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第42話 いつも通りの朝


 天王洲家に居候中の平々凡々な男子高校生こと俺、加賀谷理来の朝は早い。


「ふわぁ……眠ィ……」


 時刻は朝五時を回った辺り。寝ぼけ眼を擦りながら、俺は自室の扉を開ける。


「確か冷蔵庫に卵があったから朝食にそれを使うとして……弁当はどうしようかな……」


 階段を下りた先のリビングを通り抜け、キッチンへと移動。やけにデカい冷蔵庫を開け、中に所狭しと並べられている食材たちを確認する。

 昨日、寝る前に仕込んでおいた煮つけがいい感じに完成していることに気付き、つい笑みが漏れてしまう。


「さて、じゃあ弁当作るか」


 天王洲三姉妹は学園きっての天才女子高生たちだ。

 天才ピアニスト、天王洲一夜。

 天才ゲーマー、天王洲二葉。

 天才アスリート、天王洲彩三。

 それぞれ異なる分野の天才である彼女達は、当然のことながら必要とする栄養素にも違いがある。つまるところ、三人共通の弁当ではダメという話なのだ。

 三姉妹それぞれに適した弁当を作ること。

 それが、居候兼サポーターである俺のこなすべき仕事なのである。


「彩三の弁当はたんぱく質多めにして……」


 一夜さんと二葉と比べて、彩三の弁当はより栄養素のバランスが求められる。俺は陸上に詳しくないから、これでもかなり頑張って勉強した。彼女の求めるレベルに達しているかは分からないけど、ある程度は満足してもらえているはずだ――と淡い願望を抱いていたり。

 鮭に塩コショウで下味をつけ、小麦粉を全体にまぶした後、粉チーズを混ぜたとき卵に浸す。その後にフライパンに入れたら弱火にかけて、数分焼いたら――鮭のピカタの完成だ。タンパク質を摂取するには持ってこいの料理。我ながら、今回も会心の出来である。

 鮭のピカタを弁当に敷き詰め、空白のスペースに刻んだアスパラガスをそっと添える。

 と。


「うげ、アスパラガス……」


 スポーツウェアを身に纏った彩三がキッチンに顔を出しに来た。おそらく、日課のランニングに向かおうとしているんだろう。三姉妹の中で最も早起きである彼女は、俺が弁当を作っているところにこうして顔を出すことがお約束となっている。

 アスパラガスを見て心底嫌そうな顔を浮かべる彩三に、俺は元気よく挨拶をする。


「おはよう、彩三。昨日はよく眠れたか?」

「一姉に三時間ぐらい説教され続けたんで最悪でしたよ。ずっと正座してたから足も痺れましたし……足はあたしの商売道具なんですけど!」

「彩三のことが心配なんだよ」

「そうですかね? 途中からめちゃくちゃイイ笑顔を浮かべていた気がするんですが」

「……多分ちょっと楽しくなっちゃっただけだよ」

「それフォローになってませんよ」


 一夜さんはサディストな節があるからな……つい興が乗ってしまう事だってあるだろう。暗黒微笑を浮かべながら彩三を嬉しそうに説教する一夜さんの姿が簡単に想像できてしまうし。

 彩三はダイニングキッチンの向こう側からくるりと回り、俺に肩をぶつけるように移動する。


「あのぅ、このアスパラガスなんですけどぉ……お肉に変えてほしいなって思いましてぇ……できれば牛肉なんかが嬉しいなって……」

「分かった。下の段は全部アスパラガスにしておくよ」

「そんなこと一言も言ってませんよねぇ!? ノー、アスパラガス! イエス、ポーク!」

「牛肉はポークじゃなくてビーフだからな」


 いくら勉強が苦手とはいえ、それぐらいは言えてほしいものである。


「栄養バランスを考えて弁当を作ってほしいって頼んできたのは君だろう」

「それはそうなんですけど……アスパラは苦いから……」

「好き嫌いはしちゃダメだよ。君がどれだけ苦情を入れようとも、今日は鮭とアスパラとそぼろご飯の三品です」

「ぐっ……可愛い後輩がこんなに頼んでいるのに……センパイの鬼! 悪魔! 鈍感!」

「誰が鈍感やねん」


 前の二つはまあ受け入れてやるにしても、最後のだけは聞き逃せない。他人の感情に対する察しの良さには定評があるというのに。


「いやいや、誰がどう見ても鈍感でしょう」

「何でだよ。これでも俺は小学生の頃に『周りを気遣う事が出来て偉いです』って通信簿に書かれてたぐらいなんだからな?」

「あたしの言ってる鈍感ってそういうことじゃないんですけど……はぁ。これじゃあ二姉も苦労しますね。可哀そうに」

「何でそこで二葉の名前が出てくるんだ?」

「鈍感じゃないならあたしに聞く前に気付いてくださーい」


 悪戯っぽく笑いながらそう言う彩三。そろそろ会話が切り上げられそうな気配を感じた俺は、先に別で用意していたものを慌てて彼女に差し出す。


「ランニングに行くならこれを持っていきな。水筒とタオル。ちゃんと中はスポドリにしてやってるから」

「いつもありがとうございます。でも、これぐらい自分で用意するのに……」

「これも俺の仕事の内だよ」


 天才美少女三姉妹をサポートするのが、俺に与えられた役目であり義務であるのだから。


「(……そこで仕事って言っちゃうところがダメなんですけど)」

「何か言ったか?」

「やっぱり鈍感だなって言ったんですー」


 また鈍感と言われてしまった。今の流れのどこにそんな要素があったんだ……?


「センパイはもうちょっと自分のことを客観視するべきだと思います」

「俺のことを……?」

「これ以上は何も言いません。それじゃ、いってきますね」

「あ、ああ。いってらっしゃい」


 戸惑う俺に元気よく手を振りながら、彩三は日課のランニングへと向かうのだった。



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