第22話 ゲームセンターの女王様
二葉に連れてこられたのは、学校から少し離れた場所にある、大型のゲームセンターだった。
「ここなら何でも揃ってるから」
学校終わりの学生で賑わう店内は、様々な種類のゲームが所狭しと並べられていた。賑やかさの中でも特に気になるのは、数多のゲームの大音量BGM。いつも声が小さめな二葉が珍しく声を張り上げるレベルで、店内にはゲームのBGMが響き渡っている。
二葉は俺の手首の辺りを掴んだまま、ゲームの筐体の間をすり抜けるようにして進んでいく。
「理来は何かやりたいゲームある?」
「うーん……思いつかないな。というか、ここには格ゲーの練習をしに来たんじゃないのか?」
「せっかく来てくれたから、理来にもやりたいゲームをしてほしいなって」
なるほど。二葉なりの気遣いだったのか。
でも、凡人が天才の邪魔をするわけにはいかないし……。
「二葉がゲームをやっているのを横で見るんじゃ駄目か?」
「いいけど……それ、理来は楽しいの?」
「大丈夫大丈夫。俺、ゲームのプレイ動画とか見るの好きだしさ」
「理来がそれでいいなら……」
どこか不服そうながらも、二葉は俺を格ゲーコーナーへと誘導する。
連れていかれた場所には、無数の筐体が並べられていた。格ゲーに詳しくない俺でも一度は耳にしたことのあるような有名なものから、誰がやっているのか分からないマイナーなものまで、まさにゲームの楽園かのように様々な格ゲーが置かれている。
そんな中のひとつ、ストリートでファイトするゲームの筐体の前へと二葉は移動を始める。
すると――
『おい、あれって【女王様】じゃないか?』
『今日も来てくれたのか、【女王様】が!』
『【女王様】! 今日も一〇〇人抜きを見せてくれよ!』
筐体の周りにいたゲーマーたちがいきなり盛り上がり始めた。
「……女王様?」
「みんなが勝手に私をそう呼んでるだけ。許可した覚えはない」
心の底から嫌そうな顔で二葉は言う。説明したくなさそうだからあえて詳しくは聞かないけど、二葉のイメージとはあまりにもかけ離れた名前だ。
「理来。荷物持っててもらってもいい?」
「お、おう。分かった」
二葉は俺に学生鞄を渡し、筐体の前の椅子に腰を下ろすと、周囲のゲーマーたちを一瞥しながら――
「誰でもいい。対戦者募集」
「それじゃあオレがいかせてもらうぜ」
二葉の誘いに乗ったのは、尖ったサングラスと金色のモヒカンが特徴の男だった。どこの世紀末だよ。
「三本勝負。手加減はしない」
「あんたの伝説もここまでだぜ!」
筐体越しに互いをけん制し合いながら、二人はコインを投入し、同時にゲームを開始する。
首を回し、指の関節を軽く鳴らす二葉。バトルスタートの文字が画面にデカデカと映し出された瞬間、彼女は目にも留まらぬスピードでアケコンを動かし始めた。
「理来が見てるから。負けない」
俺は格ゲーには詳しくない。だから、画面上でどういう攻防が繰り広げられているのかまでは分からない。
だけど、二葉が対戦相手を圧倒しているという事ぐらいは素人目でも理解できていた。
「う……うおおおおおおおお!」
「これで終わり」
トドメとばかりに連打されたボタン。その直後、二葉のプレイする筐体の画面に『You Win!』の文字が表示された。
『すげぇ……ノーダメで三本とりやがったぞ』
『相変わらず異常なプレイングスキルだぜ……』
『あの容赦しない感じが最高だよな……流石は【女王様】だ』
ああ、女王様ってそういう意味合いなんだ。相手を容赦なく圧倒する女性的な。
二葉は指を解しながら軽く息を吐くと、
「次は誰?」
彼女がそう口にした途端、ゲーマーたちが我こそはと手を挙げ始める。
結局その後、二葉は一〇人近くのゲーマーと対戦を行ったが、そのすべてでストレート勝ちを記録するのだった。
★★★
「いやー、凄かったなさっきの二葉。めちゃくちゃかっこよかった!」
「アマの場だから、あれぐらい当然」
格ゲーコーナーから離れ、休憩ついでに自動販売機の前へと移動した俺たち。それぞれコーラと水で喉を湿らせながら、ベンチに座って軽く雑談を繰り広げていた。
「いつもあんな感じでいろんな人とバトルしてんの?」
「ん。いろんな人と戦えるから、経験を積むには打って付け」
「へぇ……なるほどなぁ。そりゃ【女王様】って呼ばれて崇拝されるわけだ」
「そ、その名前で呼ぶのはやめてほしい。恥ずかしいから……」
言いながら、ペットボトルで顔を隠す二葉。だけど、俺は彼女の頬が朱に染まっているのを見逃さなかった。
「二葉ってやっぱり可愛いよな」
「い、いきなりどうしたの?」
「今までは無口な二葉ばかり見てきたからさ。そのギャップっていうか、なんというか……」
仲良くなる前の二葉は孤高の天才というイメージだった。話しかけても反応してくれず、常に夢と目標に向かって邁進し続ける非凡人。はっきり言って、かなりとっつきにくかった。
でも、二葉と仲良くなって、彼女の素を知ることができた。そう考えると、今回の居候はいいきっかけになったのかもしれない。
「二葉の新しい一面を知ることができるから、俺は最近ずっと楽しいよ」
「っ……理来がチョロいだけ。反省するべき」
「あれぇ!? 今褒めたつもりだったんだけど!?」
もしかしてめちゃくちゃ機嫌損ねちゃいました!? さっきよりも顔が赤いし、選択をミスっちゃったか!? こういうところが俺のモテない所以なのかもしれん!
ここからどうやって挽回するか、頭を抱えて必死に考えていると、
「理来。買い物まではまだ時間ある?」
「んぇ? えーっと……ああ、三〇分ぐらいはあるな」
「じゃあ、私と、その……ゲームで遊ばない?」
ペットボトルを指で凹ませてベコベコ鳴らしながら、二葉は言う。
「友達と一緒にゲームをするの、ずっと夢だったから……だから、理来さえよければ、一緒に遊んでくれないかなって……」
孤高の天才、天王洲二葉。
周りから一目置かれているだけでなく、コミュニケーションが苦手な彼女。高すぎるゲームスキルのことも考えると、彼女と一緒にゲームで遊んでくれる友達なんてものはほとんどいなかったことなど想像に難くない。
天才だからと言ってすべてを手に入れられるわけじゃない。
むしろ、特別だからこそ、普通を追い求めるのかもしれない。
俺の顔を見上げながら、落ち着かない様子で視線をさまよわせる二葉。さっきまで格ゲーで無双していた時の彼女とはあまりにも正反対の儚さだ。
そんな彼女に、俺が返す言葉は一つしかない。
「言っておくけど、俺は手加減なんてできないからな?」
宙をさまよっていた彼女の視線が、俺へと真っ直ぐ向けられる。
「UFOキャッチャーでもホッケーでもレースゲームでも、全部俺が勝っちまうかもしれない……それでもいいか?」
「……ふふっ。理来に私の本気を見せつける時が来た」
二葉は空のペットボトルをゴミ箱にシュートし、俺の手を勢いよく掴む。予想外の行動と手の柔らかさに、思わず心臓が高鳴ってしまう。
「やりたいゲームがたくさんある。あとプリクラも撮ってみたい。三十分じゃ足りないかも」
「時間だけは守らないと夕飯抜きになっちまうぞ……? 一夜さんたちに怒られちまうって」
「その時は一緒に謝ればいい。ふふっ、早くゲームしよ?」
二葉は軽い足取りで俺を先導していく。
結局その後、俺たちはすっかり暗くなるまでゲームに夢中になってしまい、予想の二時間オーバーで帰宅することになり、お腹を空かせた一夜さんと彩三からそれはもう凄まじい剣幕で怒られることになるのだが――それはまた別の話である。
【あとがき】
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まだまだ続きますので、引き続き本作をどうぞよろしくお願いします!