第1話 今日から宿なしです
家が燃えていた。
それはもう、轟々と。
俺の一人暮らし先である三階建ての木造アパートが、高い火柱を上げながら燃えていた。
「……嘘やん」
思わず関西弁が漏れてしまうほどの衝撃。
え、いや待って? これ本当に燃えてる? 何かのドッキリとかじゃなく?
マジで俺の家、全焼してんの?
幸いにも、財布とスマホという最小限の貴重品は持ち歩いているので問題ない。
だけど、俺が頑張って集めてきた漫画やゲーム、そして教材に私服……最後に銀行の通帳やカード。俺の財産の九割が炎に包まれてしまっていた。
「……嘘やん」
加賀谷理来、十六歳。
高校二年生の春。住むところを失いました。
★★★
「あ~~~~~……これからどうすりゃいいんだぁ~~~~……」
家が全焼した翌日。
俺は学校の廊下を歩きながら、それはもう大きな溜息を零していた。
結局、昨日はなけなしのお小遣いをはたき、ネットカフェで一夜を過ごすことになった。ネットカフェって初めて使ったけど、結構高いんですね。高校生のお小遣いには結構響くお値段でした。
「カードがないからお金も引き出せないし、新しい家はすぐには用意できないし……」
海外赴任中の親父に家が全焼したことを連絡したところ、大爆笑の後、「家は明後日までに何とかしてやるから一日だけなんとか耐えろ」というありがたいお言葉を送られた。つまり、あと一日だけどこかに泊まる必要があるんだが……昨日ネカフェに泊まったせいでお金が底をついている。
「公園で野宿するかな……でも、警察に見つかったら補導されるよなあ?」
むしろ補導されて交番に一泊泊めてもらうか? いや駄目だ。俺の純白の経歴に瑕がついてしまいかねない。
「あーもーどうすればいいんだー」
頭を抱えて天を見上げた、その直後。
「見て! 天王洲一夜さんだわ!」
「相変わらずお美しい……!」
「先日も、全国のピアノコンクールで金賞を取ったらしいぞ」
廊下に響き渡る、黄色い声援。
思わず声のした方を見ると、そこには絶世の美少女の姿があった。
天王洲真一夜。
長く美しい黒髪に、見るものすべてを吸い込んでしまいそうな深い闇色の瞳。胸はやや小ぶりだが、高身長かつ長い肢体はまさにファッションモデルの様。
幼少期からピアノの才能を開花させており、小学校に上がる前から数々のピアノコンクールで好成績を叩き出してきたとか。受験に悩む三年生ではあるが、卒業後の予定は海外でのコンサートですでに数年分埋まっているという噂も聞く。眉唾物だけど、彼女なら有り得てしまえそうだと思ってしまう、生粋の天才ピアニストだ。
周りからの声援を正面から受け止めながら、天才ピアニストさんは長い指を唇に当て、小さく微笑みを称える。
「ありがとう。でも、皆さん、ここは廊下よ? 校内の公共スペースなんだから、あまり騒がないようにね」
「はー、一姉は相変わらず真面目だねー。せっかく褒めてくれてるんだから、もっと喜んだらいいのに」
一夜さんの後ろから、ひょこっと顔を出す小柄な美少女。健康的な小麦色の肌と八重歯が特徴の彼女は、確か――
「天王洲彩三さんだ!」
「一年生ながらに陸上部のエースとして期待されているっていう、あの!?」
「中学生の時に、全中で全種目優勝を成し遂げたらしいわよ!」
周りの人たちが懇切丁寧に説明してくれるなぁ。俺も彼女達みたいに天才だったら、ああやって周りから持ち上げられたりしたのかな。
「ういうい、ありがとうございますー」
「彩三。あなたはもっと天王洲家の人間として、恥ずかしくない振る舞いをしなさい」
「えー。めんどいー。そういうのは一姉に任せるよ。それに――」
そこで一旦言葉を止め、天才陸上少女は自分の横を歩いていた大人しそうな美少女の肩に腕を勢い良く回した。
「――二姉だって、天王洲家っぽい振る舞いはしてないしー」
「……私はゲームにしか興味ないから」
癖っ毛と眠たげな目つき、そして豊満な胸部が特徴の美少女。自分の肩を抱く元気っ娘に迷惑そうな顔をしながらも、最新型の携帯ゲーム機を素早い手使いで操作している。
この流れならもう誰でも予想がつくだろう。彼女もまた、先ほどの二人と同様に――
「あ、あれは……二葉さんだ! ありとあらゆるジャンルのゲームで数々の功績を残しているという、天才プロゲーマーの!」
「あ、あの俺、この前配信見ました! 格ゲーの日本チャンピオンに無傷で勝利した回のやつ! 凄かったです!」
――そう、天才なのである。
一般通過解説役ニキがもう説明してくれたが、天王洲二葉は世界級の天才プロゲーマーだ。授業中も休み時間も関係なく、常にゲームに勤しんでいる。じゃあ学校の成績は悪いんじゃないかって思うそこのあなた。なんでか知らんが、彼女の成績は学年で堂々の一位である。天才ってすごいね。
ちなみに、どうしてこんなに彼女の事に詳しいのかと言うと、彼女は俺のクラスメイトだからである。しかも隣の席だったりする。
(いつも目が合う度に話しかけてはいるけど、あんまり返事はしてくれないんだよな……)
他の姉妹二人がどうかは知らないが、二葉さんはあんまり人と絡まない。常にゲーム画面ばかり見つめている。授業も聞いていないのに成績が良く、コミュニケーションよりもゲームを選ぶ。そんな天才様はクラスではかなり浮いていたりする。マジで話しかけてるの、クラスで俺だけなんじゃないだろうか。
「すげぇ、天才三姉妹が勢揃いだ……今日はいいことあるかもしれねえ!」
「あぁっ、同じ学校に存在してくれて本当にありがとう……!」
高校生が本気で号泣していた。天才を飛び越えてもはや神様のような扱いである。
「……ああいう天才たちは、人生には一生苦労しないんだろうなあ」
家が全焼して絶賛ホームレスな俺とは住む世界が違う。
人生バラ色、成功が約束されたビクトリーロード。
俺がどれだけ手を伸ばしたところで届かない絶対的勝者。
それが彼女たちのような天才だ。
「はぁ……腹減った……」
飯を買う金すらない俺はお腹を押さえながら、黄色い声援から逃げるように寝たフリを始めるのだった。
【あとがき】
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まだまだ続きますので、引き続き本作をどうぞよろしくお願いします!