アミアミって……彩三のことか?」
「そ。アミアミ、いつも先輩のこと話してくれるんよ。今朝だって――」
「ふくちゃん!!!!!」
博多弁でぺらぺらとマシンガンのように言葉を並べる女子生徒を遮るように轟く絶叫。この声を聞き間違えるはずがない。今回の目的である天王洲彩三その人だ。
彩三は教室の奥から早歩きで入り口までやってくると、何故か顔を真っ赤にしながら、ふくちゃんと呼ばれた女子生徒の肩に手を置いた。
「センパイに何を吹き込もうとしてるの!?」
「何って……アミアミが嬉しそうに話しとったけん、そのお裾分けをしようとしとっただけやん」
「よりにもよってセンパイに話すのは違うでしょ!?」
「ふふ。アミアミ、顔真っ赤になっとーよ?」
「誰のせいだ誰の!」
俺をからかってはクスクスと笑ってくるからかい上手の彩三さんが完全に手玉に取られていた。どうやら上には上がいるらしい。
「まーぁ、アミアミが来たんならウチは席に戻ろうかいな。お弁当食べなあかんし。アミアミと一緒にお昼を食べる予定だったとよ? よよよ……」
「え、そうだったのか? それじゃあ、彩三への用事は別にまたの機会でも……」
「最初から今日用事があるって伝えたんで大丈夫です! もう、ふくちゃん。センパイを困らせないで!」
「いつもその先輩を困らせとるのは誰なん? 聞いとった話とちゃうわぁ」
「も~~~~~~~~~~~!!!!!」
彩三はイライラを発散するかのように髪を掻きむしると、俺の手を掴んできた。
「場所を変えましょう! ここだと目立っちゃうんで!」
「お、おう」
「愛しの先輩と二人きりになりたいん?」
「そんなんじゃないし!」
「そういうことにしとくばい。ほな、センパイ、またー」
教室から離れる俺たちをひらひらと手を振りながら見送るふくちゃん。嵐のような後輩だったが……とりあえず、彩三の面白い姿が見られたからヨシとしよう。