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第29話 ラブラブカップルジュース

「お待たせしました、ラブラブカップルジュースでーす」


 一夜さんとのデートに本気を出す。

 さっき俺はそう決意した。したけれど……


(まさかここまでガッツリラブラブ感あふれる料理だったとは……)


 運ばれてきた飲み物は、なんかやけにデカいグラスに入ったピンク色のジュース。メニュー詳細には桃と書いてあった気がする。

 一番の特徴は、やはりジュースに深々と突き刺さったストローだろう。二本のストローがハート形を絡みついており、もうこれに口をつけるだけでラブラブカップルであることを全力全開で主張できる代物となっている。


「こ、これは……」


 案の定、ラブラブカップルジュースを前にした一夜さんが本気のドン引き顔をしていた。無理もない。このジュースに手を出せるのはカップルの中でも上位、イチャイチャちゅっちゅなカップルだけなのだし。


 だけど、俺はひるまない。

 だって俺は、一夜さんのために全力を出すと決めたのだから!


「一夜さん」

「な、なに?」

「俺はこっちから飲みますね」

「っ……そ、そうよね。頼んだのだから、ちゃんと飲まないといけないわよね……」


 片方のストローに口をつけ、一夜さんの方を見つめる。一夜さんは一夜さんで、もう片方のストローを咥えると、そのまま俺の方に視線を投げてきた。

 凡人と天才の視線が、完全に交錯する。


「……じゃ、じゃあ、写真でも撮りましょうか」

「そ、そうね」


 スマホを手に取り、カメラ機能をオンにする。

 どの構図で撮ろうか悩んでいると、様子を見ていた店員さんが小走りで駆け寄ってきた。


「よかったらお写真撮りましょうか?」

「あ、えと……じゃあ、お願いします」

「分かりましたっ。では、ラブラブちゅっちゅの合図でシャッターを押しますね」


 なんだそのふざけた合図は。


「ではいきますよー。さーん、にー、いーち……ラブラブちゅっちゅ!」


 パシャリ。

 店員さんからスマホを受け取り、写真を確認する。一夜さんもテーブルの向かいから俺のスマホの画面をのぞき込んできた。


「……なにこのバカップル。馬鹿じゃないの」

「現実を見ましょう一夜さん。これは俺達です」

「くっ……この私が、こんな頭の悪そうなお花畑カップルの真似事を……」


 言いすぎだろ。


「お写真、問題ありませんか?」

「あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます」

「いえいえー。それではごゆっくりー」


 手をひらひらと振りながら奥へと引っ込んでいく店員さん。店主はもう少し年を召されていたはずだけど、アルバイトか何かだろうか。

 店員さんがいなくなったところで、俺はジュースの方へと向き直る。なんか終わった感を出しているけど、まだ始まったばかりだ。俺達はこれから、この意味不明なぐらい大きいジュースを完飲せねばならない。


「ねえ、理来」

「なんですか?」

「さっきの写真なのだけれど……あ、後で、私のスマホにも、送っておいてくれないかしら?」

「え? 頭の悪そうなお花畑カップルの真似事の写真を?」

「悪かったわよ! さっきのは言い過ぎました!」


 あえて皮肉を込めてリピートしたらめちゃくちゃ謝られた。

 一夜さんは頬を赤く染めたまま、視線を横に逸らす。


「せ、せっかくデート中に撮った写真なんだから……もらっておかないと、もったいないでしょう……?」

「はぁ」

「そ、それに! 先生にちゃんとデートに行ってきましたって報告しないといけないしね! そうよ、これは報告用に欲しいのであって、別に個人的にその写真が欲しい訳じゃ……」

「そうなんですね」


 俺はストローからジュースを吸い、喉を若干湿らせると、



「でも、俺と一夜さんが初めて撮ったツーショ写真ですし、大事にはしたいっすよね」



「っ……あ、あなたはまた、そういう恥ずかしいことを平然と……」

「へ? 俺、なにかおかしなこと言いました?」

「……そうよね。あなたはそういう子だったわよね」


 何かよく分からないけど、いきなりエーミールみたいなこと言われた。心当たりがなさ過ぎる。

 俺はスマホを操作し、メッセージアプリ経由で一夜さんに先ほどの写真を送る。


「はい、送信完了です」

「ありがとう。……ふふっ。本当に、馬鹿みたいな写真だわ」


 自分が写った写真なのに、一夜さんはまた馬鹿にするような言葉を放つ。

 でも、さっきとは違って、写真を見つめる一夜さんはどこか嬉しそうに感じられた。






   ★★★





「ふぅ……やっと飲み終わった……」


 空になったグラスを見て、思わず大きなため息を漏らす俺。小食な方ではないという自覚はあるけど、今回のはめちゃくちゃきつかった。身体を少し揺らすだけで胃の中からちゃぽちゃぽという音が超えるレベルで量が多かった。


「ごめんなさい。ほとんど飲ませてしまったわね」

「いえいえ。こういうのは飲める方が飲むべきなんで」


 コンクール直前で一夜さんに無理をさせて倒れられるわけにもいかないしな。


「何かお礼をしなくっちゃ」

「なに言ってるんですか。今の俺達は恋人なんですよ。彼氏が彼女を助けるのは当然です」

「っ……」


 流石にちょっとセリフとしてわざとらしすぎたか。一夜さんも目を逸らしてしまった。こういうセリフ回しの使い時はいつなのか全然分からないですな。

 一夜さんは「んー」と顎に手を当てながら可愛らしく唸り、そして店内をぐるりと見渡す。


「そうだわ。お礼に、一曲弾いてあげる」

「え、いいんですか?」

「ええ。私が無償でピアノを弾いてあげる機会なんてそうそうないんだからね」

「やったー!」


 若き天才ピアニストの演奏がまた聴けるだなんて、俺はかなり運がいいな。


「じゃあ、ちょっと店員さんに許可をもらってくるから待っていて」

「ういっす」


 一夜さんは席を立つと、カウンターの近くにいた店員さんに話しかけ始めた。会話の内容までは聞き取れないけど、店員さんが驚いた後に一夜さんにサインを書いてもらっていたので、ピアノの使用許可は貰えそうな様子である。

 サインを後生大事に抱える店員さんに小さく手を振りながら、一夜さんはテーブルに戻ってくる。


「好きに使っていいみたい」

「なんか店員さん、色紙抱えて泣いてますけど……」

「あのアルバイトの子、私のファンなんですって。まさかこんな店に私が来るとは思わなくて、他人の空似だと思っていたと言っていたわ」


 アルバイトがこんな店とか言うなよ。店主がかわいそうだろ。


「それで、何か曲のリクエストはある? とはいっても、あなたはそんなにピアノには詳しくないか」

「まあそれはそうなんですけど……あ、じゃあ、あれがいいです。一夜さんが今度弾くっていう課題曲」

「別にいいけれど……まだ未完成よ?」

「大丈夫ですよ」


 不安そうな一夜さんに、俺は笑顔と共に親指を立てる。



「俺、一夜さんのピアノの演奏、好きですから!」



「っ……ふふ、あはは。なにそれ。じゃあ曲のリクエストなんて必要ないじゃない」

「ふふん。この前、一夜さんのピアノを聴いてから、すっかりファンになっちゃいましたからね。もう曲を聴けるだけで大歓喜ですよ」

「確かに、貧乏耳のあなたならどんな曲でも満足しそうだけれどね」


 貧乏耳って何? 貧乏舌の亜種みたいな感じ? めちゃくちゃからかわれてる気がするけど、微笑む一夜さんが可愛いからまあいいか……。


「じゃあ、演奏してくるわね」

「頑張ってください!」

「もちろん。でも、あまり心配はいらないわ」


 一夜さんは頬を掻きながら、子どもみたいに無邪気な笑みを浮かべる。


「あなたのおかげで、恋心がどういうものなのか――ちゃんと、理解できたから」



【あとがき】

読んでいただきありがとうございます!


もし「話が面白い!」「ヒロイン可愛い!」と思っていただけましたら

作品のフォロー、評価などしていただけるととても嬉しいです。


モチベーションが爆上がりになります!


まだまだ続きますので、引き続き本作をどうぞよろしくお願いします!

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