第31話 こんな日常がいつまでも
今日も今日とて、いつも通りの朝が始まる。
「彩三。今日の弁当、そこに置いておいたから忘れていかないようにな」
「やったー。いつもありがとうございますお母さん♪」
「誰がお母さんやねん」
「てへぺろっ」
俺のツッコミを受けた彩三は、片目を瞑りながら悪戯っぽく舌を出す。この家に来てからもう一週間以上経っているけど、相変わらず俺は彩三から舐められたままだ。まあ、そういう関係も悪くはないんだけども。
「二葉、早く朝食を食べちゃいなさい。遅刻するわよ?」
「うん……もっきゅもっきゅ……ぐー……」
「ご飯を食べてる最中に寝るんじゃない!」
俺と彩三が漫才を繰り広げるすぐ近くのダイニングテーブルでは、長女と次女が朝食を囲んで違うベクトルの漫才を展開していた。二葉のやつ、また遅くまでゲームしていたのか。今度から夜更かしさせないために0時になったら「寝る時間ですよー」と言いに行く必要があるかもしれない。
一夜さんが二葉にぱぱっとご飯を食べさせ、慌てた三姉妹が洗面所を渋滞させながらドタバタと登校の準備を終わらせていく。俺は優雅にコーヒーを飲みながらその様子をただただ見守る。
そして三十分が経過したぐらいの頃、ようやく学校モードの三姉妹が爆誕した。
「よし。今から出れば余裕で間に合うわね」
「それならもっと寝てたかった」
「駄目に決まってるでしょう」
「二姉は夜更かしをやめればいいのにー。あたしみたいに早起きしよう?」
「絶対にイヤ」
わいわいと雑談を繰り広げながら靴を履き、家を出る三姉妹。俺は忘れ物がないかの確認をし、誰よりも最後に扉をくぐる。
「もー、遅いですよセンパーイ」
「理来は私達が忘れ物をしていないかを確認してくれてるのよ。そんなこと言わない」
「ぶー。一姉なんだかセンパイに優しくない?」
「き、気のせいじゃないかしら」
「理来。いつもありがとう」
「これぐらい大したことじゃないけど、そのお礼はありがたく受け取っておこうじゃあないか」
玄関の外で待っていた三姉妹に迎えられ、そしてそのまま門をくぐる。
いつも通りの、すっかり慣れ切ってしまった平日の朝。
俺だけ部外者ではあるけど、本当の家族になれたかのようなこの時間が、最近は本当に嬉しくてたまらない。
こんな時間がずっと続けばいいのにと、隣を歩く三姉妹の顔を見ながら、俺は切実に思うのだった。
★★★
「私、今日は理来と一緒に帰りたい」
放課後。ホームルームが終わったのでいそいそと帰り支度を進めていると、隣の席から二葉がそんなことを言ってきた。
「今日はゲーセン行かないのか?」
「店内清掃でお休み。だから今日は家でゲームをやる予定」
「そっか。家に帰る前に買い物に行くけど、それでもいいか?」
「(こくり)。ポテチを補充したい」
「ジャンクフード食べ過ぎると太るぞー」
「女の子に太るは禁止」
「ごめんごめん」
ぽかぽかと肩を叩かれながら、二人で教室を出る。男子共からの鋭い視線が相変わらず痛いが、流石にもう慣れてきた。
「今日のご飯は何にするの?」
「うーん、どうすっかなぁ。朝テレビで見たパエリアが美味そうだったから、それでもいいんだよなぁ」
「私も一姉も彩三も好き嫌いはないから、何でもいい」
「そっか。そういえば二人は今日遅いのかね」
「彩三は部活だからいつもの時間だと思う。一姉はコンクールが近いから、遅くなるかもとは言ってた」
「にゃるほど。一応、帰る時間を送ってくださいーぐらい伝えておくか」
コンクール前で頑張ってるのか。それなら、今度一夜さんの好きなハンバーグを作ってあげないとな。
二葉とだらだら話しながら学校を出る。目的地は自宅の近くにあるスーパーマーケットだ。この時間から半額シールが貼られ始めるので、学校帰りの学生にとってはかなりありがたい場所である。
「そういえば、二葉はなんか大会とか近かったりするのか?」
「うーん……FPSの全国大会が来月にあるぐらい。ストリーマーとかVTuberの大型FPSコラボ配信には誘われたけど、面倒だから断ったし」
「え、そうなのか? 出ればいいのに」
「ああいう配信は気にすることが多くて疲れる。無駄な気苦労」
「まあ確かに面倒そうではあるよな」
誰が誰と絡むのが許せない、とか、この人を応援していたのにあの人が優勝するなんておかしい、とか、炎上する要素を挙げていけばキリがない。ゲームだけやっていたい二葉にとっては、確かに面倒なことこの上ないだろう。
「それに、私は知らない配信者より理来と一緒にゲームがしたい」
「俺よりああいう人たちの方がゲーム強いんじゃないか? ほら、この間のゲーセンでだって、俺は全戦全敗だったし」
「強さはどうでもいい。理来とやるゲームの方が楽しい」
「お、おう。そうか……」
二葉がたまにぶつけてくるクーデレ対応についドキドキしてしまう。こんなに可愛いクラスメイトから純粋な好意を向けられると勘違いしそうになる。世界レベルの天才ゲーマーが、俺みたいな平々凡々の男子高校生に惚れるなんてありえないから、勘違いの一線だけは越えずに済んではいるけども。
最近なんのゲームにハマっているのかとか、どんなプレイヤーが強かったか、みたいな話を繰り広げながら、帰り道を歩いていく。
――と。
「ん? ボール?」
すぐ近くの公園の入り口から、サッカーボールがコロコロと転がってきた。ボール遊び禁止の公園が多いこの時代にボール遊びなんて珍しいなと思いつつ、俺の足にぶつかったそれを両手で拾い上げ、公園の方に視線をやる。
そこには、一人の女性と一人の少年がいた。おそらく親子であろう彼女たちは、俺の方へと駆け足で近づいてきた。
「おにーちゃん、それおれのボールだよ!」
「こらっ。拾ってくれたんだからまずお礼を言いなさい」
「あ、そーだった! ありがとー、おにーちゃん!」
「ああ、いえ……どうぞ……」
「ありがとねー!」
ボールを渡すと、子供は元気な声を返してきた。きっと無邪気な笑顔を浮かべているんだろうけど、俺はそれを確認する事は出来なかった。
俺の視線が向いていたのは、子供ではなく母親の方。
「理来? どうしたの?」
ぼーっとしている俺を心配したのか、二葉が後ろから俺の名前を呼ぶ。だけど、俺はそれに返事をすることができなかった。
いつも通りの日常。何の変哲もない平日の放課後。
こんな時間がずっと続けばいいのにと、そう思っていたのに――
「……かあ、さん?」
「え? ……り、理来!?」
浮気が原因で親父と離婚した元母親が。
見覚えすらない子供と共に、俺の前に現れてしまった。
【あとがき】
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まだまだ続きますので、引き続き本作をどうぞよろしくお願いします!