第25話 待ち合わせ
放課後。俺は一夜さんとの待ち合わせ場所である弥生公園へとやってきていた。
「ふぅ……やっと着いた」
休み時間になる度にクラスメイト達から天王洲三姉妹との関係について問い質され、それが放課後にまで続くところだった。隙を見つけて逃げ出し、こうして無事に公園までたどり着けたから良かったものの……ミーハー精神も程々にしてほしいものである。
「そういえば、今日は二葉の奴、ずっと眠そうだったな」
授業を真面目に受けないのはいつも通りの事だったけど、今日は一日中、机の上で突っ伏していたのを覚えている。夜遅くまでゲームでもしていたんだろうか。ゲーマーもアスリートではあるのだから、もう少し自分の身体を大切にしてほしいんだけど。
「それとも枕が合ってないのかな。今度専門店にでも連れて行ってみるか……」
「私とのデート前に他の女の事を考えるなんていいご身分ね」
「っ。い、一夜さんっ?」
聞きなれた声色に思わず振り返ると、そこには制服姿の一夜さんの姿があった。
何故か――いや、理由はさっき彼女が口にした。他の女の話をした俺に怒っている一夜さんの目を、俺は真っ直ぐと見つめる。
「言い訳をさせてください」
「聞きましょう」
「二葉が今日めちゃくちゃ眠そうだったんです。だから、俺に何かできる事はないかなと思いまして」
「なるほど。本当に、あなたって呆れるほどに親切なのね」
もしかして今のは褒められたのか? それとも普通に貶された?
「まあ、いいわ。時間は有限だから、さっさとデートを始めましょう」
「それなんですけど、今日のエスコートは俺に任せてもらえませんか?」
「そういえば、デートプランを考えておくとか言っていたわね」
「はい」
そう言って、俺は鞄から一冊の冊子を取り出す。
表紙に『デートのしおり』と書かれたそれを、一夜さんの目の前で高々と掲げながら、
「今日という日のために、しおりを作ってきました!」
「……いつの間にこんなの作ったのよ」
「そりゃあ寝る前にですよ」
「あなた今日は五時前には起きて、お弁当の支度をしていたわよね……? ちゃんと寝ているの……?」
「大丈夫です! これぐらい何ともありません!」
「……はぁ。私達に体調管理をしっかりしろと口うるさく言っているくせに」
「え? そんなの当然じゃないですか。俺の代わりなんていくらでもいるんですから」
「…………」
あ、あれ? 一夜さんの表情が険しくなっちゃったぞ。何かまずいことを言ってしまったか、俺……。
デート前に不穏な空気になりかけている。このままではせっかくの楽しいデートが台無しなので、俺は話題を変えることにした。
「そ、そんなことより! 早くデートに行きましょう! 放課後なんてあっという間に終わっちゃいますからね!」
「(……ま、理来らしいか)。そうね、じゃあエスコートをお願いできる?」
「了解です!」
良かった。どうやら怒ってはいないみたいだ。
俺は一夜さんの鞄を代わりに持ち、早速彼女を先導するべく歩き始める。
と。
「理来。何をしているの?」
「へ? 何って、デートコースに向かおうとしてますけど……」
「はぁ。あなた、何も分かっていないのね」
やれやれ、といった風にわざとらしく肩をすくめる一夜さん。
「な、何がですか?」
「昨日、あなたに言ったでしょう? 今日は私の恋人になってもらう、と。だから――」
一夜さんは俺の隣に移動し、そして流れるように俺の手を握る。それも、指と指を絡め合う、恋人つなぎと呼ばれる方法で。
「――こう、でしょう?」
「っ……て、手を繋ぐのはまずいですって。誰かに見られるかも……」
「恋人同士だもの。見られたところで何も問題ないわ」
「い、一夜さんがそれでいいなら、俺は構いませんけど……」
天才ピアニストに恋人が! みたいな感じでスキャンダルになったらどうするんだろうか。一夜さんのことだから考えなしじゃないんだろうけど……心配だ、すごーく心配だ。
ああ、神様。願わくば、何事もない平和なデートになりますように……。
★★★
――やりすぎた。
(な、なにやっているのよ、私――!?)
理来とのデートに舞い上がってしまうあまり、変なテンションで手まで繋いでしまった。どうするのよこれ、もう引っ込みはつかないわよ!?
(理来の手……思っていたより暖かいわね)
それに、ゴツゴツしている。ところどころに傷があったり肌荒れが確認できるのは、彼が毎日家事で忙しくしている証だろう。
そんな加賀谷理来の手が、私の手と密接に絡み合っている。手汗をかいたらどうしようとか、指が固いなとか思われていたらどうしよう……そんなことばかり考えてしまう。
(そもそも、最初は手なんて繋ぐ気はなかったのよ!)
天王洲家の長女として恥ずかしくない立ち振る舞いをするつもりだった。こんな、他人との距離感すら分からない痛い人間ムーブをする気は毛頭なかった。
でも、さっき、理来があの言葉を口にした時。
『え? そんなの当然じゃないですか。俺の代わりなんていくらでもいるんですから』
一瞬だけ、彼の顔が曇ったから。
だから、つい彼の手を握ってしまった。
自己評価が極めて低く、自分のことを路傍の石かのように扱うこの男の子のことが放っておけなくて。
目を離したら、どこかに行ってしまいそうな程に儚い印象を受けてしまって。
私は気づけば、彼の手を握ってしまっていた。
(……あなたのことを凡人だなんて、少なくとも私達は思っていないのに)
私だけじゃなく、二葉も彩三も。
みんな、加賀谷理来のことを凡人だなんて思っていない。
どうすれば、彼は自信を持ってくれるのだろう。
どうすれば、私達とあなたは同じなんだと気づいてくれるのだろう。
(恋が理解できていないせいでまともに曲の一つも完成させられない私なんかより、あなたの方がずっと立派なのに)
私を退屈させないように他愛のない雑談を続ける理来の顔を、こっそり見つめる。
天才のために自分をどこまでも追い込んでしまうこの後輩がどんなエスコートをしてくれるのか、心の奥底で期待しながら――。
【あとがき】
明日7月1日からより、一日一回更新に変更させていただきます。
更新時間は朝の7時20分を予定しています。
よろしくお願いいたします。
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