第3話 天才たちの意外な姿
「ここが私の家」
「うわでっか」
心の声が一切の躊躇いなく口から零れてしまった。俺の口の門を守っているヤツはそろそろクビにしないといけないかもしれない。
公園で天王洲さんから「ウチに来る?」と提案された後、流石に申し訳なさすぎるので一度断ったのだが……
『……もしかして、私の家は嫌?』
なんて小首を傾げながら言われたもんだから断ることなどできなかった。美少女のお願いは断れない。これまさに年頃の男子高校生の宿命である。
「なぁ、天王洲さん。本当に良かったのか? 俺なんかを家に泊めるなんて」
「二葉」
「へ?」
「天王洲じゃ私かどうか分からない」
確かに。彼女はには他に姉妹もいるから、名字呼びだと判別がつかなくなるか。……今は彼女しかいないんだからあんまり関係ない気がするけど。
「いやでもほら、名前呼びするような関係じゃないし」
「同じクラスなのに?」
「俺が一方的に話しかけてただけだし」
「これから私の家に泊まるのに?」
「えーっと、えーっと、他にはだな……」
「私の名前呼ぶの、嫌?」
だからそれがずるいんだよなー。そんな今にも掻き消えそうな声で言われてしまったら、断れないじゃないか。
「二葉さんは、本当に俺を家に泊めて良かったのか?」
「呼び捨てでいい」
「……二葉は、本当に俺を家に泊めて良かったのか?」
「公園で野宿して死なれるよりまし」
「死なれるよりって……」
確かにまだ夜は寒いし、防寒具もなしにあんなところで寝たら死ぬかもしれないけども。
「人間は脆い。走っただけで死んじゃうこともある」
「いや流石にそれは貧弱すぎるだろ」
「そんなことない。人間は走れるようにはできてない」
「あなたの妹さん、陸上部のエースでしたよね……?」
そんな会話をしていて、ふと思い出す。
天才プロゲーマーの天王洲二葉。ゲームの申し子で、勉強は学年一位を誇る天才児。だが、はたして運動の方は……?
「そういえば、二葉って体育の成績はどうなんだ?」
「……そんなのは存在しない」
「あるだろ。昨日だって体育の授業あっただろ」
「記憶にない」
「……なるほどなるほど」
「何を分かった顔してるの?」
口を尖らせながら、俺の顔を覗き込んでくる二葉。なんだか段々と彼女の表情の変化が分かってきた気がするな。
俺は二葉に満面の笑みを向けながら、
「二葉って運動音痴なんだな」
「……………………」
きゅっ、と口を一文字に結ぶ二葉。これはあれだ、図星の反応だ。
「天才サマにも苦手なことがあるんだな」
「別に、苦手な事ぐらいある。それに――」
二葉は俺から目を逸らす。
「――自分の事を天才だなんて、思った事ない」
そう言う彼女が今、どんな表情を浮かべているのか……顔を逸らされているので、その詳細までは分からない。
でも、少し落ち込んでいる――それだけはよく分かった。
「あー……すまん。今のは俺の言い方が悪かった。天才サマ、だなんて言われても気分良くないよな」
「言われ慣れてるから、構わない」
「慣れてても、嫌なもんは嫌なんだろ? もう絶対に言わないよ。気を付ける」
相手が自分とは住む世界の違う人間だからって、悪く言っていい理由にはならない。勝手に才能の壁を意識して、勝手に突き放すような言い方をされて、嬉しい人間などいる訳がない。
ばつが悪くて、つい頭を搔いてしまう。
挙動不審な俺がおかしかったのか、二葉は俺を見上げながら、小さく噴き出した。
「……ふふっ。加賀谷くん、やっぱり優しい」
「理来」
「え……」
「さっき、自分の事を呼び捨てにするように言ってきたろ? それなら俺の事も名前で呼んでもらわなきゃイーブンじゃない」
「でも、他に加賀谷くんっていないし……」
「俺のクラスにも天王洲は一人しかいないぞ?」
「……前言撤回。かが……理来はいじわる」
「可愛い女の子をついいじめちまうのが男の悪癖だからな」
「かわっ……」
ぼんっ、と二葉の顔が真っ赤に染まった。
やべ。ついサラッと言っちまったが、普通に今のはセクハラだったか!?
「す、すまん」
「ん……だ、大丈夫。嫌じゃ、なかったから……」
「そ、そうか」
「うん」
「…………」
「…………」
く、空気が重い!
なんなんだこの付き合いたてのカップルみたいなぎこちなさは。ただクラスメイトと話をしているだけだろうに!
どうやってこの空気を変えようか、思考をぐるぐる回していたら、二葉が先にアクションを起こした。
「そ、そろそろウチに入ろ? ここじゃ身体が冷えちゃうから」
「あっ……ま、待て。まだ心の準備が……!」
空気を変えようとしたのか、二葉は俺の手を掴むや否や、門の中へと小走りで進み始めた。今更抵抗なんてしないけど、せめて深呼吸の時間ぐらい与えてほしい。
やけに広い庭を進み、玄関の前へと到着。
「どうぞ」
「お、お邪魔しまーす」
二葉が開いた扉をくぐり、家の中に入ると――
「彩三、私の部屋着知らない?」
「知らないよー。部屋に置いてきちゃったんじゃない? 一夜姉、忘れっぽいし」
「うぐっ……下着一枚で部屋の中を歩き回ってるズボラ女には言われたくないわよ」
「パンツだけで上半身裸の一姉にそっくりそのままお返ししますー」
――姉妹の残り二人があられもない姿で言い争いをしていた。
美少女で、天才で、住む世界が違う天上人が、下着姿で子供みたいな口論を繰り広げている。いつもの威厳なんて全く感じられない、普通で平凡な姉妹の姿がそこにはあった。つーか、妹の方はともかくとして、姉の方はタオルで胸を隠しているだけなんだが。清楚美人で通っているくせに、その片鱗すら見当たらない。
……きっとこれは夢だ。もしくは幻覚。俺をここまでつれてきた、天王洲二葉さんに聞いてみよう!
「……二葉。あれって、一夜さんと彩三さん?」
「そう」
「なんであんな格好で家の中うろついてんの……?」
「一夜姉は多分お風呂上り。彩三はいつも家では下着」
「えぇ……」
天才たちへのイメージが頭の中でガラガラと崩れ落ちるのを感じた。学校で神のように崇められていた人たちは一体どこに……。
受け入れがたい現実を前に呆然とする俺。
そんな俺を他所に、二葉は家の中にズカズカと入っていく。
「ただいま」
「あ、おかえりなさい二葉。今日もゲームセンターに、行って……」
長女が二葉の方を見た瞬間、バッチリ俺と目が合った。
「……お、お邪魔してまーす」
「…………」
バギリ、と石のように固まる一夜さん。
これから何が起きるかなんて考えるまでもなかった。
一夜さんの顔が赤くなるのは一瞬だった。
目尻に涙が浮かび、唇がわなわなと震え……そして次の瞬間、彼女の口から絹を裂くような悲鳴が放たれた。
【あとがき】
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