第27話 尾行中の妹たち
一姉とセンパイが、寂れた外観のお店の中に入っていった。
「くっ……流石に中までは追えないね……!」
深く被ったキャスケットにサングラス。おまけに髪型を隠すためのウィッグを装着したあたしは、二人が入っていったお店の向かいにある喫茶店の店内で、ぐぬぬと歯ぎしりをしていた。
「はぁ。グラウンドのメンテナンスで部活が休みになったから、暇潰しに二人の尾行をしに来たのに……これじゃ何も見えないよ!」
別に、一姉が抜け駆けをするのを黙って見過ごしたかったとか、そういう理由じゃ断じてない。ただ、センパイが一姉とのデートでどんなポカをやらかすのかを見たくてついてきただけ。そう、ただそれだけの理由だ。
――それにしても。
「何で二姉まで尾行に参加してきてるのさ。今日はゲーセンに行かなくてよかったの?」
変装なんて一切せず、学校帰りそのままの格好の二姉が、あたしのテーブル向かいに座っている。いつもなら暇さえあればスマホでゲームをしている二姉だけど、今は呪われたかのように道路向かいのお店を瞬き一つせず凝視している。もはやそういう類の妖怪か何かにしか見えない。
二姉はお店から視線を一ミリもずらさないまま、
「たまの休みは必要だから」
「ふぅん……で、本音は?」
「理来が私以外の女とどんなデートをするのか気になったから」
「本妻気取りじゃん」
二姉ってセンパイのこと好きなのかな。うぅん……本人の態度から察するに、普通に好きなんだろうなぁ。そもそも二姉、好意を隠そうともしてないし。何故かあの唐変木ド鈍感センパイには一切気付かれていないけど。
(でも、センパイのどこに惚れたんだろう)
二姉とセンパイは同じクラスだけど、それ以前の接点はほぼなかったって言ってたはず。なのに二姉はセンパイにやけに惚れている。何がきっかけになったのか、すごーく気になる。
あたしは予め注文していたレモネードを一口飲み、
「二姉って、センパイのどこに惚れたの?」
「惚れてる……かどうかは、分からない」
「あ、そうなの? どう見ても惚れてると思ってたのに」
「自分でもよく分からない。でも……」
二姉は店の方からあたしへと視線を向ける。
いつも堂々としている二姉にしては珍しく、その瞳は不安で揺れ動いていた。
「……理来が私以外の誰かとデートするのは、なんか嫌」
「二姉……」
それって、ガッツリ惚れてると思うよ。
喉から出かかったそんなツッコミを、ギリギリのところでレモネードと一緒に飲み込んだ。
★★★
一夜さんがピアノ以外の楽器にも精通しているというのは、あくまでも過去のインタビュー記事から得た知識だ。
故に、それが実際にはどうなのかまでは全然予想すらできていなかった。
だから――
「オーボエの最大の魅力はやっぱり独特の音色よね。この音色は他の管楽器では絶対に出せないのよ。言うなればそうね、神秘的とでも言うのかしら。哀愁漂う音とか甘い音色みたいに言う演奏家もいたりするわ。実はオーボエって独特な音色だからこそソロでも目立てるポテンシャルを秘めているの。そもそもオーボエはオーケストラでも引っ張りだこで――」
――まさかここまで“ガチ”だとは。
オーボエを指さしながら怒涛の情報量を浴びせてくる一夜さん。全く噛むことなく、それでいて心から楽しそうに話す彼女が本当に楽器好きなんだということが十全に伝わってくる状況だ。
一夜さんは天才ピアニストだから、こういうのはピアノの時にのみ起きる事象かと思っていた。
でも、普通に音楽に関係するものすべてが好きなようである。
「オーボエって俺でも吹けたりしますかね? 中学の時にリコーダーなら吹いたことあるんですけど」
「リコーダーとは全然吹き方が違うから、どうかしらね……オーボエってリード、あ、リードって言うのは薄い板のことなんだけど、これを振動させることで音が鳴る仕組みになってるのね? だから、ちょっと吹き方にはコツがいるんだけど、まあコツを掴めばすぐに吹けるようになると思うわ」
「へぇー、そうなんですね。ちょっと興味出てきたかも」
「そう? じゃあ試しに買ってみる? ここに置いてあるオーボエなんか、四十万円ぐらいでお買い得だけど」
「やっぱりこの話は一度家に持ち帰らせてください」
四十万!? 楽器は高いって知ってたけど、四十万って! しかもそれがお買い得なのか!? は、ハードルが高いぜ楽器の世界!
このままだと一夜さんが楽器を買いかねないので、俺は慌てて話を逸らすことにする。
「そ、そういえば! この店って奥でお茶も飲めるんですよっ? なんか店主が趣味で喫茶店もやってるみたいで。メニューを注文してくれた人は、奥にあるグランドピアノを試奏してもいい、みたいにネットに書かれてました」
「楽器に囲まれながらお茶を飲めるの? 凄く素敵ね……」
「こういう場で弾くピアノも気分転換になっていいかもしれませんよ?」
と、そこまで言ったところで、俺はふと気づいた。
学生とはいえ、彼女はプロのピアニストだ。そんな彼女に外でピアノを弾くのを勧めるのは、少し図々しいのではないか、と。
「す、すいません。ピアノは、その、一夜さんがもし弾きたかったらで大丈夫です」
「どうしたの急に? なに遠慮してるのよ」
「だって、プロのピアニストに外で演奏を頼むのって、我ながら凄く図々しいなって……」
「……はぁ」
一夜さんは溜息を吐きながら俺の前まで歩み寄り――そのまま俺の額を人差し指で強く弾いた。
「あだっ」
「そういう遠慮、今後は禁止とします」
「い、一夜さん?」
「あのねぇ、あなたは私達と一緒に暮らしている身。言うなれば、私達の家族みたいなものなの。だから、無駄な遠慮はしないで。家族に遠慮なんて普通しないでしょ?」
「いやいや、俺はあくまでも居候ですから。それに、一夜さん達と家族って……俺にはもったいない話ですよ」
「…………はぁぁぁぁぁ」
ここ最近聞いた中で一番大きい溜息が一夜さんの口から零れ出た。
「あなたはそういう子よね。うん、知ってたわ」
「は、はぁ」
「今日は私の成長のためのデートではあるけれど……これだけは何とかしておきたいわね」
怖い。笑顔が凄く怖い。
人ってこんなに恐ろしい笑みを浮かべられるものなのか。
肩を震わせ冷や汗を流す俺を真っ直ぐと見つめてきながら、一夜さんは絶対零度の笑みと共に言い放つ。
「デートが終わるまで、私への遠慮を禁止します。これは恋人命令よ」
嫌です、なんて言える空気じゃなかった。割とマジで。
【あとがき】
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まだまだ続きますので、引き続き本作をどうぞよろしくお願いします!