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第41話 大会に出られない理由


 時は少し前までさかのぼる。


「あたし……もしかしたら、来月の大会……出られないかもしれません」


 俺こと加賀谷理来を天王洲家の家族として受け入れようの会の後片付けをしている最中のことだった。

 天王洲三姉妹の次女である天王洲二葉と並んで食器を洗っていた俺に、三女の天王洲彩三がそんなことを言ってきたのだ。


「大会に出られないかもって……いきなりどうしたんだよ。具合でも悪いのか?」

「いえ、見ての通りバリバリの健康体です」

「じゃあ何で出られないかもって話になるんだよ」

「えっと……それは、ですね……」


 顔の前で両手の人差し指を何度も付け離ししながら、気まずそうに視線を彷徨わせる彩三。


「や、やっぱり何でもないです! 今のは忘れてください!」

「いや無理だろ。いいから話してみろって」

「何か悩みがあるなら相談してほしい。家族なんだから」

「うぐっ……二人の親切心が心に突き刺さる……で、でも、大丈夫です。これぐらい一人で解決できますから!」


 明らかに強がりだ。長い付き合いではないけど、それぐらい俺にも分かる。


「俺に悩みを一人で抱え込むなって言ってくれたのは君達だろ? なら、君も俺に相談するべきだろ。違うか?」

「そうなんですけど……それはそうなんですけど……ちょっと言い辛いといいますか……一姉に知られたらまずいといいますか……」

「本当にどうしたんだよ」


 一夜さん関係か? でも、一夜さんが原因で彩三が大会に出られなくなるという理論が分からない。


「や、やっぱり大丈夫です。かなりしょうもないことですので、みんなの手を煩わせる程でもありません。自分で何とかしますよ!」

「そ、そうか? でも、やばくなる前に相談してくれよ。普通に心配だからさ」

「はい! 一姉に知られる前に何とか自分で解決してみせます!」

「へぇ。どうやって解決するつもり?」

「まだ何も思いついていませんが、やれるだけやってみようと思います。やはりまずは……って、ん?」


 違和感に気付いたのか、彩三はゆっくりと後ろを振り返る。

 そこには、満面の笑みを顔に張り付けた長女・天王洲一夜さんの姿があった。それはもう、惚れ惚れするほどに見事な仁王立ちだった。


「…………すいません、あたしまだ片付けの続きがあるんで」

「片付けよりも先に話す事があるでしょう?」

「べ、別にないよ。もう解決したから」

「リビングに行くわよ、彩三」

「ゴミを早く捨てないとコバエが湧いちゃうから……」

「彩三」

「…………仰せのままに」


 ★


「それで? 隠し事は何?」


 場所は変わり、未だに飾り付けの跡が残っているリビングにて。

 天王洲三姉妹と俺はダイニングテーブルを挟み、互いに向かい合っていた。


「そ、その前に、部屋着に着替えちゃ駄目? あたし、まだマイクロビキニ着てるから、全然シリアスになり切れないんだけど……」

「駄目よ。あなただけが着替えたら、バニースーツを着ている私達が惨めになるじゃない」

「お言葉ですが全員着替えてきたらいいのでは?」


 あまりにも自然体だったので何故か受け入れていたが、そういえば王様ゲームが終わってから誰も着替えていないんだった。

 バニーとバニーとマイクロビキニというアホみたいな三人は、思わずツッコミを入れてしまった俺を無視して話を続ける。


「天王洲家の人間にとって、公の場で結果を残すことは義務であり使命です。それは理解しているわよね?」

「うん。あたし達はそれぞれの分野で常にトップにいなければならない、だよね」

「私は気にしたことないけど」

「話がこじれるから二葉は黙ってなさい」

「んっ……」


 一夜さんからぴしゃりと言われた二葉は流れるように両手で己の口を塞ぐ。どうでもいいけど、それでは呼吸が苦しいのではないだろうか。


「それなら、大会に出られないということがどれだけ大問題なのか。これもわざわざ説明する必要はないわよね?」

「もちろん分かってるよ」

「じゃあ、何で出られないのかを説明しなさい」

「…………怒らない?」

「私を何だと思っているの。そう簡単には怒らないわよ。だから話してみなさい?」

「うん……分かった」


 そこで一旦言葉を止め、深呼吸を挟む彩三。

 そして一夜さんの目を真っ直ぐに見つめながら、彼女は苦笑交じりにこう言った。


「実はここ最近、テストが赤点続きで……次の中間考査で赤点を回避できなかったら、期末考査までは部活への参加を禁止されて、代わりに補講を受けないといけないみたいなんだよね。あはは……」

「…………彩三、私の部屋に来なさい」


 一夜さんは流れる水の如き滑らかさで椅子から立ち上がると、そのまま彩三の腕をむんずと掴んだ。手首に血管が浮き出ているし……これはかなりキレているな。


「待って! 怒らないって言ったよね?」

「怒ってはいないわ。ただ、お説教が必要と思っただけ」

「それを怒ってるって言うんだけど!?」

「いいから来なさい。片付けは二葉と理来に任せればいいから」

「い、いやっ、離して……握力強ォッ!? ピアニストの握力ヤバすぎない!?」


 呆然とする俺と二葉を他所に、彩三は一夜さんの手によってずるずると引きずられていく。


「た、たすっ……助けて二姉!」

「無理。彩三は反省するべき」

「センパイ!」

「ごめん。今からリビングの掃除しないといけないから」

「可愛い後輩よりも掃除の方が大事だと!? 考え直してくださいセンパイ! あたし嫌です、こういう時の一姉はめちゃくちゃ怖いって知ってるんですから!」

「口の利き方も一緒に叩き直してあげるわね」

「いやぁああああああっ! ヘルプミー! ヘルプミィイイイイイイ!」


 大粒の涙を流しながら悲鳴を響かせる陸上バカ。

 結局その日、彼女が一夜さんの部屋から出てくることはなかった。



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