第34話 シリアスの時間は終わりだぜ!
目を覚ましたら、時刻は10時を回っていた。
「……マジかよ」
アラームはセットしていたはず。ということは、普通に聞き逃して寝過ごしてしまったというのか。今まで一度もアラームを無視したことのない、この俺が。
「そもそも、いつ寝たのかの記憶もねぇ……」
昨日あの後、二葉に外食をしてきてくれと頼んで、それから部屋に戻った。そしてベッドの上で寝転がり……そこから先の記憶がない。おそらく、メンタルが限界だったからそのまま寝落ちしてしまったんだろう。我ながら情けない話だ。
「今日学校だし、すぐに準備して行かないと……あ、その前に先生に遅刻の連絡を入れないとだ……」
何をするべきかは分かるのに、体が全く動こうとしない。ここ最近の無理がたたったのか、それとも昨日の一件のせいで完全に心身がグロッキーになってしまっているのか。おそらくは後者だろう。
「…………いいか、一日ぐらいサボっても」
どうせベッドから出たところで、すぐに登校できるわけじゃない。まず風呂に入らなくちゃいけないし、その後は飯だって食わなくてはならない。
世の遅刻者はこういう時、どうしているんだろうか……遅刻なんて初めての経験だから、急ぐべきなのかあえてマイペースに過ごすべきなのかもわからない。
「……とりあえず、また寝るか」
たまには自分のために行動したって罰は当たらないはずだ。
親父と妹が海外にいる時点で、国内においては天涯孤独の俺を心配する人なんて、どうせ誰もいないだろうし――
「おっっはよおおおおございまああああああああすっ!」
瞼を閉じて意識を再び闇の中に沈めようとした瞬間。
彩三が部屋の扉を蹴破りながらダイナミック入室してきた。
そのあまりの勢いに、俺は思わずベッドから体を起こしてしまう。
「うわあっ!? な、なになになに!?」
「シリアスの時間は終わりだぜ、センパイ!」
「いきなり何言ってんだ!? つか、学校はどうしたんだよ!」
「まーまーまーまー、そんな細かいことは今はいいじゃないですか!」
全然よくないだろ、という言葉を吐き出す前に、彩三がマシンガンのように言葉の続きを乱射する。
「それよりもすごい寝ぐせですね! 寝ぐせ姿のセンパイって初めて見ました! 超レアだー、写真撮らせてくださいね! はいチーズ! よしよし、後で二人にも送ってあげよーっと」
「ちょっ、待――」
「そんなことよりも朝ですよセンパイ! いや、昼って言った方が正しいかな? とにかくそろそろ起きてもらわないと!」
「待てって! マジで何なの? いつもはそんな風に起こしに来ないだろ。どうしたんだよ、本当に……」
様子がおかしいとかいうレベルじゃなかった。今の彩三は挙動不審に片足を突っ込んでしまっている。
状況がつかめず呆然とするしかない俺に、彩三はそれはもう無邪気な笑みを向けてきながら、
「今日は、ハッピーセンパイデーということになりました!」
「…………は?」
★★★
ハッピーセンパイデー。
「正確には、ハッピー理来デーなんですけどね」
「いや名前なんてどうでもいいんだけど……」
いきなり伝えられた謎の記念日にただただ困惑するしかない。
なんだよ、ハッピー理来デーって。あんなことがあったばっかりなのにハッピーもクソもねぇんだけど。
そんな俺の気持ちなんて知る由もない彩三は現在、俺の腕を引っ張りながら強引に部屋から引きずり出している真っ最中。俺はなんとか抵抗を試みたけど、インターハイ級のアスリートに力で勝てるわけもなく、そのままずるずると廊下を引きずられる結果となった。
「今日は私たち三姉妹がセンパイを喜ばせる日なんです」
「なに言ってるか全然分からない……そもそも学校はどうしたんだよ」
「家庭内で風邪が蔓延したので四人全員休みますって朝のうちに伝えておいたんでご安心ください!」
「なにも安心できねぇよ! そもそも、それじゃあ一夜さんと彩三が、俺と一緒に暮らしてることが他の連中にもバレるだろ!」
自ら暴露した二葉はともかくとして、別学年の一夜さんと彩三はまだ誤魔化しようがあったはずだ。
彩三は「んー」と真剣さの欠片もない相槌を打つと、
「別に、バレてもよくないですか?」
「いいわけないだろ。俺のせいで君たちが周りから変な目で見られたらどうするんだ」
「あははっ。あたしたちの心配をしてくれるだなんて、相変わらず優しいですねセンパイは」
でもまー気にする必要ないですよ、と言って、彩三は言葉を続ける。
「家族が同じ家で暮らすなんて、当たり前のことじゃないですか」
心臓が止まるかと思った。
そして同時に、腸が煮えくり返りそうだった。
やめろ、そんなことを言わないでくれ。
俺は君たちとは違うんだ。ひとりじゃ何もできない凡人で、何も成し遂げられない無能で、歴史に名を残すこともないただの一般人でしかないんだ。
俺を勘違いさせるようなことを言うのは、やめてくれ……。
「まあまあ、そういうつまらない話は後にしておきましょ。今日はとにかく、センパイにはたくさん楽しんでもらわないといけませんからね!」
「楽しむって……何をさせるつもりだよ」
「ふっふっふー。センパイはただ楽しんでくれればいいんです。何かをするのはあたしたちですからね!」
「はぁ……?」
「まーまー、見てみればわかりますよ!」
マジで意味が分からない。せめて説明ぐらいしてくれればいいのに。
彩三に引きずられるがまま廊下を通り、階段を下りていく。リビングが近づいてくるにつれて、なんだか賑やかな音楽が聞こえてき始めた。
「心の準備はいいですか、センパイ?」
「準備って……」
『混乱』の二文字が頭の中を縦横無尽に駆け回る。
階段を下り、曲がり角の向こうにあるリビングへと顔を出す。
直後。
パァーン! と目の前でクラッカーが勢い良く鳴らされた。
小さい銃口から放たれた紙吹雪や紙テープが俺の頭の上から降り注ぐ。
しかし、注目するべきところはそこではない。
クラッカーを鳴らした二人の美少女。
天才ピアニストと天才ゲーマーは、何故か――
「理来。天王洲家へようこそ」
「は、ハッピ、理来デー……うぅ……む、胸が零れちゃう……」
――露出過多のバニーガールコスに身を包んでいた。
【あとがき】
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まだまだ続きますので、引き続き本作をどうぞよろしくお願いします!