第44話 いい雰囲気
(……さて、と)
慌ただしい朝を終え、無事に学校へと到着した後。
隣の席で一心不乱に格ゲーの最高難易度CPUを相手に新しいコンボを試している二葉を横目で見つつ、俺は鞄からスマホを取り出した。
(メッセージを送れば見てくれるかね?)
送信先はもちろん、現在陸上の活動制限の危機に陥っている彩三だ。彼女は人当たりがかなり良くて、それ故に教室でも常に友人に囲まれているという話を聞く。スマホでメッセージの確認をする暇なんてないかもしれない。
本当は家にいる時に話をしたかったんだけど、一夜さんと二葉に気付かれないように彩三に接触するのは至難の業だった。実質不可能と言っても過言じゃない。だからこうして、学校に着くなりスマホで連絡を取ろうとしている訳である。
(文面は簡潔に……とりあえず用事がある旨を伝えればいいか)
頭の中で文章を組み立て、スマホをタップして文面を形成していく。
『話したいことがある。今日の昼休みに、時間を貰えたりするか?』
「送信、っと……」
いつ返信が来るかは分からないけど、ひとまずはこれでいいだろ――
――ブブブブブッ!!!
「え、なになになに?」
机の上にスマホを置こうとした途端、凄まじい速度で震え始めた。慌てて画面を確認すると、そこには彩三からの大量の返信が。
『センパイがあたしに用事?』
『時間は空けられますけど、どうしたんですか?』
『もしかして二人きりですか? 一姉と二姉はいない?』
『えっと、トイレで髪とか直す時間ってもらえたりします?』
『それとも教室で待ってた方がいいですかね!?』
『大事な話ってことですよね……』
『こ、心の準備だけしておきます!』
一を送ったら百ぐらい返ってきた件について。あと誰も大事な話とまでは言っていないぞ、彩三よ。
とにかく、まずは誤解を解いておこう。俺はシンプルに成績についての話がしたいだけなんだ。
『そこまでかしこまらなくていいよ。ただ二人きりで話したいだけだから』
『二人きり……な、なるほど。心の準備だけしておきますね!』
『え? いや、別にそこまでは……』
『とりあえず教室で待っておきますね!』
『あ、うん。じゃあそれで……』
『了解です! すいません、もうHR始まっちゃうんで! では昼休みに!』
勢いのままにやり取りを終わらせられてしまった。というか、いつもとキャラが違いすぎるだろ。先輩を煽り散らかす天王寺彩三はいったいどこへ行ってしまったんだ。
しかし、誤解を解けなかったのは大誤算だ。仕方がないので後でちゃんと話しておくことにしよう。いくら彩三が不真面目とはいえ、HR中にスマホを見るような真似はしないだろうし。
スマホを鞄にしまうべく、机の横に視線を向ける。
「…………」
至近距離から二葉がこちらを真っ直ぐ見つめてきていた。
あまりの近さに思わずびくぅっ! と仰け反ってしまう。
「ど、どうしたんだ?」
「誰とやり取りしてたの?」
「え、えっと、彩三とだよ」
「どんな話をしてたの?」
「それは……」
一夜さんと二葉に知られないようにわざわざメッセージアプリを掴んだから、ここは正直に言うべきじゃあないな。嘘を吐くわけにもいかないし、有耶無耶な感じで誤魔化しておくとするか。
「彩三から相談したい事があるって言われてさ。だから、昼休みにちょっと彩三に会ってくる」
「相談……?」
「俺も詳しくは聞いてないんだ」
「なるほど……あの子、あまり自分のことは話してくれないから。誰かに相談するのって、珍しい」
確かに。言われてみれば、他人には積極的に関わろうとするけど、自分のことを率先して話すようなイメージは彩三にはない。せいぜい「あたしってカワイイですよね?」とアピールするぐらいのものだ。
「理来のことを信頼してる証」
「そうだったら嬉しいね」
「でも、私の方が理来を信頼してる。私が一番」
「そ、そうか。ありがとう」
ずずい、っと顔を近づけてくる二葉さん。どうでもいいけど、前傾姿勢になっているせいで二葉の大きな双丘が俺の太ももを何度も掠めて大変よろしくない気持ちにさせられている。頼む、動揺するな俺の理性。二葉は家族。家族にそんな邪な気持ちを抱くだなんて、ゼッタイダメ。
「彩三のこと、お願い。理来なら、どうにかしてくれるって信じてる」
「凡人の俺に出来る範囲で頑張るよ」
「理来は凡人じゃない。私達にとっては、特別」
「そ、そうか。ありがとう」
二葉は思った事をすぐにそのまま口にするから、今のは間違いなく彼女の本心なのだろう。だからこそ、真正面から褒められると凄く照れ臭く思ってしまう。
二葉からもこうして期待されてる以上、俺にできることを十全にやろう。うん、彩三がまたちゃんと陸上に集中できるように、しっかりとサポートしなくては。
「……いい雰囲気になっているところ悪いのだが、HRを初めてもいいかね?」
「っ!? す、すいません大丈夫です!」
「いい雰囲気……イチャイチャする?」
「二葉さんはちょっと黙ってようか!」
注意ついでに肩を竦める担任教師と、二葉の言葉を受けて殺気を放ってくるクラスメイト達に、俺はとりあえず深々と頭を下げるのだった。