第24話 次女と三女は悶々とする
理来と一姉がデートをすることになった。
「……眠れない」
今日のゲーム練習のノルマを終えて、ベッドに入って目を瞑ってからどれぐらい経っただろうか。
明日も学校で朝は早いのに、私はまったく寝付けずにいた。
「理来とのデート……」
私はすでに理来と一度、二人きりでデートをしている。私の練習につき合わせる形ではあったけど、あれはデートだと言っても過言ではないはずだ。
だから、一姉が理来とデートすることになっても、羨ましいなどと思うはずがない。だって私はもう、理来とのデートを経験しているのだから。
それ、なのに――
「……理来が他の子とデートするの、嫌だな」
我ながら浅ましい女だと思う。
そもそも、理来は私の恋人でも何でもない。一緒に暮らしてはいるけれど、あくまでもただのクラスメイト。それ以上でもそれ以下でもない。
でも。
彼がいつも向けてくれるあの笑顔だけは。
私だけのものであってほしい。
「……一姉、理来とどんなデートするんだろう」
一姉が何の考えもなしに、あんなことを提案するはずがない。理来にいきなり惚れたとか、そういうことでもないはずだ。
考えられるのは、ピアノ関係。確か、一週間後に何かのコンクールが控えていたはず。
「大丈夫。一時的な関係になるはず」
仮の恋人、仮の放課後デート。
そう、あくまでも二人の間にあるのは仮の関係。
何かが起きるはずなんてないし、私が心配することなんてない。
ないったらない……そうは分かっているけれど。
「んー……もやもやする~……」
何も考えないで済むように、布団を頭の上まで被って目を瞑る。
結局、その日は朝までまともに眠ることができなかった。
★★★
誰も起きていない時間に家を出るのが、あたしの日課だ。
正確には、日課『だった』。
「おはよう、彩三。今日も早朝ランニングか?」
「……何で起きてるんですかセンパイ」
時刻は朝の五時ちょっと過ぎ。
運動着に着替えたあたしを一階のリビングで待っていたのは、からかい甲斐のある居候センパイこと加賀谷理来センパイだ。
センパイはキッチンで何かを作りながら、
「弁当作ってんだよ、弁当。四人分って時間かかっちまうからさ、朝から作らないと間に合わねえ」
「そこまでするぐらいなら購買とかで済ませればいいじゃないですか」
「栄養バランス偏るだろ。他の二人は文科系だからともかくとしても、君は現役の陸上選手だ。栄養不足で身体を壊したら元も子もないぞ」
「だからってセンパイがわざわざ早起きしなくても……」
「俺が食事を全部管理してやるって言ったろ?」
そう言って、センパイは笑う。自慢げでも何でもない、ただそれが当たり前だとでもいうかのように。
「……そーですか。ま、じゃあお弁当の準備頑張ってください。あたしはランニングに行ってくるんで」
「いってら――って、ちょっと待ってくれ」
「何ですか? 言っておきますけど、おはようのチューを求められてもその期待には応えられませんよ?」
「言ってろバカ。ちげーよ。これを渡そうと思ってな」
あたし渾身のからかいを受け流しつつ、センパイが渡してきたのは一本のペットボトルだった。
「……スポドリ、ですか?」
「おう。今日はここ最近で一番気温が高くなるみたいだからな。脱水症状にならないために持っていけ」
「別に、喉が渇いたら自分で買いますのに」
「その前に倒れたらコトだろ? とりあえず持っていけって」
あたしの心配をしてくれている……のかな。
「はいはい。ここで断ったらセンパイが可哀そうですし。ありがたく貰っておきますよ」
「一言多いんだよなあ」
「じゃ、そろそろあたし行きますんで」
「おう。いってらっしゃい。気をつけてな」
「いってきまーす」
リビングを後にし、玄関で靴を履き、家を飛び出す。向かうのはいつものランニングコース。二時間ぐらい走りつつ、間に筋トレを挟むいつもの日課のトレーニングだ。
「……確かに、昨日より暑いかも」
天気予報を見ていなかったから、センパイに言われなかったら気づけなかった。この気温だと、すぐに喉が渇いてしまうかもしれない。
「ほんと、お節介なんだから、センパイは」
そのお節介があたしにだけ向いてくれればいいのに――なんて、ふと思ってしまう。
あたしはセンパイのことを何も知らない。
二姉はクラスメイトで、この前一緒に放課後デートをしてきたらしい。
一姉はあたしと同じ立場だったと思いきや、今日の放課後に仮の恋人として放課後デートをするらしい。
「……いいなぁ」
別に、センパイとどうこうなりたいわけじゃない。今のあたしは陸上に青春を捧げているから、デートなんていう寄り道に放課後を捧げるわけにはいかない。
でも、昨日、一姉がセンパイをデートに誘っているのを見て、思ってしまった。
あたしもセンパイとデートしたいな……と。
「っ……あ、あんな頼りなくて冴えないセンパイのことなんかどうでもいいってば」
今は走ることだけ考えよう。
あたしは今度の試合で勝たなければならないんだから。
今度だけじゃない。
これからずっと勝ち続けて……インターハイで優勝しなくちゃならないんだ。
それが、天才陸上選手として持て囃されている、天王洲彩三の義務だから。
「むかつく。センパイのせいで調子が狂ってる……後でセンパイを死ぬほどからかってストレス発散しよ」
あたしは苛立ちをぶつけるように、力いっぱいに地面を蹴った。
【あとがき】
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まだまだ続きますので、引き続き本作をどうぞよろしくお願いします!