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第23話 恋の曲


「うぅん……いい演奏だとは思うけど、なんだか心が籠ってないのよね」


 困ったように首を傾げながら、先生はそう言った。

 今、私――天王洲一夜は放課後に毎日通っているピアノ教室で、次のコンクールの課題曲の練習をしている。

 曲自体は、そこまで難しいものじゃない。私の実力なら、そこまで苦労せずとも観客を魅了できるという自信もある。


 でも、先生はそんな私の演奏にダメ出しした。

 しかも、技術ではなく、精神的なダメ出しを。


「心が……ですか?」

「ええ。一夜ちゃんの演奏は当然一線級だけど……でも、今回の演奏はあまり心に響いてこなかったわ。言うなれば、そうね……機械がコピーした曲を聴かされている感じかしら」

「それは……私がこの曲の良さを引き出せていない、ということでしょうか?」

「うーん……少し違うわね」

「教えてください。次のコンクールまで時間がありません。改善につながるのならば、どんな評価も受け入れます」

「えっと、それじゃあ言わせてもらうけど……」


 複雑そうだった先生の顔が、急にぱぁぁと明るくなる。

 いいえ、違う。これは明るくなったというよりも、相手の反応を楽しもうとしているかのような――。


「あなた、恋はしたことある?」


「………………………………はぁい!?」


 は? 恋? 今、恋って言った?


「な、ななななな何でいきなりそんな話に!?」

「曲に必要だからって言うのが半分と……あとは純粋な好奇心が八割ね」

「十割超えてませんか?????」


 真面目な空気が消し飛んだ気がしたけど、先生は話を止めてくれない。


「一夜ちゃんって全然浮いた話を聞かないじゃない? でも、青春真っ盛りの高校生なんだし、恋の一つや二つぐらいしてるんじゃないかなーって」

「し、してませんよ! 私はピアノ一筋です。恋なんて……している暇はありません」


 そんな言葉を口にした直後、胸の奥の辺りがチクリと痛んだ。

 そして同時に――何故か理来の顔が頭に浮かんだ。


(な、何で今、あの子の顔が浮かぶのよ……!)


 理来はただの居候で、才能も何もない凡人で……顔はいいし、料理も上手で、気遣いもできて優しいけど……そんな、恋愛対象として見たことなんて一度もない。そもそもまだ知り合ってから一週間も経っていないし。そんな短い付き合いの相手を恋愛対象として見るだなんて、無理に決まっている。


「えぇ~? 本当に~? 実はいたりするんじゃないの? 気になる人ぐらい」

「理来はそんなんじゃありません!」

「へぇ、一夜ちゃんの気になる人ってリクっていうんだ。名前的には男の子っぽいけど……」

「っ!?」

「あ、図星なんだ」

「ち、ちがっ、違います! というか、これ何の話ですか! ピアノとどう関係あるって言うんですか!?」

「関係あるわよ。だって、この曲は恋愛の曲だもの」


 先生は視線を私から楽譜の方へと移し、優しく微笑む。


「フレデリック・ショパン作曲『ピアノ協奏曲第二番第二楽章』。これはショパンが同じ音楽院に通う歌手の女性への想いを表現したとされている曲よ。まあ、結局その恋はショパンがヘタレだったせいで告白もできずに片想いのまま終わったんだけど……」


 空の向こうでショパンが泣いている気がする。


「この曲の精度をもっと上げたいなら、あなたは恋心を理解する必要があるわ。ショパンがどういう気持ちでこの曲を作り、鍵盤に指を叩きつけたのか……彼と同じステージに立たない限り、あなたがこの曲の魅力を十全以上に引き出す事は不可能でしょう」

「私が、ショパンと同じステージに……」

「ピアノの演奏に心なんて必要ない、と言う人もいるけれど、私はそうは思わない。ピアノを楽しく弾いている人の演奏を聴いたら楽しい気持ちになる。それと同じ。恋愛の曲は、恋心を理解している人が弾いてこそ……そうは思わない?」

「それは……」


 一理あると思った。

 私は幼い頃からこの先生にずっと演奏を習っている。私自身に類まれなる才能があったのは当然として、この人の教えがなければ今の私はいなかったと言っても過言じゃない。

 だから、私は彼女の言葉を疑わない。

 疑いは、しないけれど――


「……私はどうすればいいですか?」

「そうね……それじゃあ、ひとつ課題を出しましょうか」


 そして、先生は私にとある試練を与えた。

 天才ピアニストと持て囃される私が、最も苦手とする試練を――。





   ★★★





「理来。明日の放課後、空いているかしら?」


 学校を終え、風呂やら何やらを済ませた後の夕食時。

 オムライスにスプーンを突き立てようとしたところで、テーブル向かいの一夜さんが俺に話しかけてきた。


「どうしたんですか急に?」

「別に。ただ、空いているのかどうか気になっただけよ」


 反射的にあり触れた疑問を返す俺に、一夜さんはどこかぶっきらぼうな態度で言う。これは……何か理由があるやつだな。どんなのかまでは分からないけど、一夜さんが意味もなくこんな問いをしてくる人じゃないことぐらい、この短い生活の中で分かっている。

 俺はオムライスを一口頬張り、よく噛んだ後に飲み込むと、


「明日なら空いてますよ。買い出しも今日終わらせてるんで、特にやる事はないです」

「……そう」


 口元を拭き、箸を静かに置く一夜さん。隣でそわそわしながら成り行きを見守る次女と三女を他所に、彼女は言葉の続きを口にする。


「そ、それじゃあ……私と、お出かけしてくれない……?」


 次女と三女が椅子から転がり落ちた。


 「デート!?」「あの一姉が!?」「「抜け駆け!?」」動揺を隠せない次女と三女の相手をしていたら話が進まないので、俺は彼女たちを一旦無視して話を進めることにした。


「お、お出かけですか?」

「ええ。……お出かけというか、デートよ。明日の放課後なんだけど……」


 こういう話題になると動揺するイメージのある一夜さんだけど、今回は何故か淡々と気恥ずかしい言葉を口にしていた。よく分からないけど、やけに覚悟の決まった目もしている。これは……茶化しちゃいけない感じかな。


「集合場所はどこにします?」

「学校だと無駄な注目を集めるわ。弥生公園に集まりましょう」

「分かりました。じゃあ、彼氏役として、最高のデートプランを考えておきますね」

「っ……き、期待しておくわ」


 天才ピアニストの一夜さんが、貴重な放課後を使って俺を誘ったんだ。

 彼女の思惑は知らないけれど、やるからには心から楽しめるデートにしなくっちゃな!



【あとがき】

読んでいただきありがとうございます!


もし「話が面白い!」「ヒロイン可愛い!」と思っていただけましたら

作品のフォロー、評価などしていただけるととても嬉しいです。


モチベーションが爆上がりになります!


まだまだ続きますので、引き続き本作をどうぞよろしくお願いします!

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