第20話 そりゃちょっと万死に値しねぇか?
『一夜様たちが男と一緒に学校に来てる……!?』
『誰よあの冴えない男。どういう関係?』
『処す? 体育館裏に呼び出して処す?』
場所は正門前、時刻は朝のHR開始十分前。
俺は死ぬほど悪目立ちしていた。
「……うぅ、周りからの視線が痛い」
「ま、あたしたちって有名人ですからね。ドンマイです、センパイ」
「優しい言葉を口にしながら満面の笑み浮かべるのやめてくれない?」
「えへっ、バレました?」
八重歯を見せながらニヤニヤ笑顔を浮かべる彩三。相変わらずイイ性格をしていやがるぜ。
そんな三女とは裏腹に、心優しい次女は横から俺の顔を覗き込んできながら、
「理来。怖いなら私と手を繋ぐ?」
「いや、大丈夫だ。心配してくれてありがとな」
多分、今ここで二葉と手を繋いだらさらに悪目立ちしてしまうと思う。下手すりゃ周りからカッターナイフとか投げつけられかねない。
「こら、学校では天王洲家の名に恥じない立ち振る舞いをしなさいといつも言っているでしょう? 人前で手を繋ぐだなんて、はしたないったらありゃしない」
異性と一緒に風呂に入ったのははしたなくないのだろうか? という疑問を寸でのところで呑み込んでおいた。
彩三は口を尖らせながら、
「ぶー。一姉は相変わらず堅苦しいなあ。天才っていうのはね、たまに普通の女の子アピールしておかないと敬遠されちゃうものなんだよ?」
「天才は孤高なものよ」
「じゃあ学校でセンパイに会っても話さなくて大丈夫だねー」
「……………………」
「ごめ、ごめんって一姉! 今のはあたしが意地悪だった! 謝るから涙目で足蹴らないで! それあたしの商売道具だから!」
毎回一言多い彩三がついに一夜さんから天誅を下されていた。他人をいじる時は必ず自分もいじられる覚悟をする必要があるのだ。
珍しく痛い目に遭っている彩三をもっと眺めていたい気持ちはあるけど、そろそろ朝のHRが始まってしまう。
そんな俺の不安が伝わったのか、二葉が突然、俺の手を握ってきた。完全に油断していたので、その行動を止める暇は俺にはなかった。
「理来。早く教室に行こう。このままじゃ遅刻する」
「お、おう。でも、それなら手を繋ぐ必要はないんじゃ……?」
「手を繋ぐのに理由が必要?」
「普通は必要なんじゃないっすかね……!?」
「ふむ……じゃあ、そこに理来の手があったから、ということで」
「登山家か?」
二葉の考えていることは相変わらずよく分からない。居候が決まる前から、何故か俺に優しくしてくれていたし。教室で一方的に話しかけていただけの仲だったというのに……まあ、それだけ二葉が優しい女の子だということか。
「じゃあ二人とも、また放課後に」
「あっ! 二姉が抜け駆けしてる!」
「くっ……相変わらず行動が読めない子……!」
童話の継母みたいな声を上げる長女と三女をその場に捨て置いたまま、二葉は俺の手を引きながら教室へと向かうのだった。
★★★
朝のホームルームを終え、ついにやってきた一時限目。
今回の授業は現代国語……なんだけど、ひとつ問題が浮上していた。
「(教科書がねえ)」
火事で全焼していたことを今の今まですっかり忘れていた。家にいた時は憶えていたのに。どうしてその時に発注の手続きなどをしなかったんだ俺は。
さて、どうしたものか。週末はいろいろと忙しかったから、予習らしい予習が出来ていない。教科書なしに今日一日を乗り切るのは不可能に近い。先生から指名されないことを神に祈るか? それとも腹痛を訴えて保健室にエスケープでもするべきだろうか……。
授業が進んでいく中、俺は全く別のことに思考のリソースを投入する――と。
ちょんちょん、と隣の席の生徒から肩を叩かれた。
反射的にそちらを見ると、二葉が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。彼女の机の上には、教科書とノートが広げられている。今日は珍しくちゃんと授業を受けているらしい。
「どうしたの?」
「あーいや、教科書がなくてさ……火事で焼けちゃってて」
「……なるほど」
二葉は十秒ほど沈黙すると、突然椅子から立ち上がり――
「先生。りk……加賀谷くんが教科書を持っていないようなので、見せてあげてもいいでしょうか」
「え……?」
いつも静かにゲームばかりしている天才児から授業中に話しかけられると思っていなかったのか、先生は硬直してしまっていた。
だが、そこは教職。すぐに我を取り戻すと、
「か、加賀谷。教科書がないのか?」
「あ、えっと……先日、火事で焼けちゃいまして……」
「は? 火事?」
信じられないといった様子で目を見開く先生。おまけにクラスメイト達までもがざわつき始めてしまう。まずい、無駄に騒ぎを大きくしてしまったぞ。
「だ、大丈夫なのか?」
「家は全部燃えちゃいましたけど、全然大丈夫です」
「それのどこが大丈夫なんだ……?」
「今はもう新しい家を見つけてるんで!」
「そ、そうか……災難だったな」
大事には至っていないことをアピールしたおかげか、先生はすぐに落ち着きを取り戻してくれた。
後は、二葉に教科書を見せてもらって、そのまま授業を乗り切るだけ。教科書については後で担任の先生経由で発注の手続きをしておかないといけないけど、ひとまず今日の授業は大丈夫そうだな。
二葉にはお礼を言っておこう。そんなことを考えながら、俺は静かに着席しようと――
「理来は大丈夫です。今は私と一緒に暮らしてるから」
――そのまま勢いよくずっこけた。
『は? 二葉さんが加賀谷と一緒に暮らしてる?』
『おいおいおいおいどうなってんだよこりゃ』
『加賀谷……そりゃちょっと万死に値しねぇか……?』
信じられないぐらいにクラスメイト達が殺気立っていた。特に男子からは汚物を見るような目を向けられてしまっている。ま、まずい!
「お、落ち着いてくれみんな! 俺と二葉はみんなが思っているような関係じゃない! そもそも、俺がそんなプレイボーイに見えるか!?」
『確かに、加賀谷が女の子と仲良くしてる姿なんて見た事ないな』
『だが、過去の女性経験がないからといって、それが減刑に影響することは一切なくないか?』
『ああ……極刑であることに変わりはねぇな……』
やばい。怒りを鎮めるどころか何故かより燃え上がってしまっている!
「ふ、二葉! 何かフォローしてくれ! 俺と君の間には何もないって!」
「何もない?」
「そうだ! ただのクラスメイトだって言ってくれ!」
「……むかっ」
何故だろう。表情は変わっていないはずなのに、二葉の後ろに修羅が見える。
「……みんな聞いて」
二葉は地獄の底から響いてくるような圧のある声で、言葉を続ける。
「私は、理来と一緒にお風呂に入った」
瞬間、俺は理解した。
多分、二葉はめちゃくちゃ怒ってる。
『あぁ!? 二葉さんと一緒にお風呂だぁ!?』
『おいおい……なんだよそれ……エッチすぎんだろ……』
『加賀谷お前っ、お前だけは非モテ側だって信じてたのによ……!』
もうダメだ。この地獄を止めるカードなんて俺には持ち合わせがない。
ああ、神様。俺はどうしたらいいでしょうか……。
「……君たち、落ち着きなさい」
ヒートアップしていくクラスメイト達に絶望していると、先生が強制的に彼らを黙らせた。流石は教師、こういう時の対応が神がかり過ぎている。
よし、このままみんなが静かになってくれれば、授業が再開できる――
「青春を謳歌しまくっている万死野郎を極刑に処すなら、先生も協力するぞ」
「そこは庇えよ! 教師として!!!!」
結局この後、授業が終わるまでの間――俺は無数の殺気に苦しめられる羽目になるのだった。
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます!
もし「話が面白い!」「ヒロイン可愛い!」と思っていただけましたら
作品のフォロー、評価などしていただけるととても嬉しいです。
モチベーションが爆上がりになります!
まだまだ続きますので、引き続き本作をどうぞよろしくお願いします!