第14話 お揃いのマグカップ
結局あれから三十分ぐらい着せ替え人形にされてしまった。
「もうお嫁にいけない……」
「変な服なんて着せてないのに大袈裟ね」
さりげないボケに鋭いツッコミが返ってきた。一夜さんにはピアノだけじゃなくツッコミの才能もあるのかもしれない。
服飾店で下着を含めた衣服をとりあえず30点ぐらい購入した後、俺たちはショッピングモール内をあてどなく歩き回ることにした。買った衣服は店長が直々に自宅まで届けてくれるらしい。流石に申し訳ないので今度菓子折りを持っていこうと密かに決意したのはここだけの秘密だ。
「次は何を買うの?」
「うーん、とりあえず雑貨系かなぁ」
「コップとかハブラシとかですかね?」
「後は筆記用具とかもだな」
全部焼けてしまったので、とにかく何もかもが足りない。
「まあでも、そんなに大量には買えないかな。軍資金が乏しいし」
「なにを言っているの? カードで買うから大丈夫よ」
そう言って、一夜さんは一枚のカードを見せつけてきた。漆黒のボディを誇るそのクレジットカードに見覚えはないけど、なんだか嫌な予感がする。お金持ち御用達のクレジットカード的なやつですよねそれ?
「いや、服は着せ替え人形にされることと引き換えに買ってもらいましたけど、他のものまでは悪いですって」
「そういう遠慮はいらないわよ。同じ家に住む者同士なんだから、助け合いだと思って大人しく受け入れなさい」
「俺に返せるものとか特にないですし」
「美味しい夕飯でも作ってよ。とびきり美味しいものを……ね?」
美しく整った顔から放たれるウィンクに、思わずドキッとしてしまう。駄目だよ美人がそんな可愛いことをしたら。破壊力が高すぎる。俺が長男だから耐えられたけども。
「分かりました。じゃあ買ってもらう代わりに、夜は腕によりをかけて料理を作らせてもらいますね」
「ふふっ。期待しているわ」
「ちなみにリクエストとかありますか?」
「そうね……私の好物でお願いしようかしら」
「好物って……?」
「さあ、なんだと思う?」
なんでそこでわざわざ濁すのか。
ええっと、確かこの前は朝飯に目玉焼きを要求してきたから、それつながりで卵料理系か? オムライスとか、かに玉とか……。
「ふふ。私に相応しい料理が、あなたに当てられるかしら?」
「なーにが私に相応しい料理ですか。ただの子供舌のくせに」
「理来。ヒント、お子様ランチ」
「こ、こら、二人とも! てきとうなことを言うんじゃないの!」
なんか身内から密告が届いていた。
お子様ランチかあ。目玉焼き繋がりで思いつくものと言えば……
「……もしかして、ハンバーグ?」
「うぐっ」
一夜さんの顔が真っ赤になった。どうやら当たりらしい。
「ちなみに、ただのハンバーグじゃなくてチーズハンバーグが好き」
「ハンバーグに国旗の旗とか立てるとさらに喜びますよ」
「二葉! 彩三!」
「「わー逃げろー」」
怒鳴る長女から蜘蛛の子を散らしたかのように逃げる次女と三女。
「なるほど……じゃあ、これから行く雑貨屋で、ついでにお子様ランチ用の旗でも買っておきましょうか」
「ち、ちょっと待ちなさい。誰もお子様ランチが好きとは言ってないでしょう?」
「じゃあ嫌いなんですか?」
「……誰も嫌いとは言ってないじゃない」
これはあれだな。イメージを守るためにあえて強がっているパターンだ。天才ってのはいろいろと守るものが多くて大変らしい。
「分かりました。それじゃあ、とびっきり美味しいハンバーグを作りますね」
「っ……お、お願い、するわね……」
お金を出してもらうんだ。彼女の舌を満足させられる、そんな料理を作ってみせよう。
★★★
そんなこんなで雑貨屋にやってきました。
「理来、見て。猫ちゃんのマグカップ。かわいい……」
「俺の雑貨を見に来たんじゃなかったっけ……?」
「それはそれ、これはこれ」
猫のイラストが描かれたマグカップを前に喜びを隠せない二葉。そんな彼女を見て、俺は思わず苦笑を漏らしてしまう。
今、俺は二葉とともに雑貨屋の食器コーナーにいる。一夜さんと彩三は「効率が悪いから他のものはこっちで勝手に選んでおくわ」と言ってどこかへ行ってしまった。
なので、こうして残された二人で食器を選んでいるというわけである。
「理来は猫ちゃん、好き?」
「好きだよ。たまに猫カフェにも行ったりするしな」
「猫カフェ……羨ましい……」
「行ったことないのか?」
「ない。ゲームで忙しいから」
凡人が言えば「遊んでるだけじゃん」というツッコミが入るセリフだけど、彼女は日本有数のプロゲーマー。同じ言葉だとしても、その意味合いは大きく変わってくる。俺の買い物に付き合ってくれていること自体、おかしな話なのである。
「そっか。まあ、暇が出来たら一緒に行こうぜ」
「ん。約束」
その暇が本当にできるかどうかは分からない。でも、約束するだけならタダだ。何も問題はないだろう。
そんなことより、今は俺の食器選びだ。
「どの食器にしようかなぁ。使えれば何でもいいんだけど……」
「それなら、これはどう?」
そう言って彼女が手に取ったのは、先ほどのマグカップだった。
「……それ、気に入ったのか?」
「(こくり)」
頬を仄かに朱に染め、小さく頷く二葉。
そんな彼女の手の中にあるマグカップには触れずに、俺は同じ柄のマグカップをひとつ、棚から新しく手に取った。
「じゃあ、俺も同じやつにしようかな」
「え?」
「二葉もそれが気に入ったんだろ? なら、一緒に同じのを買えばいい」
「でも……今日は理来のを買いに来たのに」
「二葉の分も、俺が夕飯で腕を振るえばきっと大丈夫だろ」
後で一夜さんからすげえ嫌そうな顔をされるかもしれないけど、まあそこは頑張るしかないということで。
「お揃いのマグカップにしようぜ。それとも、俺とお揃いは嫌か?」
「そんなことない。お揃い……嬉しい……」
「そりゃよかった」
口角を少しだけ緩める二葉。俺に気を許してくれているのか、それとも俺が彼女のことを理解してきたのか。理由は不明だけど、彼女の表情が割と分かるようになってきた。
俺は二人分のマグカップを買い物かごに入れる。
「じゃ、他のも見に行こうぜ」
「ん」
移動を始めた俺に、二葉はぴったりとくっつくようについてくる。
その姿は猫というよりも犬みたいだな、なんて思ったりする俺なのであった。
【あとがき】
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まだまだ続きますので、引き続き本作をどうぞよろしくお願いします!