第19話 次女は褒められ上手
天王洲家の朝は騒がしい。
「一姉~。鏡まだ空かないの~? あたしも使いたいんだけど~」
「前髪の角度が気に入らないから調整してるのよ」
「悩むぐらいなら寝ぐせのままにしておけばいいのに」
「二葉。あなたはもっと自分の見栄えに気を配るべきよ」
たった一つしかない洗面所で、三姉妹がドタバタと朝の準備を行っている。親父が海外赴任、母親はとっくの昔に音信不通の俺からすると、この騒がしい朝はなんとも新鮮に感じられる。なるほど、これが一般的な家族の朝というわけか。
「早くしないと遅刻しますよ?」
「センパイは黙っててください! 女の子は支度に時間がかかるんです!」
「え、なんかごめん」
凄まじい剣幕で怒られてしまった。こういう時は素直に謝っておくに限る。俺は無駄な争いは好まない平和主義者なのだ。
三姉妹の準備を遠目で眺めながら、椅子に座って優雅にコーヒーを飲む俺。焙煎する時間がなかったのでインスタントなのだけど、これがまた意外と美味しい。お金持ちの家にあるのだから、それなりにいいコーヒーなんだろう。インスタントだけど。
「理来。私はもう準備万端」
貴族の気分を味わっていると、二葉が相変わらずのやや眠そうな風貌で俺の前へと現れた。寝ぐせほどとは言わないながらも、彼女の髪はいつも通りところどころが跳ねている。でも、そういうところが可愛く感じられるのだから、美人というのは本当にずるいと思う。
「お疲れ様。二葉も飲むか、コーヒー?」
「苦いのは苦手だからいい」
「そっか。じゃあ他の飲み物でも準備しようか? まだあそこの戦いは終わらなさそうだぞ?」
開け放たれた洗面所の扉の向こうから、未だに争いの声が聞こえてくるし。
「あの二人の準備はいつも長いから。コスパが悪い」
「それ絶対に本人たちに言うなよ」
烈火のごとく怒るだろうから。
苦笑を隠すかのようにコーヒーを飲み、ほっと一息つく。そんな俺の隣に二葉は座ると、どこかわくわくしたような様子で話を続けた。
「今日から理来と一緒に登校。嬉しい」
「勘違いされないように気を付けるよ」
同じクラス、それも異性と一緒に登校なんてしたら変な噂がつきかねない。
本来ならば、俺だけ登校時間をズラすつもりだった。でも、そのことを三姉妹に話したら――
『なんでわざわざそんな面倒なことをするの?』
『せっかくですし一緒に学校行きましょうよー』
『理来は私たちのことが嫌い……?』
――という三者三様の言葉を返されてしまった。
というわけで、居候してから最初の学校にて、俺は学園きっての才女たちと一緒に登校することになったのだ。
「それにしても、本当に二人とも遅い」
「そう言うなって。彩三も言ってただろ? 女の子は準備に時間がかかるって」
「こうなったら私と理来だけで学校に行くしかない。迷子を避けるため、手も繋いでおくべき」
「何で子ども扱いされてんの?」
確かにここから学校までの道は全然分からないけども。
「理来は私と手を繋ぐの、いや……?」
「うっ……その上目遣いで攻めてくるの本当にずるいからやめてくれ」
「ずるい? どうして?」
「いや、ずるいだろ。君はただでさえ可愛いんだから」
そう、可愛い。一夜さんと彩三も可愛いけれど、二葉は小動物的な可愛さを持っている。そんな彼女が首を傾げながら上目遣いでもしてみろ。あまりの可愛さに悶死してしまう。
「……理来。今の、もう一度言って」
「は? 今のって……?」
「君は~、からのところ。もう一度。さっきよりもハキハキと」
上目遣いなのは変わらないはずなのに、異常な圧を感じる。断ったら後でめちゃくちゃ面倒くさいことになる気がした。
気恥ずかしさを我慢しつつ、俺は彼女からの要望に応えることにする。
「き、君はただでさえ可愛いんだから」
「もう一度」
「君はただでさえ可愛いんだから」
「君を二葉に置き換えて」
「二葉はただでさえ可愛いんだから」
「……ふへへ」
鉄面皮で有名な天才ゲーマー少女の顔が死ぬほど緩んでいた。もう俺は二度とこの娘のことをクールで無表情なミステリアス少女として見られない気がする。
「理来は褒め上手。朝からいい気分になれた」
「喜んでもらえたなら何よりです」
「……なに朝からイチャイチャしてるのよシバくわよ」
「センパイのコーヒーにハバネロでも混ぜてやろうかな」
「突然現れて背後から殺気飛ばすのやめてください! びっくりするだろ!」
ツッコミを入れながら後ろを振り返ると、そこには額にビキリと青筋を浮かび上がらせた、怒れる長女と三女の姿があった。
「二人が遅いから暇潰ししてただけ」
「それを建前にイチャついてたでしょうが!」
「二姉はアレだよね。同級生としての距離の近さをズルく使うよね」
原因はよく分からないが、三姉妹が朝からバチバチと火花を散らしていた。これが俗にいう喧嘩するほど仲がいいというやつか。俺は妹と喧嘩なんてしたことがないから新鮮だなぁ。
一夜さんは額に手を当て、疲れたように溜息を吐くと、
「はぁ……まぁいいわ。それよりも早く学校に行きましょう。天王洲家の人間として、遅刻なんて有り得ないから」
「分かった。それじゃあ理来、私の手を取って」
「ナチュラルにセンパイと手を繋ごうとするんじゃない!」
「そうよ。年上として、理来のことは私がエスコートしてあげるんだから。さあ、理来。私の手を取りなさい」
「「抜け駆け禁止!」」
きゃいきゃいと言い争いする天才たちに思わず苦笑してしまう俺。
とまぁ、そんなこんなで――騒がしい天才たちとの初めての学校編、スタートなのである。
【あとがき】
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