第35話 家族の理由
長女と次女が露出過多のバニーガールコスで目の前に立っていた。
「…………ああ、夢か」
「現実逃避はよくないですよセンパイ」
「これは流石に逃避したくもなるだろ」
心のない後輩にツッコミを入れつつ、自分の頬を軽くつねる。……普通に痛い。どうやら彼女の言う通りこれは夢ではないらしい。ぶっちゃけ、せめて夢であってほしかった。
「何やってんだよ二人とも」
「今日は理来が私たちと家族になった事をお祝いする日だから」
「お祝いと言えばバニーガールだって二葉が言ったのよ。だから、二葉のコレクションを借りて、我慢して着てるのに……胸が余るから抑えてないと脱げちゃいそうだし……」
「意味不明が群れを成して襲ってきてるんですけど」
ぶつけられている言葉の全てが理解できなかった。そもそも俺は彼女たちと家族になった覚えなんてない。
恥ずかしそうに身を縮こませる一夜さんとは対照的に、一切の照れなく堂々とした立ち振る舞いのまま二葉は俺に近寄り、そのまま腕に抱き着いてきた。ほぼ露出されている彼女の胸が押し付けられ、つい背筋が伸びてしまう。
「ちょっ……二葉!」
「今日は理来が主役。大丈夫、料理も家事も何もしなくていいから」
「そういう訳には……」
「いいから」
言葉を遮りながら、二葉は俺をダイニングテーブルへと引きずっていく。
テーブルの上にはたくさんの料理が並べられていた。こんな数の料理、昨日までは冷蔵庫に入っていなかったはずだけど……。
「朝一番で買ってきたのよ。いくつかは出前だけれどね」
そんな俺の疑問を察したのか、一夜さんが簡単に説明をしてくれた。ちなみに、未だに胸元を両手で隠している。
「買ってきたのはあたしですよー。あたしのこの健脚でね……」
「料理を選んだのは私。一姉はお金を出した」
「つまり、この料理はあたしたち姉妹からのプレゼントってことになりますね!」
一夜さんの言葉を引き継ぎながら、彩三は自分用の椅子に腰かけ、そして二葉は俺を椅子に座らせた。そのまま一夜さんと二葉も椅子に座り、いつもの食卓と同じような構図ができあがった――ってちょっと待て。
さっきから勝手に話が進んでいくけど、一番の疑問が一向に解決されていない。
「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」
「なによ」
「そもそもハッピー理来デーってなんですか……?」
少なくとも俺は祝日に認定されるような偉人になった覚えはない。
「彩三から聞いていないの? あなたが私たちと家族になったことをお祝いする日よ」
「聞きましたけど、そこが一番意味分からないんですよね」
そう、最も理解できないのはそこだ。
俺は彼女たちと家族になった覚えなんてないのだから。
「一緒の家に住まわせてもらっているだけで、俺はあくまでも他人ですよ」
言葉を一度吐き出したら、もう止まることはなかった。
まるで堰を切ったかのように、言葉があふれ出していく。
「みんなは天才で、特別で、非凡で……世間でも注目されてる有名人です。何のとりえもない俺とは歩んでいる人生のステージが違いすぎます」
こんなことを言ったって仕方がないのは分かっている。
でも、言わずにはいられなかった。
「それなのに、俺のことを家族って……やめてください。無理ですよ、無理なんです。みんなと家族になるなんて、あり得ないんです」
みんなはなぜか俺に優しくしてくれる。
だから、たまに勘違いしそうになっていた。
だってそれは、俺が母さんにしてもらえなかったことだから。
「だから、俺は――」
「はいはい。シリアスな自分語りはもういいから」
「…………はい?」
心の底から呆れた声で、言葉を完全に遮られてしまった。
思わず声のした方を見ると、そこには肩を竦める一夜さんがいた。
「あなたがお母様と再会して……まぁ、いろいろと悩んだのは知っているわ。だけれどね、それが私たちの家族になることとどう関係があるというの?」
「どうって……」
「この会はね、私たちがあなたを歓迎したいと考えて開いたものなの。そして私たちは、あなたを家族の一員として迎えたいと思っているの」
彼女の声は一ミリもブレていなかった。
それがさも当たり前かのように、一夜さんは言う。
「それにね、あなたが家族になりたくないとか言っても聞く耳なんて持たないから。何故なら、私たちはもう、あなたがいないと生きていけない体になっているんだからね!」
なに言ってんだこの人。
「あなたが家を掃除してくれないとまた汚部屋になってしまうし、あなたが料理を作ってくれないと栄養失調で倒れてしまうわ」
「うんうん。センパイがいないとまたスムージー生活に逆戻りになっちゃうよ」
「私も、理来がいないと……家にいてもつまらなくなっちゃうから……」
一夜さんの意味不明な主張に、何故か二葉と彩三も同意してきた。
突然の展開に言葉を何も発せない。俺は今、いったい何を聞かされているのだろうか。
「私たちをこんな風に変えた責任は取ってもらわないと」
「センパイには、これからずっと、ずーっと……あたしたちと一緒にいてもらわないと困るんですよね」
「理来のいない生活なんて考えられない」
みんなは真面目な顔で、俺に言う。
俺のことが、加賀谷理来が必要なのだと、真剣な態度で伝えてきた。
……そもそも俺は、どうしてずっと頑張ってきたんだっけ。
料理とか洗濯とか掃除とか、コミュニケーションとか勉強とか筋トレとか妹の世話とか親父のサポートとか……普通の学生ならやらないようなことに人生を捧げてきたのは、いったい何のためだったんだっけ。
「……あ」
答えは、すぐに頭に浮かんだ。
そうだ。
俺は。
母さんにずっと必要とされたかったんだ。
「……俺、母さんに褒めてもらいたかったんだ」
ぽつり、と呟きが漏れる。
「母さんに笑ってほしかったんだ」
目尻と唇がわなわなと震える。
「母さんと……家族になりたかったんだ……」
二度と叶うことのないその願いに、今さらながらに気づいてしまった。
心にふたをして、平気なふりをして、見ないふりをしてきたから。
そんな簡単な望みに、今の今まで気づくことすらできなかった。
「私たちは、あなたのお母様の代わりにはなれないわ」
涙で滲む視界の中で、一夜さんは聖母のような微笑みを浮かべる。
「でも、あなたを支えられる、そんな家族になってあげたい。これまでたくさん支えてきてもらったんだもの。そんな恩返しぐらい……させてもらえないかしら?」
ふと、肩に手を置かれた。
そちらを見ると、彩三が歯を見せながら笑っていた。
「センパイがお母様に褒められなかった分、あたしがセンパイのことを褒めてあげますよ! もちろん、その分からかいますけどね!」
ぎゅっ、とテーブルの上で誰かに手を握られた。
それは、向かいに座る二葉だった。
「理来、いつもありがとう。これからは、支えてもらうだけじゃなくて……家族として、私たちも理来を支えるね」
俺はすぐには何も言えなかった。
俺の口から零れるのは、情けない嗚咽だけ。
母親から必要とされない人生だった。
母親から愛されない人生だった。
でも、それはあくまでも過ぎたことだ。ずっとずっと引きずっていたって仕方がない。それを――みんなが教えてくれた。
ああ、いつまでもうじうじしてたら駄目だ。
これ以上過去を引きずっていたら、親父にも、妹にも笑われる。
俺を必要としてくれる人達がいる。
俺を愛してくれる人達がいる。
それなら、俺はそろそろ前に進まなくちゃいけない。
「……ありがとう、みんな。これから、改めて……よろしくお願いします」
「「「こちらこそ、どうぞよろしく!」」」
子供のような無邪気な笑顔で、彼女たちは言う。
服装のせいでいまいち気が緩んでしまうけど、こういうのも悪くないなって――そう、思えた。
【あとがき】
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