第16話 美少女たちはあられもなく
かっぽーん、という音が聞こえてくる気がした。
「……やっぱり広いよな、この家の風呂」
天井に向かって立ち上る湯気をぼーっと眺めながら、俺は気の抜けた呟きを漏らす。
現在、俺は天王洲家の大浴場にて、でけぇ湯舟に身を浸らせている。実際は大浴場という表現は正確じゃあないんだけど、それぐらい大きいのでここでは大浴場という表現をさせておいてほしい。
さて、夕飯を食べ終え、片付けも終え、風呂の掃除を終えた後、俺は誰よりも先に風呂に入る権利を与えられた。なので身体をぱぱっと洗った上でこうして湯船に浸かっているわけだが……これから俺には天国のような地獄が与えられることになっている。
『ね、ねえ、本当に入るの? やっぱりやめといた方がいいんじゃ……』
『私の辞書に撤退の文字は存在しないわ』
『彩三は別に一緒に入らなくてもいい。私たちだけで行くから』
『べ、別に入りたくないとは言ってないんだけど! センパイのだっっらしない身体をいじるいい機会だし? 家族水入らずのお風呂、あたしも参加させてもらうよ!』
『理来の身体はだらしなくない。むしろ引き締まってる方』
『部活にも入ってないのに割といい身体してるわよね、あの子。実は裏で筋トレしてるとか……?』
『一姉も筋トレしたら? 胸を大きくできるかもよ?』
『あなただけには言われたくないのだけれど……!?』
『二人とも大差ない。どんぐりの背比べはやめるべき』
『『その脂肪の塊引きちぎるよ(わよ)!?』』
扉を挟んだ向こうにある脱衣所から、三姉妹の姦しい会話が響いてくる。
そう。俺はこれから、三姉妹と一緒にお風呂に入ることになっている。ただの凡人で、数日前まで彼女たち(二葉を除く)の眼中にすら入っていなかった、この俺が……だ。
「現実は小説より奇なりとはよく言ったもんだなぁ」
他人事のような言葉を漏らしている俺ですが、これは一種の現実逃避だと思ってほしい。
確かに、ハーレムラブコメは全男性の夢だ。だけど、普通の男はそんな夢に耐えられるほど心が強くはない。夢は夢だからいいのであって、いざ現実になろうとすると心が砕けてしまいそうになるのだ。
現に、俺は今にも心臓が爆発してしまいそうなほどに動揺している。あの扉の向こうからあられもない姿の三姉妹が現れたらいったいどうなってしまうのか……死ぬんかな。俺、こんなところで死ぬんかな。
「今のうちに遺書でも書いておくか……『グエー、死んだンゴ。先立つ不幸を許してクレメンス……』」
駄目だ。湯船から湧き上がる湯気と動揺で文面が上手くまとまらない。
これ以上、気が動転する前に風呂から上がるべきじゃあないだろうか。でも、今脱衣所にはおそらく全裸の三姉妹がいる。あそこを経由せずに風呂から出るのは不可能だ。
「万事休すか……っ!?」
オイシイ展開のはずなのに素直に喜べない状況下の中、ついに恐れていた事態が発生する。
『二人とも粘り過ぎ。私はもう行くから』
『ま、待って二姉! まだ心の準備が……』
『というか、なんであなたはそんなに積極的なのよ!?』
『二葉、いきまーす』
『『待ってぇぇぇぇ……』』
バン! と勢いよく開け放たれる大浴場の扉。
そこから現れたのは――水着を身にまとった三姉妹だった。
「………………………………チッ」
「あ、今この人舌打ちしましたよ! 裸が見れなくて残念とか思ってたんだ! センパイのえっち!」
「う、うるせえ! あの流れなら誰だって期待するだろうが!」
「一姉が水着だけは絶対に着ろってうるさいから。私は別にいらなかったのに」
「我が家の風紀を守るためよ!」
どん、と慎ましやかな胸を手で軽くたたく一夜さん。全然揺れないな、とかここで口にしたが最期、俺は明日の朝日を拝めなくなるに違いないので黙っておくことにした。
というか――
「水着は水着でも全員スクール水着なんですね。しかも旧型」
「流石は理来。目の付け所がシャープ」
「二姉の私物ですよ。まったく、なんでこんなもん持ってるんだか」
「旧型のスク水はオタクにとってのソウルアイテムだから。イベントとかでコスプレする時とかにも使えるし」
今とても聞き捨てならないことを言っていたきがするが、面倒なことになりそうなのでとりあえず聞かなかったことにした。
大きな胸を揺らしながら、二葉は浴槽へと近づき、ざばーっと自らの身体にお湯をかける。
そしてそのままお湯の中に足をつけようとし――
「では、失礼して……へぶっ」
――たところで一夜さんにスパーンッと頭を叩かれていた。
「その前に身体洗いなさい」
「……はい」
一夜さんに首根っこを掴まれ、洗い場へと連れていかれる二葉。そのまま三姉妹仲良く身体を洗い始めた。
流石に凝視するわけにもいかないので、慌てて彼女たちに背中を向ける。
「くっ……どうしてこの子の胸はこんなに大きいの? 同じ血が流れてるはずなのに……!」
「私には巨乳の素質があるから」
「どうして今煽ったのかしら? ねえ?」
「まあまあ、そう怒らないでよ一姉。まあ、一姉に比べて、あたしの身体は黄金比だから、これがちょうどいい胸の大きさなんだよね。一姉のは小さいだけ。残念無念ってやつ?」
「今からあなたの胸をこのタワシで削ぎ落すわ」
「こわっっっっ!?!?!?!?」
背中越しに聞こえてくる仲良さそうな三姉妹の会話。いろいろと想像してしまい、どうしても落ち着かない。へーじょーしん、という言葉が浮かんでは凄まじい速度で消えていく。
「ひゃんっ!? あ、彩三あなた、どこ触ってるの!?」
「いやほら、胸って揉むと大きくなるって言うでしょ? だからあたしが揉んであげようかなって」
「お、大きなお世話よ! やめなさい本当に。はしたないでしょう!?」
「んー、一姉の胸は揉んでても全然楽しくないなぁ。二姉の揉んでもいい?」
「構わない。別に減るものじゃないし」
「んじゃ遠慮なく……おおっ……凄いボリューミィ……これが強さか……!」
「……ふ、二葉? 私も触っていいかしら……?」
「あれ一姉? はしたないんじゃなかったのぉ?」
「う、うるさい!」
「大丈夫。どうぞ」
「お。おぉ……ほ、本当に大きいわね……それに柔らかい……」
「んっ……さ、触るのはいいけど、強く揉むのは、やめてほしい……っ……」
俺は何も聞いていない。もにゅん、みたいな柔らかそうな音なんて聞こえていないし、クラスメイトの艶やかな声なんて耳に入ってもいない。いないったらいない。
「……よし。洗い終わったわね」
「お風呂入ってもいい?」
「もうここまで来たら退けないよね。センパイをからかえば恥ずかしさも半減するはず!」
ひたひた、と三人分の足音が近づいてくる。
これ以上はマジでヤバい気がする。さっさとこの場から退散しないと――!
「や、やっぱり俺、先に上が――」
「ふふ、逃がしませんよー?」
「理来は私たちと一緒にお風呂に入る」
次女と三女に腕をホールドされ、そのまま湯船へと戻される俺。二種類の柔らかさが俺の両腕を包み込んだせいで、俺はその場から動けなくなってしまう。断じて、柔らかさをもっと堪能したいから動けないわけじゃない。もう一人の俺が急に存在を主張し始めたから動けないだけだ。
「ふ、ふふ。家族水入らず、一緒にお風呂タイムと洒落込もうじゃない」
真っ赤な顔で小刻みに震えながら、俺のすぐ傍のお湯に身体を沈める一夜さん。
大きな湯船の中で、天才美人三姉妹に囲まれてしまった俺。
夢のような状況の中、俺は果たして生きて帰ることができるのか。
二葉の胸の柔らかさに意識の半分を持っていかれそうになりながら、俺は新たな戦いへの覚悟を決めるのだった。
【あとがき】
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